第十八伝 『双葉の目的』

電車で三駅。特に乗り継ぎもなく双葉の指定する駅で降りる。そして双葉の半歩後ろを歩く朔だったが、足を進めるにつれて見覚えのある景色へと変わってゆく事に気付く。


思い出した。葛葉に襲われ、負傷した双葉を送り届けた際に目にした景色だ。ということは、双葉の家の方面へ向かっているという事だろうか。そんな事を考えながらぼーっと歩いていると、見覚えのある神社へと辿り着く。



熊那くまな神社”


「あれ?ここって…。」

「うちの神社よ。」


(この間、しっかり家まで送ってたんだ…。)



双葉を送り届けた時、熊那神社の前で『ここで良い』と言われた。その時はてっきり自宅を知られるのが嫌で近くの神社までと言われたのだと思っていたのだが…。この神社が双葉の住まいだったとは。朔は何とも言えない気持ちになる。


人間の心情とは複雑なものだ。

遠慮されたと思えば遠慮しなくて良いのに、等と思うが、そうでないと知ると少しは遠慮して欲しいという気持ちが芽生える。

そんな複雑な感情を抱えていた朔だが、本音を言えるはずもない。ひとまず双葉に言われるがまま、熊那神社内へと足を踏み入れた。


神社は沢山の緑に囲まれた壮大な敷地となっている。荘厳な雰囲気から、本当に神様がいると思えるような雰囲気が醸し出されている。

三人は広い境内を進み行き、奥の社務所へと足を向けた。



「さ、上がって。」



促されて上がりこむ朔。だが葛葉は何とも言えない表情を浮かべて玄関前に佇む。それを見た双葉は葛葉へと向き直った。



「葛葉君も。どうぞ。」

「・・・・・。」



何となくついて来ていた葛葉だったが、いざ この場に訪れると躊躇いがあった。葛葉にとっては敵の本拠地と言っても過言ではない場所。当然と言えば当然だ。

躊躇する葛葉だったが、双葉に敵意はないと見て、葛葉も社務所へと上がった。


神社が大きければ、社務所も広い。

双葉が先頭に立って社務所内の奥へと進み行くと、通りがかりの部屋の襖が開く。そこからひょっこり顔を出したのは…。



「よぅ参ったの。」

「あっ!お前!」



玖李だ。

そうか、河太朗への報告役として如月さんについてたんだっけ。すっかり忘れていたが、その事を思い出す。



「なに。お前、ここに住んでんの?」

「当たり前だ。オイラは双葉の護衛も兼ねておる。」

「フーン。」



あまり興味のないといった様子で言葉を返す朔に、玖李はムッとした顔を浮かべる。そして朔の肩に乗ってポコポコと頭を叩いた。

いてて…と反射的に言葉は出るも、全然痛くない。ホントにこれで護衛が勤まるのだろうか。疑問はあるがツッコんでも仕方がない。

そうして朔は玖李を肩車したまま、応接間へと通された。


朔はひとまず玖李を降ろして座布団の上に座る。が、なんだか落ち着かない。葛葉も朔の隣へと腰を下ろした。

双葉は一度応接間から出て、お茶を持って戻って来た。双葉が座についたところで、朔が話を切り出す。



「あの、さっきの話って…。」

「言ったとおりよ。私は他の封印も解くつもり。」

「!」



お茶をすすりながら、双葉は深く目を瞑って平然とした態度で答える。あまりの落ち着いた態度に、朔は目を瞬かせた。



「な、なんで?」



ドクン、ドクン…。

この間、ふと葛葉が漏らした言葉が頭を過る。

封印を解除した事で朔が妖かし達に狙われる心配はなくなった、という言葉。もしや双葉は朔がこれ以上危険に巻き込まれない為に解除しようとしてるのか…?そう考えてしまう自分がいる。だが流石に『俺の為?』とは訊けない。

朔が言いよどんでいると、双葉はその瞳と口を静かに開いた。



「・・・・一族の無念をはらす為。」

「!!」



思わぬ言葉に、朔は大きく目を見開いた。お茶を飲んでいたら吹き出していたかもしれない。

そしてすぐさま葛葉の胸倉を掴んで小声でコソコソと怒号を浴びせる。



(全然俺の為じゃねーじゃん!)

