地底に住む古龍と仲良くなったので、一緒に世界を旅することにした。
22世紀の精神異常者
第1話 奈落の底の主
「クロノくん!」
俺を呼ぶ声が、岩の崩れる音に掻き消される。
目の前に立っていたニアが必死に手を伸ばすが、残念ながらそれをつかもうとした俺の手は空を切った。
驚きと恐怖に満ちた表情のクラスメイトが、皆してこっちを見る。先生が目を見開いて、俺を助けようと魔法を発動した。
──ああ、ここで死ぬんだ。なんとなく、そう悟った。こんな奈落に落ちたら、非力な俺が助かるわけもない。
涙を流して叫ぶニアの姿が、どんどん遠くなる。やっちまった。今日の課外授業の帰り、一緒に買い物デートする約束だったのに。
崩れた足場の岩といっしょに、暗闇へと吸い込まれる。あまりにも怖くて、声を上げることすらできなかった。
死にたくない。まだニアと付き合い始めて一か月もたってない。もっと一緒に過ごしたかった。
父さんや母さんも悲しませてしまう。まだ親孝行の一つもできてないっていうのに。
死が近く迫っているのが、嫌でもわかる。俺に牙をむくそれが、不気味に笑ったような気がした。
意識が遠のく。もしかしたら、底につく前に死ぬかもしれない。痛くないなら、それでもいいや、なんて……。
みんなの姿はもう点にしか見えない。もうだめだ。先生の魔法も間に合わなかった。俺は、助からない。
最後に見たのは、顔面に迫る岩の塊だった。
🐉
──ドクン!
体が大きくはねた衝撃で、俺は目を覚ました。
全身がひどく痛む。それに、ひどく寒い。周囲は暗闇で、誰かがいる気配はなかった。
俺は、死んだんじゃなかったのか。しばらくぼうっと考えて、ついさっきのことを思い出した。
俺は、グラード魔法学校に通う四年生で、今日は世界各地にある巨大な迷宮の一つ、ヴェナム遺跡の見学に来ていた。
モンスターが跋扈し、同時に貴重な資源が手に入る迷宮は俺たちの生活に重要だから、将来ここで働くかもしれない、ということで、どんなことをするのか簡単に見学する。そういう授業だった。
だが、その途中で原因不明の地震が発生し──その影響で足場が崩れた俺は、底の見えない穴に落ちた。
そうだ、俺は確かに奈落に飲み込まれた。なのに、どうして生きているんだろう。
体をぺたぺた触ってみるが、目だった傷はない。いつの間にか服が全部脱げていたが、それ以外におかしいところはない。
訳が分からなかった。もしかして、ずっと夢を見ていたのか? だとしたら、なんでこんなにはっきり遺跡の内装が記憶に残ってるんだ。
死んでいるはずの自分が生きているのが、たまらなく怖かった。
それに、これから俺はどうすればいいんだ。生きているとはいえ、このままじゃ餓死だ。
どこに道があるかなんてわからないし、そもそも出口なんてあるのかもわからない。
こうなるんだったら、落ちてる途中で死んだ方がよっぽどよかった。
『おい、人間』
「ひっ!?」
唐突に、厳かな声が響き渡る。その声量と威圧感に、俺は情けない悲鳴を上げて後ずさった。
背中に岩壁が当たる。全身に力が入らない。もう俺に、逃げ場はなかった。
『問おう。何故貴様はここにいる?』
「あ、あのっ、わ、わからないです……」
『わからない、だと?』
声の主は唸り声をあげた。その直後、ズシン! と地面が揺れる。こっちに近づいてきているんだ。
多分、俺が気に障ったんだ。ここで殺される。どの道生き延びるなんてできなかった。
全身がガタガタ震え出した。涙と鼻水が止まらない。いかにも巨大そうな声の主が迫ってくるのを、ただ泣きじゃくって待つしかなかった。
『本来この場所は、人間が訪れるなど不可能。だが貴様はここにいる。その理由、知っているのは貴様しかおらんだろうが』
「ほ、本当にわからないんです! 足を滑らせて、落ちて、き、気がついたらここに……」
『……ほう?』
足音が、やんだ。声の主はしばらくぶつぶつと何か呟いていたが、やがて『うむ』と一言うなずくと、俺にとんでもない事を言ってきた。
『貴様、ずいぶんと面白いものを持っているようだな……気に入った。我の眷属となれ』
「な、ええっ!?」
『どうした、不服か? 貴様人間は、我を崇めているらしいではないか。光栄であろう』
そんなこと言われても、相手が誰なのかわからない。生憎俺は今魔法を使えないから、魔法で明るくするなんてこともできないんだ。
そのことを知ってか知らずか、声の主は『人間は夜目がきかぬのであったな、ずいぶんと不便なものだ』などとぼやきながら、魔法で周囲を明るくした。
……そこにいたのは、原初の古龍──ヴァーングルドだったのだ。
「あ、ああ……」
信じられない。学校で習った神話で、その名前と姿を知っていたが、そんな存在が、今目の前で俺を見下ろしている。
全身が黄金の鱗で覆われ、鋭く長い角が二対、頭に生えている。背中に生える羽は禍々しい形をしていて、紅に染まった瞳が妖しく光っていた。
怖い、なんてもんじゃない。ちょっと気を損ねたら、俺なんか一瞬でペチャンコだ。
周囲は赤黒い岩肌で囲まれており、通路のようなものはない。上を見れば、俺が落ちてきたであろう穴があったが、光なんて微塵も見えなかった。
『どうだ? 貴様にとって悪い話ではなかろう。我の眷属となれば、死ぬこともない』
「ひ……あ、っ……」
眷属は、嫌だ。どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。
でも、そんなことを言い出せる状況でもなかった。きっと、断ればここで死ぬ。待ち受ける二つの道は、どっちも地獄行きだ。
『沈黙は肯定ととるぞ。……ふはは、恐怖で壊れたか。まあ良い』
古龍は俺にグイっと顔を近づけてくる。一本で俺の腕よりも大きい牙をむき出しにして、縦長の瞳でこちらを睨みつけてきた。
そして、古龍が聞いたことのない言葉を放し始める。瞬間、俺と古龍を覆うようにまばゆい光の輪が発生し、徐々に狭まってくる。
その輪が弾け、古龍が目を見開いた瞬間、俺の体から何かが抜け落ちた感覚がして、そのまま気を失った。
🐉
魔法の効果が消え、静まり返った洞窟。
そこで、ヴァーングルドは気を失った人間を見下ろしたまま、茫然としていた。
『眷属化の魔法が……跳ね返された……?』
古龍は自身の右腕を見る。金色の鱗に覆われた、四本の指を持つ手。その根元に、灰色の腕輪のような模様が浮かび上がっていた。
荒れ狂う業火を模したその印は、古龍にとって見慣れたもの。自身の眷属はみな、身体のどこかにこの模様が刻まれるのだ。
……それが今、魔法を施した自身に発現している。
『どういう、ことだ……』
何人たりともたどり着けぬ地の底で、古龍は間抜けにも自身の状況に絶望し、頭を抱えていた……。
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