第3話 住処を出よう

『この通り、人間に化けることはできるぞ?』


 光を反射して煌めく黄金色の長髪と、それとは対照的な褐色肌。相変わらず威圧感のある切れ長の紅い瞳。鼻が高く、血色の良い唇はぷっくりとしていて、ものすごい美人だ。

 二対の角や尻尾、腕や足の鱗など、竜の要素がすこしだけ残っている。その無骨さが、顔の柔らかい美しさを一層引き立てていた。


 そしてスタイルはさらにすごい。ボンキュッボンだ。ボンッ! キュッ! ボンッ! って感じだ。ヤバイ。

 

『ほう、ずいぶん見惚れているようだな』

「あ、いや、すみません」


 蠱惑的な笑みを向けられて、反射的に目をそらす。彼女がいるのに、目の前の美女に堕ちそうだった。それだけはマズイ。

 古龍は大げさに腰をくねらせながら、ゆっくりこっちに近づいてくる。俺のことを弄ぶ気だろうか。


 ……なんて思ったが、途中から違和感を覚えた。

 

『どうした? 人間』

「いや、あの……大きすぎません?」

『良いだろう? 自慢の胸だ、これで幾人も虜にしてきた』

「いやそうじゃなくて、身長」


 そう、この人身長が俺の倍あるんだ。いくら何でもでかすぎる。


『何を言っておる。このぐらいの人間もいたであろう。数は少なかったがな』

「いませんよ! さすがに身長でかすぎですよそれは!」

『そうか? むぅ……』


 唇を尖らせながら、古龍は再び魔法を発動する。宙に浮かぶ魔法陣に囲まれた彼女の姿が縮んで、光がやむころには俺よりほんの少し背が高いぐらいになっていた。


 ……で、そうなれば俺の目の前に何が来るかなんてのは明白なわけで。


『どうした、顔が赤いぞ?』

「からかわないでくださいよ」


 改めて思うが、でっかい。めっちゃでっかい。俺の彼女──ニアも結構大きいな、なんて思ってたけど、古龍のそれは比べられるもんじゃない。


 息してるだけで揺れるのだ。俺の顔よりもでかそうなのが。下着も何もつけてないから、もうとんでもない暴れようだった。


「……あ、あの」

『なんじゃ』

「服、着てくれませんか……?」


 俺がそういうと、古龍は一瞬不思議そうな顔をして、今度はニタリといやらしい笑みを浮かべた。


『そうは言うがのう、貴様も全裸ではないか』

「えっ!? ……あっ」


 そうだった。完全に忘れてた。

 俺が両手で隠すと、古龍はわざと俺に体を押し付けてきた。そうなれば、当然胸の感触がありありとわかる。


 初めての感触にどぎまぎしていると、古龍が耳元で囁いてきた。


『貴様、ずいぶんとかわいらしいものを持っているな……ク、フハハハッ』

「……はぁ」

『そう落ち込むな。我が慰めてやろうか?』


 なんかもう、今まで機嫌を損ねないように気を付けていたのがバカバカしくなってきたな……。


     🐉


 それから俺と古龍は、宝物庫の中にちょうどいい服がないか漁って、ついでに武器やら防具やらも装備した。

 古龍の人化が女性だったので、男物なんてあるんだろうかと思ったけど、ちゃんとあった。


 どうやらかつて眷属だったうちの一人が持っていた服のコレクションらしい。

 半分ぐらいはちょっと古臭いを通り越してもはや授業で習うようなものだったんだが、ちゃんと今俺が着て外に出ても大丈夫そうな服もあった。


 で、途中で敬語を外すなどちょっとしたこともありつつ、いろいろ悩んできた結果。


『なんだ、ずいぶん地味な格好だな』

「べつにいいだろ、地上に戻ったらすぐ着替えるだろうし」


 古龍に痛いとこをつかれて、俺はそっぽを向く。……まったくもってその通りだから何も言い返せない。


 俺は灰色のシャツの上からフード付きの黒い外套を羽織り、下はだいぶ余裕のある紺色の七分丈のズボンに、何かの革でできた黄土色のブーツ。

 魔法を倍にして跳ね返すプレートアーマーや、炎をまとう長剣、脚力を大幅に強化する膝当てを装備しているから、多少マシにはなっているが……それにしたって地味すぎた。


 そして、俺を茶化してきた古龍は別ベクトルでさらにヤバい。


「そっちこそ、そんな際どいのでいいのかよ」

『構わんじゃろ、我はそう簡単に傷つかん』


 そういって腰に手を当てどや顔を披露する古龍は、まあほとんど全裸みたいなもんだった。


 胸の先端とその周囲しか隠れない、ごく小面積のプレートアーマー、素材が分からない紫色の布でできたホットパンツ、そして綺麗な宝石がちりばめられたサンダル。


 まあ、はっきり言って痴女である。さすがにこれで街中歩かれるのはマズイ。


 さらに気に食わないのは、へそにピアスつけたり左の太ももに黒いベルトをまいたり、ちょっとおしゃれにしてるところだ。

