第参柱
第十四伝 『封印解除の理由』
結局あの後、朔は双葉から特に何にも説明してもらう事は出来ず…。バスで学校まで戻り、そのまま解散となった。
道中の車内は至極気まずいものだった。朔は妖かしの封印を解除した理由について、双葉に尋ねたい気持ちがあるも訊くに訊けず。当の本人は説明するつもりもないのか、一切口を噤んだまま。
それどころか、訊くなオーラが凄まじかった。とてもじゃないが部外者である朔が口を挟めるはずもない。
朔は寮に帰ってからも、悶々とした気持ちを抱えていた。
考えたところで答えなんて出るはずもない。だが、どうしても頭の中が妖かしの件で埋まってしまう。結局夜はあまり眠れず、朝を迎えたのだった。
そして朔の悩みは封印の件だけではない。もう一つ気になる事があった。
封印を解除して河太朗が立ち去った後、双葉と葛葉は何やら話している様子だった。何を話していたのか、気になって仕方がない。
自分は部外者だという事は百も承知であるし、話されたところで何も出来ない事も分かっている。だが、巻き込まれたにもかかわらず蚊帳の外である状態が、モヤモヤ感を募らせていた。
朔は頭の中をぐるぐるさせながらも登校の準備をし、自室を出る。
そして寮の門扉を出ようと門戸に手を掛けたところで背後から声を掛けられた。
「よう!」
ビクゥゥゥッ!
全くの無防備状態だった為に心臓が口から飛び出そうになる。朔はバクバクの心臓を抑えながら、恐る恐る振り返った。
そこには片眉を上げて首を傾げる葛葉の姿が。葛葉は腰に手を当てて、一つ小さく息をつく。
「朝から何難しい顔してんだよ。」
「…この悩みにはお前も含まれてるからな。」
全くの他人ごとのようにサラリと言われ、内心苛立ちを覚える。むしろ元はと言えばコイツが粗悪の根源なのに。
朔は葛葉をキッと睨むが、当の本人は一切悪びれる様子もなく、ヘラヘラと笑顔を浮かべる。
「まぁ気にすんなって。」
「それお前が言うセリフじゃないだろ。なんでお前、フツーに学校通ってんだよ。」
そもそも、そこがおかしい。妖かしである葛葉がしれっと人間達の生活に溶け込み、何故学校に通っているのか。その事を問い質そうとするも、葛葉はそれもヘラヘラと笑って誤魔化す。
「それも気にすんなって。」
「気になるわ!つーかお前ホントに寮にいんの!?」
朔が寮の門扉を出ようとした矢先、敷地内で声を掛けられた。という事は、葛葉も寮から出て来たという事では?この質問に対しては誤魔化す事無く、葛葉は素直に首を縦に振る。
「だって飯も出るし、最高だろ。」
「マジかよ…。」
ここはむしろ誤魔化して欲しかった。それを肯定された事で悩みは増える。悩みでハゲそうだ。朔は頭を抱えて項垂れる。
「あ~も~~~…。転校早々何に巻き込まれてんだよ、俺は。」
意気消沈する朔に、葛葉は小さく息を漏らす。そして少し呆れた顔を浮かべながらも真剣に言葉を返した。
「でも
「え?」
先程までの冗談や からかいの言葉ではない。それは葛葉の声音で分かった。朔は目をぱちぱちとさせながら顔を上げ、葛葉を見やる。真剣な眼差し、という程ではないが、先程までのちゃらけた様子ではない。葛葉は真顔のまま朔と視線を合わせる。
「お前、姿隠してたはずの俺の事見えてたろ。あの玖李って奴の事も。もしあの女が封印強化しちまってたら、一緒にいたお前は従者側の人間って認識されて、この先妖かし達に狙われる事になってたかもしんねーぞ。」
「!」
「直接お前を狙うとかじゃなくても、この間の俺みたいにお前を人質に取ったりして利用するとかな。」
葛葉の言葉にハッと目を見開く。詳しい事情は把握していない朔だが、葛葉が言わんとしている事は何となく分かる。封印を解いて欲しい妖かし達にとって、封印を強固なものとする人間は敵で邪魔な存在でしかない。そんな人間と一緒にいれば狙われる理由は十分だ。葛葉の言葉に納得する。
そしてそれと同時に、その時の事を想像して朔は青ざめた。
「こ、怖い事言うなよ…。」
「俺は事実を述べてるだけだろ。人質にされるだけならまだ良い方かもな。利用されるだけされて、始末されるのが関の山だろうぜ。」
ゾゾゾゾゾ…。
背筋が冷たくなってくる。本気で命の危うい案件に巻き込まれているのだと痛感した。
だがここで、ふと別の視点からの考えが頭を過る。朔は平常心に戻って葛葉へと目を向けた。
「え、ちょっと待って。じゃあ如月さんは…俺の為に封印を解除してくれたって事?」
双葉が神の従者であるなら、本来なら封印を強化するべき立場にあるはず。それを解除したとなると、理由は?今持ちうる情報だけで考えるなら、自分が関わってしまったからという理由以外見当たらない。何故かは分からないが、従者でもないのに妖かしが見える朔が巻き込まれているから。
封印を強化する従者と行動を共にしていれば妖かし達に狙われる。だがそれは裏を返せば、封印を解除する者と一緒にいれば狙われないという事では?
その考えを葛葉へとぶつけてみる。葛葉は少しの間、朔の目をじっと見つめるが、やがてフイッと目を反らして学校へと歩き出した。
「さぁな。けどまぁ、とりあえずお前が妖かしから狙われるリスクは減ったんじゃねーの?」
「・・・・・。」
辻川沼で河童の封印を解除した後、双葉は葛葉と話している様子だった。
双葉は葛葉に封印を解除するから朔には手出しするな等と言ったのではないだろうか、そんな予測が頭に浮かぶ。
(如月さんが何も話さないのは、俺に気を遣わせない為…?)
そしてふと稲荷神社での事を思い出す。
あの時、朔は封印解除と自分の命とを天秤に掛けられて命乞いをした。まさかそれが関係しているのでは…。
朔は罪悪感に苛まれた。
◇◇◇◇◇
朔はモヤモヤを抱えながらも登校。悶々としながらホームルームを迎える。
担任の藤原は、教卓に着くと同時に開口一番、生徒達へと呼び掛けた。
「ちょっと急な話にはなるが、今から席替えを行ないたいと思う。」
ざわめく教室内。それもそのはず。何の前触れもなく、月初め等区切りの良い頃合いでもないのだから。
唐突になされた提案に生徒達は少なからず動揺する。
そんな動揺を読み取ったのか、藤原が理由についてサラリと述べる。
「須煌も転入してきた事で、良い機会だと思ってな。」
(え。別にこの席で良いんだけど…。)
しれっと責任転嫁された気がする。まるで自分が転校してきたから行なったと言わんばかりに。
これでもし皆の望む席でなかったら自分に矛先が向いてしまうのではないだろうか。妙な不安が過る。
それにむしろ朔としては今の席で良い。いや、今の席が良い。窓際の一番後ろ、控えめに言って最高だ。現状、クラスに友達がいない朔にとっては、ひっそりとやり過ごすには最高の席なのである。それを変えられるのは吉と出るか凶と出るか…。
ともあれ、担任に言われた事を拒否する事も出来ない。
渋々、藤原が準備してきた“くじ”を引いた。
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