(誰もそこまではっきりとは言ってねーだろ。)



一瞬でも自分の為に封印を解いてくれたのではと、自意識過剰に考えてしまった自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい。朔は顔を真っ赤にして葛葉を責めるも、本人はあっけらかんとしている。

二人がコソコソしている事に、双葉は小首を傾げた。その事に気付いた朔はハッとなり、コホンと一つ咳ばらいをして再び双葉へと向き直る。



「その、一族の無念って?」

「私の先祖は…鬼との因縁がある。だから…私が対峙しなきゃいけない。」

「!」



五大妖怪について、河童の封印へと向かう際に聞いた。天狗、鬼、妖狐、化け狸、河童。そのうちの一つ、鬼。その話を思い出しながら朔は質問を重ねる。



「じゃあ鬼だけ解放すれば良かったんじゃないの?なんで河童まで…。」

「封印は施した順序とは逆の順序で解放しなければならないの。」

「?」

「服を脱ぐのにいきなり下着から脱げる?着た順とは逆に。上着、トップス、下着って脱いでくでしょ。それと同じ。」

「如月さんの例えって分かりやすいけど…アレだよね。」



緊張感が薄れるやつだ。前も封印の話を聞いた時に蛇口の経年劣化に例えられた。まぁ理解はしやすいのだが。


そして朔は思い出す。封印の順序について。

天狗⇒鬼⇒妖狐⇒化け狸⇒河童の順で行なわれたと言っていた。思い出して納得する。稲荷神社で葛葉と対峙した際には妖狐の封印は解けないと言った。あれは正確に言えば、『』という意味だったのだ。


だがそれを踏まえて考えると、鬼を解放するのなら化け狸と妖狐も解放する事になるのでは?

河童は温和な妖かしだったが、葛葉を見るに少なくとも妖狐は温和な妖かしだとは考えにくい。今は大人しくしている葛葉だが、稲荷神社での攻防を思い出して朔はゾクリとする。



「因縁って?他の封印を解いてまで相対しなきゃいけない事なの?」

「・・・・それは…如月家うちの問題だから。」

「・・・・・。」



膝の上でキュッと拳を握る双葉。真剣に零されるその言葉は今までとは重みが違う。事の重大さを受け取る。それは双葉の雰囲気を見ればすぐに分かった。

故に返す言葉が見付からない。


安易に『やめてくれ。』とは言えないし、易々と『俺も協力する。』だとか、『何か困った事があれば相談に乗る。』等とも、とてもじゃないが言えない。赤の他人であるじぶんが口を挟んで良い問題だとは思えなかった。

ただでさえ、何のチカラもない、普通の人間なのだ。仮に首を突っ込んだとして何が出来ると言うのか。言われた側としても、お前に何が出来ると思ってしまう事だろう。


朔が何とも言えない表情で押し黙っていると、双葉が顔を上げて朔へと視線を合わせた。



「須煌君を巻き込むつもりはない。けれど、もし私が原因で何かあったら言って。責任は取るから。」

「如月さん…。」



何か自分に言える言葉はないのか、必死に考えを巡らせる。そして思い出したのは先程の攻防。思いついた時には言葉が口から零れていた。



「さっきの、あの人達は?協力を得る事は出来ないの?」

「…彼らは私と同じ、神の従者。火を操る家系の水無と、風の家系の師走。従者は妖かしを封じる為にある存在だから。」

「如月さんだって、家の事情があってこその解除なんだろ?ちゃんと理由を話せば…。」



理解や協力を得られるかもしれない。しかも自分とは違って同じ従者という立場なのであれば、共感もしやすい事だろう。まずは話し合いをした方が良いのでは、そう思った。

だがそれに対して双葉は首を横に振る。



「話したところで一緒。彼らの使命は封印を護る事。どんな事情であれ、見過ごされはしない。」

「・・・・・。」



同じ立場だからこそ、理解出来ない事もあるのだろう。双葉が言わんとしている事も分かった。朔はそれ以上言葉を返す事は出来なかった。



◇◇◇◇◇



「時間、遅くなってごめんね。」

「いや、こちらこそ。話してくれて有難う。」

「・・・・・。」



社務所の玄関で一礼する朔。申し訳なさそうな顔で見送ろうとしていた双葉だが、ふと何かを思い出したように声を上げ、『ちょっと待ってて』と言って再び中へと入る。

怪訝な顔を浮かべてその場に佇む朔だったが、双葉はすぐに戻ってきた。



「これ、持ってて。」

「お守り?」

「万が一、妖かし達に何かされそうになっても ある程度はじけるように作りこんでるから。」

「! 有難う。」



龍の刺繍が施された水色のお守り。きっと双葉は巻き込んでしまった朔の事を気に掛けてくれていたのだろう。その気遣いには心温まるものがある。朔は貰ったお守りをすぐに鞄につけた。



「あ、それから。私、明日は学校休むから。」

「えっ、大丈夫!?もしかして今日の闘いで何処か怪我したとか、具合悪くなったとか?」

「ううん、それは大丈夫。今日ので護符がなくなったから。これからに供えて準備しておきたいの。」



その言葉で思い出した。葛葉に襲われた次の日も休んでたっけ。そうか、あの日は来たる妖かしとの戦闘に供えて護符を準備していたのか。朔は納得した様子で頷く。



「そっか、分かった。本当の理由は誰にも言わないから安心して。」

「ありがとう。」



そうして朔達は熊那神社を後にした。


朔達が神社を出る頃にはすっかり日も暮れていた。

薄暗い中、朔と葛葉は帰路につく。そしてそんな二人の事を木の上から見下ろす影が一つ…。


影はただ静かに二人を見下ろしている。

そして少しの間眺めた後、影は姿を消した。

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