 右腕に着けた大量の腕輪は、まあ眷属の証である模様を隠すためということで納得できるが、へそピアスは絶対にいらないだろ。


『人間はこういうのが好きだったはずだがの』

「好きだろうけどそれで外歩き回ってたらただのヤバい奴だよ」

『局部は隠しておるのだ、別に構わんだろ』

「そういう問題じゃない!」


 恥ずかしさっていうのはないのかこの古龍は。


『そうは言えども、我が地上にいたころはこういう格好の人間も結構いたぞ』

「嘘だろおい」


 祖先まで痴女かよマジでどうなってんだ。


     🐉


 さて、着替えが終わり、それ以外の諸々の持ち物(全部宝物庫から持ち出した)もチェックした。

 あとは、真上にある穴から外に出るだけなのだが。


「その姿でいけるの?」


 そう、今の古龍は角と尻尾こそあるが人間の姿。空を飛べるのかどうかあやしいところだ。

 俺が尋ねると、古龍は待ってましたとばかりに仁王立ちし、魔法を発動する。


『Skelettveränderungen  Zusätzliche Generation  Drachenflügel  Paar  Magisches Stipendium  Muskelkraft stärken』


 古龍が呟いている呪文は、相変わらず何を言っているのかわからなかった。

 どうやら龍たちの間で伝わっている魔法言語らしく、古龍曰く人間にも数人使えるものがいたそうだが、俺は生まれてこの方存在を聞いたことすらなかった。


 俺がボケっと見ていると、やがて古龍の背中に魔法陣の光が集まり、最初に見たとき生えていたのと同じような、禍々しい形の羽が生えてくる。


 ほんの数秒で俺の背丈の半分はある羽が生えるのは、見ていて壮観だった。


『これで問題なしであろう』

「すごいな……」

『我は原初の古龍、ヴァーングルドであるぞ。すごいのは当たり前だ』

「俺の眷属だけどな」

『うるさい』


 少し前まで俺が畏れていた古龍は、今となっては威厳もへったくれもないのである。


 頬を膨らませて怒る古龍だったが、すぐに気を取り直して俺の方へ寄ってくる。そして、俺の腰と足に手を当てると、


「うおっ!?」


 ひょいっと、軽く抱き上げられた。

 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。さんざんニアにそれをやる妄想をしていた俺自身がやられるのは、死ぬほど恥ずかしかった。


 というか、ほとんど隠れていないたわわなものが顔に当たってる。


『そう息を荒げるほど良いか? 減るものでもない、好きに触って良いぞ』

「なっ!? そ、そんなのっ」

『ヘタレじゃの』

「うるさいっ!」


 俺のことも気にせず、古龍は羽を動かす。ふわり、と風ができたのを背中で感じた。


『よし、飛ぶぞ』


 そうつぶやくと同時に、古龍が大きく羽ばたくと、上に勢いよく持ち上げられるような圧力を感じた。

 下を見ると、すっかり地面が遠くなっている。


『どうじゃ、人間?』

「す、すごいな……空を飛ぶなんて初めてだ」

『くはは、そうじゃろう』


 古龍が嬉しそうにつぶやく。つられて俺も笑った。


 ……今更だけど、ずっと古龍とかヴァーングルドとか呼ぶのはつらいな。なんだか今後も長い付き合いになりそうだし、人前で呼べるニックネームみたいのが欲しい。


「ねえ」

『なんじゃ』

「呼び方なんだけどさ、どうすればいい?」

『貴様の好きにしろ。我はそういうのに疎いのでな』


 そう返した古龍だったが、俺を見る目は期待に満ちていて、なんだかおかしかった。


 さて……呼び名と言っても、本当の名前をもじるのはちょっと難しい。どこをどうもじっても女性らしくない気がする。俺にセンスがないだけかもしれないけど。


 新しく何か考えよう。響きが良くて、かつ似合っているもの。

 いろいろ考えて、考えて、考え抜いた結果──。


「レジーナ、とかどう?」

『レジーナ、か……良いではないか。気に入ったぞ』


 古龍、改めレジーナが、無邪気に笑う。そして何度も、俺がつけたニックネームを反芻している。

 そんなに気に入ってくれたなら、俺としても嬉しい。


『そうだ、人間。貴様の名を聞いていなかったな』

「俺はクロノ。クロノ・ウィーンっていうんだ」

『そうか。よろしくな、クロノ』


 そういうレジーナの笑顔はとにかく子供っぽくて、不覚にもかわいいなんて思ってしまった。


 ……一時はどうなるかと思ったけど、これから楽しいことになりそうだ。

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