第2話 古龍が俺の眷属に!?

 何かに体を揺さぶられる感覚がする。かなり乱暴で、ちょっと首が痛い。

 

 ──い、おい、人間! 早う目を覚ませ!』


 誰だ、この声。聞き覚えがあるような、ないような……少なくとも馴染みのある人じゃない。

 いったい誰だろう、と思って目を開けると、目と鼻の先に鋭い牙が並んでいた。


「びゃああああああっ!?」

『急に大声を出すな、人間』


 そんなこと言われても、目を覚まして龍の顔が迫ってたら、叫んじゃうだろ。仕方ない。

 ……そうだ。俺はあの時奈落に落ちて、気がついたら古龍の住処にいて、それから……。


「はっ! お、俺眷属になっちゃったのか?」

『なんだ、“なっちゃった”とは。光栄であろうが』

「あ、ご、ごめんなさい……こ、殺さないでください」


 慌てて謝る。とんでもない失言だ。ワンチャンここで殺されるんじゃなかろうか……。

 だが古龍は様子がおかしい。何か言おうとしては口をつぐんで、こっちをちらちらと見てくる。


『あー……そのこと、なんだがな』

「は、はぁ」

『実は、貴様にかけた眷属化の魔法なんだがな』


 そこまで言って、古龍は口を閉じる。そして、屈辱だと言わんばかりの表情で、とんでもない爆弾を落とした。


『貴様に跳ね返されて、今は我が貴様の眷属なのだ……』


 はぁ。何? ちょっと待って。

 俺が、古龍を、眷属に?


「冗談もほどほどにしてくださいよ……そんなわけ、ないじゃないですか……ハハ」

『冗談ではない。ほれ、これを見てみろ』


 古龍は俺の前に右腕を出してくる。鋭い爪を持つ四本の指、その根元に、燃え盛る炎のようなシルエットが浮き上がっていた。


『これは、我の眷属の体に浮き上がる模様だ。我の眷属である証となる。それが、我自身に浮かんでいるのだ……要するに、そういうことだよ』

「そんなこと言われても、納得できませんよ」

『試しに我に命令してみろ。そうすればわかるであろう。……屈辱だがな』


 苦虫を噛み潰したような表情をする古龍を前に、俺はただ茫然としていた。

 マジで訳が分からない。だって、古龍なんてこの世界で最強の存在だ。そんなのが使った魔法に抵抗するだけですごいのに、あまつさえそれを跳ね返しただって。

 まるで俺が化け物みたいじゃないか。そんなの、絶対にありえないって言える。

 ……まあ、物は試しだ。一回命令してみよう。


「三回回ってワン!」

『なっ!? ぐ……き、貴様ぁ……なんてことを……ギャオオオオッ!!』


 ……マジでできたわ。

 古龍は醜態を晒したくないためめちゃくちゃ抵抗してたが、結局ぎこちない動きで三回その場で回って吠えた。ワンじゃなくてギャオオだったが。

 気を失う直前、何か抜け落ちた感覚があったのはこれのせいか。魔法を跳ね返して眷属にするとき、魔力を吸い取られたんだろう。

 

『おい人間……ずいぶんとふざけた命令をしてくれたではないか』

「本当にごめんなさい」


 めっちゃ怒られた。まあ、うん。あれはちょっと人には見せられない情けなさだった。

 ……そういえば、この魔法は解除できないんだろうか。


『無理だ』

「えぇ……」


 ダメじゃん。完全に詰みじゃん。

 古龍曰く、最初の数回は解けるようにしていたらしいんだが、皆「愛が重すぎる」だのなんだの言って離れていくもんだから、死ぬまで解けないように魔法を改造したらしい。

 もうそのエピソードが重いよ。重すぎるよ。そう思ったけど、言わないでおいた。

 

『この上ない屈辱だが……我の主は貴様だ、人間。よろしく頼むぞ……』

「よ、よろしく……」


 吐き捨てるように言うと、古龍はこっちに寄ってきて、体を伏せた。

 ……もう疲れた。今はとにかく家に帰りたい。


「俺、家に帰りたいんですけど……どうしたらいいですかね」

『我に乗って飛べば良いだろ』

「だ、大丈夫なんですか?」

『大丈夫も何も、貴様に命令されたら抵抗できん』


 すっごい投げやりになってるよ……俺なんかに上に立たれてるんじゃ、当然だろうけども。

 命令してると、何かの表紙に眷属化が解けたとき真っ先に殺されそうだ。けど……仕方ないよな。


「じ、じゃあ」

『ああそうだ、どうせなら我の蒐集品でも持っていけ。どうせ我には使う場面がないのだ』


 言うが否や、またあの聞いたことのない言葉を紡ぐ。しばらくして、近くの岩壁に魔法陣が浮かぶと、そこに大きな穴が空いて、空間ができた。


『その奥が宝物庫だ。適当に好きなものをもってけ』

「いいんですか? 大事なコレクションなんじゃ……」

『もう飽きた。もうどうでもいい』


 ……どうしよう。めっちゃ拗ねてるじゃん。

 とはいえ、良いと言ってくれたものは持っていくに限る。俺は山のように積み上げられた財宝をかき分けて、奥へと進んでいく。

 中には本当にとんでもないものが大量に眠っていた。斬った場所が回復できなくなる呪いを付与されたミスリル製の短剣、一本放てばそれが七本に増殖し、炎や毒などをまとって敵を追尾する弓矢、受けた魔法を倍にして跳ね返すプレートアーマー、等々……。

 どれもこれも、持って帰って売れば一生暮らせる金になるレベルだ。


「ほ、本当にいいんですか、これ……貴重品も貴重品ですよ?」

『何言っとる。そんなものちょっと高いだけのものだろう』

「古龍さんこそ何言ってるんですか! これどれも国宝級ですよ!?」


 俺が反射的にそう叫ぶと、古龍が目を見開いて口をぽかんと半開きにした。


『……本気か?』

「本気ですよ」

『……嘘じゃろ、我が地上にいたころは、その程度のモノ市場にゴロゴロ転がっておったぞ』

「何年前の話ですか、それ」

『二千年か三千年ほど前と記憶しておる』


 ……どうやら、俺たちの祖先はとんでもない化け物だったらしい。びっくりだ。

 俺が宝物の数々を前にたたずんでいると、古龍がちょっと機嫌よさそうに話しかけてきた。


『ふむ……そうなると、今の人間の営みが少し見て見たくなったぞ』

「えっ」

『貴様が地上に戻るなら、ついでに我もついて行くことにしようか。どうせここにいても退屈だ、どうせなら外に出て世界を見て回ろうではないか』


 とんでもないこと言いだしやがった。


「い、いくら何でもその姿じゃみんな怯えちゃいますよ」

『だろうな。昔もこの姿の時はだいたい平伏されるか喧嘩売られるかの二択だった』

「でしょうね。……この姿?」


 俺が古龍の発言に疑問を覚えるのと、古龍の全身が光り出すのは同時だった。

 あまりの眩しさに両手で目を覆い、光がやんで手をどけると……そこには全裸の美女がいた。

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