第十九伝 『背中の勲章』
淡い情景。
公園で幼稚園ぐらいの子ども達がボール遊びをしている。
一人の男の子がボールを高く蹴り上げ、女の子へとパスを出す。
「ふたばーっ!ボールそっちいったよー!」
「まかせてーっ!」
女の子は双葉と呼ばれた。
そう。これは双葉の幼い頃の記憶。
双葉は出されたパスを受け取ろうとするも、ボールは風に煽られ、双葉の頭上高くを飛び越えてゆく。そしてそのまま公園を出て道路の真ん中に転がった。
双葉は公園から駆け出て、ボールの前でしゃがみ込む。
それを眺める男の子。
双葉へと近付く車の影が、男の子の視界に入った。
「あっ…、あぶない!!」
「え・・・・っ?」
叫ぶと同時に男の子は双葉へと駆け出していた。
男の子は双葉を庇うようにドンっと押し飛ばす。
そして男の子は車に・・・・。
◇◇◇◇◇
ガバッ!!
熊那神社の自室で朝を迎え、飛び起きる双葉。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…。」
(昔の…夢・・・・。)
悪夢にうなされていた為、パジャマや布団は汗でぐっしょり。
ゆっくりと上体を起こして息を整える。
そして立ち上がり、部屋から出た。
双葉は外の空気を吸い込みながら、ぼーっと辺りを見渡す。まだ頭がぼーっとしている。双葉が俯き加減に庭を眺めていると、老人の声が双葉の耳に届いた。
「顔色が悪いな、双葉。夢にでもうなされたか?」
「おじいちゃん。」
声の主へと視線を向けると、
「大丈夫。ちょっと寝覚めが悪かっただけ。おじいちゃんこそ、起きてて大丈夫なの?」
「ああ。今日は体調が良い。それに、今日は通院日だしな。」
少し寂し気な表情で視線を逸らす双葉。そして少しの間を置き、双葉の祖父は言葉を続けた。
「“
「・・・・うん、ありがと。」
そうして双葉は祖父に背を向け、本堂の方へと歩いて行った。
◇◇◇◇◇
天照高校、二年A組。
朔のクラス、三時間目は体育である。
朔達は更衣室でジャージへと着替える。
その時、松山の背中がふと朔の視界に入った。大きな縫い傷がある。朔が思わず松山の傷を凝視してしまうと、視線に気付いた松山が朔へと目を向けた。
「ごめんね、見苦しくて。」
「えっ!あ、いや、こっちこそごめん!じっと見て…。」
「ううん、大抵の人は最初目にしたら見ちゃうよ。」
笑顔で話す松山。その微笑みに甘えて、朔は傷について尋ねる。
「古傷?最近のものじゃなさそうだけど。」
「うん。これは幼い頃、事故にあった時に、ね。」
「今はもう大丈夫なの?」
「全然。後遺症も何もないよ。ただ、縫い跡だけはどうしても。」
「・・・・・。」
一生消えない傷を持つ松山。それだけじゃない。傷を見る度に事故の恐怖を思い出してしまうのではないだろうか。容姿端麗で生徒会役員の人気者。そんな彼の影を見た気がした。
朔が哀しそうな顔を浮かべていると、それに気付いた松山は笑顔で言葉を返す。
「そんな顔しないで。僕はこの傷に感謝してるんだ。」
「感謝?」
思わず尋ねてしまう朔。その問いへの回答に松山は少しの躊躇いを見せる。深く踏み込み過ぎただろうか。朔は『無理に話さなくて良い』と言葉を付け加えようとするが、それよりも先に松山が口を開いた。
「…これは…大切な人を護る事が出来た、僕の勲章みたいなものだから。」
「! 誰かを庇って事故にあったって事?」
「まぁ…、そんな大層なものでもないんだけどね。当時は無我夢中で、気が付いたら身体が勝手に動いてて。助けるとか、そんな考えはなかったと思う。けど、結果的にはその子を護る事が出来た。生死の淵を彷徨いもしたけど、今はこうして元気に生活出来てる。何の不自由もなくね。この
決して無理をしている様子は見受けられない。恐らく松山の本心なのだろう。
さらっと『生死の淵を彷徨った』等という恐ろしい言葉が聞こえた気はするが。
そんな不幸でさえも感謝し、勲章だと胸を張って述べる松山を見て、彼が人気を誇る理由を垣間見た気がした。
ただイケメンだからじゃない。ただ秀才だからじゃない。もっと奥深く、根っこの部分。皆はそこに惹かれているのかもしれない、そう思った。
朔が松山へと尊敬の眼差しを送っていると、松山の表情に少しの陰りが落ちる。その表情の変化に気付いた朔が目を瞬かせると、松山が首元を撫でながら少し言いづらそうに言った。
「須煌君、今日のお昼ご飯なんだけど、ごめん。今日は別々でも良いかな。」
「え?それは全然良いけど…。」
やはり深入りしすぎて嫌な想いをさせてしまっただろうか。人一倍他人を気にする朔は、そんな事を考えてしまう。
だが次に松山から零れた言葉はそうじゃなかった。
「昨日の女の子達がどうしてもって…断れなくて。ごめんね。」
「ああ、そう。」
“確かに約束した”と しつこくせがまれ、仕方なく女子達と昼食を共にする事になったらしい。松山本人はこれっきりに、と言って女子達は頷いていたらしいが、恐らくその場限りの生返事だと朔は思う。
朔の気遣いは取り越し苦労だった。松山は朔の質問等、全く気にしていない様子。もしかしたら訊かれなれているのかもしれないが、先程の気遣いを返して欲しいと思ってしまった。
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