第7話 家族との再会と、これからの話

 ヴェナム遺跡の前から離れて、だいたい二十分ぐらい歩いた。周囲には家が建ち並び、さっきまで少し曲がりくねっていた道は綺麗にまっすぐ伸びている。


 いつも登下校時に歩いていた住宅街の道だ。一度はもう見ることもかなわないと思っていた場所にいるので、なんだか不思議な気分。


 あと、途中でレジーナが『建築物は昔と比べてずいぶん立派になった』なんて言っていた。俺にとっては普通の住宅街だが、彼女が外にいたころはもっと簡素な家がほとんどだったらしい。


「そこを曲がって、少し先が俺の家だよ」

『わかった』


 背中越しに声をかけると、レジーナの歩みがわずかに早まった。あともう少しで自分の家に着く。改めて実感がわいて、俺もちょっと浮かれていた。


 十字路を左に曲がる。俺たちの視界に現れたのは、喪服姿の人々が出入りする俺の家だった。


「……あー、うん」


 なんとなく考えてた通りになっていて、舞い上がった気分が急速に静まる。……まあ、死んだことになってて当然だよなあ。


 多分まだ忙しくて俺の部屋は片付けられてないだろうけど、早いうちに捨てられるってのはわかる。ベッドの下とか引き出しの奥とか本棚の裏とか見られたらヤバイ。確実に死ねる。


 忍び込むか? でも、入り口はそんなに大きくないから、人が顔を出している時に滑り込むのは無理だ。俺はともかくレジーナが通れない。

 早くなんとかしないと。


『クロノ、お前が顔を出したらすごいことになりそうじゃな』

「ダメだってそれは」


 仮に顔出すにしても親戚の人が全員帰ってからだ。いま出てったら大騒ぎになってしまう。さっき警備兵をぶっ飛ばして目立ってるのにここでまた騒ぎの中心になるのは悪手。


 隙はないかとしばらく様子を窺っていると、次第に空が黒く染まり始める。それに合わせて、親戚の人もいなくなった。……行くなら今か。


「行こう」


 レジーナに声をかけると彼女は小さくうなずき、かがんで俺を降ろした。その影響で、認識阻害の魔法が解ける。


 周囲に人はいない。みんなそれぞれの家で夕飯を食べている頃だろう。腹を刺激するいい匂いが、そこかしこから漂ってきた。


 フードを深くかぶりなおして、両手をズボンのポケットに突っ込む。なんでか震える手を握りしめて、自分の家に向かって足を踏み出した。


『あまり気を張らんでもよかろう』

「そうは言ってもな……」


 懐かしさすら感じる我が家を前にして、俺は嬉しさと罪悪感で頭の中がぐちゃぐちゃになった。レジーナは俺の背後に立って、じいっと俺を見つめてくる。


 フードを脱いで、玄関のドアをノックした。……足音が近づく。一歩引いたところで待っていると、扉が内側に開いて、少しやつれた母さんが顔を出した。


「どちら様で……えっ?」


 母さんの顔が、驚愕の色に染まる。しばらく固まったまま俺を見つめてきて、気が付くと涙が流れ始めていた。


「クロノ……クロノなの? 本物……? 夢じゃないのよね……?」


 確かめるようにつぶやく声は、微かに震えていた。俺は母さんのそばに寄って、精一杯声を絞り出した。


「母さん……ただいま」


 今は、それが限界だった。


     🐉


「……そうか。まあ、いろいろ言いたいことはあるが……まずはとにかく、無事でいてくれてよかった」

「うん、ありがとう。心配かけちゃってごめん」

「気にしないで。生きて帰ってきてくれただけで何よりも幸せなんだから」


 あれから俺は、レジーナと家族全員でリビングに集まり、ヴェナム遺跡で落ちた後何があったのかを全部話した。


 ただ、レジーナが原初の古龍ヴァーングルドであるとか、今装備しているものがいかに規格外かとか、そういう部分は伏せた。多分それも含めて話したら余計大変なことになってしまうだろう。


 父さんが彼女に身の上を問い詰めていたが、たまたま巡り合った流浪の闘士だと胡麻化してくれた。警備兵とやりあった時はなんだかなあと思ったけど、結構気が回るな。


「それにしても、ちょっと面倒くさいことになりそうだ」


 不意に、父さんが呟いた。


「どういうこと?」

「魔法学校のこととか、葬儀のこととかがね……諸々の手続きも進めている途中で、多分まだどうにかなると思うんだが、少し大変ってだけだ」


 父さんが手をひらひらと振って見せる。

 確かに、俺が死んだとなればやらなきゃいけない書類手続きも発生するだろう。そこでも迷惑かけちゃったな、と俺は微かに頭を下げた。


 ……魔法学校に登校したら、クラスメイトはどんな反応をするだろう。ちょっと楽しみだ。


 それに、早くニアに会いたい。早くまた顔を合わせて、心配かけてごめんって謝って、あの日約束していた買い物デートに──


『わざわざ撤回する必要もないのではないか?』

「え?」

『一度死んだ者がいきなり戻ってきても、皆理解が追い付かんだろう。我はそのまま死んだことにしておいた方が良いと思うぞ』


 何言ってんだこのバカ。

 俺はレジーナの首をひっつかんで椅子から引きずり下ろし、部屋の隅で問い詰めた。


「何で口出しするんだよ」

『お前が魔法学校に戻ったら、自由な時間も少なくなるだろう。そしたら我がつまらん』

「自分本位かよ」

『それに、お前の彼女……ニアと言ったか? 今クロノを喪って、立ち直ろうとしているところにお前が顔を出したら、大変なのではないか?』

「ちょっと待て俺は彼女のこと話してないぞ」

『途中から声に出ておったぞ』


 ゆるゆるな自分の口を軽く指でつまんだ。

 しかし、レジーナのいうことも一理ある。仮に俺がニアと同じ立場だとして、頑張って生きていこうと決心を固め始めたところに、ひょいと顔を出されたら。


 多分俺は感情がぐちゃぐちゃになって、またしばらくおかしくなるだろう。


 ……あれ、でも待てよ? 戻ってきて、びっくりして嬉しくて泣いて、それで解決じゃね?


『チッ』


 危うくだまされるところだった。

 

『……頼む、我は世界を旅したいのだ。そのためにはお前を魔法学校に戻すわけにはいかぬ』

「うわ、なりふりかまわなくなった……。てか、仮にそうしたとして将来どうすればいいんだよ」

『我の宝物庫にあるのは国宝級なのだろう? それを売れば金には困らんではないか』

「……確かに」

『そして、お前の彼女とは会えんわけでもない。今後どうにでもなる』

「…………」

「二人で何を話しているんだ? 結局、手続きはどうする?」


 父さんに声をかけられる。俺はどっちをとるかめちゃくちゃ迷った。考えて、考え抜いて……。


「死んだってことにしておいてくれる?」

「……それでいいのか?」

「うん」

「わかった」


 さらっと言える父さんもなかなか狂ってるよな、なんて思ってしまったのはここだけの話だ。

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