第5話 この古龍、わりとポンコツかもしれない
俺がオルトロスを倒してからは、いたって順調に進んだ。道を間違えるなんてことはなく、レジーナがいるからモンスターに襲撃されることもなかった。
そしてやっぱり、道中で人に会うことは一度もなかったな。途中で様子を見た、俺が足を滑らせたところは調査したりしてるかと思ったけど、そんなこともなかった。
もうほとんど出口に近いと思う。このあたりはすでに一度見学しているから、記憶にも新しい。
早めに外に出て、一度俺の家に行こうと、無意識のうちに足早になっていた。
『そこを曲がれば外につながる階段があるな』
古龍の言う通り、出口まであとほんの僅か。なんとなく気分も明るくなって、意気揚々と角を曲がったのだが……。
「……あっやべ」
階段のところに警備兵がいた。完全武装して固めてる。俺は慌てて影に身を隠し、改めてそおっと顔を出して様子を窺った。
『人数は?』
「んー、二人。どっちも階段の方を見てるから、ここで潜んでいれば気づかれないと思う」
とはいえ、あそこでずっと張られていては出られない。どうにかしてどけないと……。
『クロノ、我の背に乗れ。それでどうにかできる』
ドヤ顔で胸を張りながら、そんなことを言うレジーナ。古龍たる彼女のことだ、多分うまくいくだろう。
背を向けてかがんだ彼女の肩に手をかけると、体がグイっと持ち上げられた。
手を置いた肩の鱗の冷たさと、背中の暖かさの対比が心地よかった。そして、それ以上に目の前で揺れるでっかい果実がすごかった。
『Magisches Stipendium Unsichtbar Kognition beeinträchtigen Alle anerkannten Lebensformen』
いつものように魔法を使い始める。一度聞いたことのあるものだった。確か気配遮断だったか。
実際どういう効果なんだろう、なんて考えているうちに、レジーナは壁の影から出て堂々と通路を歩き始めた。今にも見つかるんじゃないかってひやひやしたけど、警備兵がこっちに気づく様子は全くない。
本当に、俺たちに気づいていないんだ。近くに寄っても、真横を通り抜けても、ピクリとも反応しない。
「す、すごいな……」
『じゃろ?』
後ろに見える、二人の警備兵の背中を見ながらつぶやく。レジーナの返事は誇らしげだった。
そうこうしているうちに階段も登りきり、外の光が見えてくる。朝方かあるいは夕方か、朱に染まった外の光は、妙に懐かしく感じた。
「やっと戻ってこれた……」
『あの場所から出るなど、いつぶりだったかの。外の空気は心地よいものじゃ』
レジーナの尻尾が揺れて、俺の脚に当たる。入口の両脇にも警備兵が立っていたが、魔法のおかげで気づかれるそぶりはない。
問題なく遺跡から出られた。とりあえずは一件落着──
──カツン。
『あ』
「何者だ!」
そんなことはなかった。何やってんだよ。
『尻尾振りすぎた』
「何やってんだよ!」
『仕方ないじゃろ! 興奮すると揺れてしまうのだ!』
「動くな! そこで止まれ!」
「ひいぃっ」
レジーナの尻尾で叩かれ、こっちに気が付いた警備兵のコンビがにじり寄ってくる。
腰の長剣が抜かれ、切っ先は正確に俺たちの首元を狙っていた。
「貴様ら、どこから出てきた? 何の用でここに来た?」
「場合によっては連行させてもらうぞ。抵抗するなよ?」
挟み撃ちの状態で、険しい顔の警備兵に警告される。場合によっては躊躇なく切りつけるぞと、光る刃と刺さる視線が告げていた。
『我は原初の古龍、ヴァーングルドであるぞ。刃をむけるならば容赦せぬ』
「嘘をつくな、竜人! おとなしく我々の質問に答えろ!」
『嘘ではないんだがの……』
ため息をついて、レジーナが身構える。いったい何をするのかと見守っていると、いきなり飛び上がって蹴りを放ち、警備兵が持っていた長剣を弾き飛ばした。
カラカラ、と石畳を転がる長剣……の残骸を目で追い、茫然と佇む警備兵コンビだったが、はっと我に返るといきなり距離を詰めてきた。
「業務執行妨害罪で逮捕する! おとなしくついてこい!」
その手には、いつの間にか小さな黒い石が握られていて、それに気づいたときにはもう遅かった。
「ぐっ!?」
体が動かない。石のように固まって、口を動かすのもやっとだった。
このままではマズイ。レジーナが連れていかれたら絶対面倒なことになる。というか俺だって大変な目に遭う。
強面の警備兵は、レジーナの手首をつかみ、俺を彼女の背から引きずり下ろす。そして、もう一人の警備兵に後ろで手を組まされ、紐でがっちり縛られた。
『……のう、クロノ』
「うん?」
『前に倒れろ』
いうや否や、彼女の手をつかむ警備兵の股間を、勢いよく蹴り上げる。ぐしゃっ、と鎧が歪む音とともに、痛々しい絶叫が響いた。
「あ゛ぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛ぁあ゛ぁ゛ああ゛あぁ゛あぁ゛っ!?!?!?!?」
「ひっ……あっ、おいまて逃げるな──がはあっ!」
レジーナを信じて前に思い切りつんのめる。その直後、俺の頭の上すれすれを彼女の脚が振り抜かれ、もう一人の警備兵が真後ろに吹っ飛んでいったのが分かった。
地面が迫る。顔を打ち付ければただですまないだろうな、と一目でわかる石畳が、鼻先三寸まで近づいたところで、レジーナにグイっと引っ張り上げられた。
「うおっ! ……とと」
『怪我はないか?』
「うん。ありがとう」
抱きとめられて、体勢を整える。俺の無事を確認したレジーナは、周囲をさっと見渡した後『いったんここを離れるぞ』と俺の手を引いた。
幸いここは町のはずれで、近くには雑木林がある。そこに身を隠して、しばらく通りの様子を観察しようということになった。
さっきレジーナが蹴り上げた警備兵がこの世の者とは思えない声を上げてたから、すぐに野次馬がやってきた。他の警備兵もぞろぞろ集まって、何が起こったんだと慌てている。
「……大変なことになったなこりゃ」
『元はと言えば、剣を向けてきた相手が悪い』
「それより前に、尻尾当てなきゃばれなかったでしょ」
『…………』
だんまりかい。
『それより、お前は自宅に戻るんではなかったか』
「チッ、話そらしやがった。……まあ、とりあえずは隠れて様子を見に行きたいな。多分父さんも母さんも、俺が死んだと思ってるだろうし」
『わかった。それなら、外に出るときと同じ要領で問題ないじゃろ』
会話もひと段落して、俺は再びレジーナの背中に乗っかる。そして、さっきと同じように気配遮断の魔法をかけて茂みから出た。
レジーナは、俺の家の場所は知らない。ほぼ無言で歩いていたさっきとは違い、小声でルートを教えながら移動を始めた。
……さっき動いたせいかレジーナの胸の装備がずれて、先端がちょっと見えていた。指摘しようか迷ったが、このまま見ていたいという欲望には勝てなかった。
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