第十三伝 『解かれた封印』
「ふ、封印を…解いたァ!?」
衝撃のあまり、その事実を大声で叫んでしまう朔。
朔が唖然として大口を開けていると、双葉の脚元にまとわりついていた少年が腰に手を当ててドヤ顔を浮かべた。
「うむ。双葉、ようやった。上出来ぞ。」
「…この子さっきから何。つーかそんな喋り方なの?」
思わず少年へと目を向ける朔。見た目にそぐわない渋い話し方をしている。だが少年は朔の物言いが気に食わないらしく、口を尖らせて朔へと向き直った。
「貴様、失礼だな。オイラの名前は
プンプンと怒る少年、玖李。だがその様子は可愛らしい以外の何者でもなく、人間の幼稚園児と変わらない。見た目は人間そのものの少年である。ただ一つ、髪の色が少し緑がかっている事を除けば。
そんな普通の少年に見える玖李へと目を向け、朔は更に驚いた表情を見せた。
「えぇっ!?ちょ、君も妖かし!?」
「うむ。そういえばお前はオイラの事が見えているのだな。」
また!?葛葉の時と同じなのか。
本来なら見えないはずの妖かしが朔には見えている。朔は立ち眩みで倒れそうになる。
そんな二人のやり取りを、双葉は何かを考え込むようにじっと見つめていた。
だがすぐに別の方へと視線を向け、双葉は葛葉の方へと歩み寄る。そして彼に掛けた神術、『水牢』を解いた。葛葉はその場へと上手く着地しながらも怪訝な目つきで双葉を見やる。訊きたい事は山ほどある。だが葛葉が口を開くよりも先に、河童の頭領らしき大河童が双葉へと質問を投げた。
「何故封印を解いた。お主は光の従者であろう。」
大河童からの質問に、双葉は朔の方へとチラリと目を向け、少しの躊躇いを見せる。ここで話して良いものか、また、何処まで話せば良いものか。そんな躊躇い。
その事は朔にも分かった。
「…先祖の残した想いに従って。その想いを…成し遂げる為に。」
「・・・・・。」
双葉の言葉を吟味するかのように、大河童は静かに どっしりと腰を据えて双葉を見下ろす。ちなみに大河童は一階建てぐらいの高さがある。四~五メートルはあるだろう。その威圧感に双葉は目を反らしそうになる。だが、ここで目を反らせば疑心を招きかねない。双葉は真実を語る目で真っ直ぐに大河童を見据えた。
そしてその瞳に宿る真実を見極めたのか、大河童は静かに言葉を紡ぐ。
「…お主は水の家系じゃな?」
「はい。」
「ならば闇に生きる同じ“水の民”として、お主のその想いとやらを見届けよう。」
「え?」
ここで双葉はふと緊張の糸が途切れたかのように目を瞬かせる。双葉は河童と戦闘になる事を覚悟していた。人と妖かし、相容れない存在として。だが優しく見届けると言ってくれた大河童。その言葉の意味に一瞬気付けないでいたのである。
きょとんとする双葉に、大河童はフッと笑みを漏らす。
「強き信念があるのであろう。それを儂も見届けたい。」
「! 有難う…ございます。」
温かい言葉に双葉は深々と頭を下げた。
状況が掴めず、朔はただただ唖然としている。一方で葛葉は双葉を訝しげな眼で眺めていた。
そして大河童が先程の言葉に補足を行なう。
「とは言え、儂はお主の事をよく知らぬ。今はまだ『協力する』とは言えぬ。」
その言葉に双葉は納得の姿勢で頷く。それを見た大河童は自らの顎髭を撫でながら更なる言葉を紡いだ。
「…じゃが、その動向次第ではお主に協力してやらん事もない。」
「!」
その言葉は想定外だったのか、双葉は瞳を大きく見開きパッと顔上げる。戦闘は避けられたとしても、良くて黙認されるだけだと思っていた。故にここで協力するという言葉が飛び交う事に驚きを隠せなかったのだ。
双葉が言葉を失っていると大河童が玖李を手招きする。玖李は大河童の元へと駆け寄った。そして大河童は玖李の頭をポンポンと撫でる。
「こやつがお主に世話になったようだしの。世話ついでにと言っては何だが。引き続き、この玖李を付き従えても良いか?」
玖李は嬉しそうにニッと笑顔を浮かべる。唐突な提案に双葉は再び目を丸くした。話の意図を読めないでいると、大河童が玖李を従える意味について詳しく話し始める。
「今後、お主に協力するかどうか、それを見極める為にも連れて行って欲しい。勿論、協力不要というのであれば連れて行く必要はない。儂程ではないが、
玖李は双葉の人となりを報告する監視・伝達役というわけだ。納得した双葉は大河童の要求を飲んだ。
「分かりました。」
頷く双葉に大河童は嬉しそうな顔を浮かべる。そして如月へとその微笑を向けた。
「お主、名は?名は何と言う?」
「如月双葉です。」
「覚えておこう。儂の名は
「有難うございます。」
温和な態度を示してくれる河太朗に、双葉は敬意の姿勢を見せて再び深く頭を下げた。
トントンと話が進んでいくのに対し、その場に置いてけぼりとなっているのは朔だ。
開いた口が塞がらないといった状態でポカンと見届けていたが、話がひとつまとまったところで恐る恐る双葉へと声を掛ける。
「ちょ、如月さん…?」
その声に反応したのは双葉ではなく、河太朗だった。河太朗は発言する朔を見て、目を丸くする。
「お主は…。」
「えっ!?」
河太朗から話し掛けられてビクリとする朔。河童の頭領に目を付けられたのではと冷や汗を掻く。朔は慌てて河太朗へと向き直り、両手をあわあわと振った。
「お、俺は…!いえ、僕は単なる通りすがりの通行人Aです!何者でもありません!」
「お前…相変わらずだな…。」
微塵も関わりたくないと言わんばかりの朔に対して葛葉は呆れ顔。掛ける言葉が見付からない。そんな二人のやり取りは気にも留めていないのか、河太朗は読めない顔つきをしながら言葉を零す。
「・・・・これも巡り合わせかのぅ。」
「え?」
河太朗の言葉に目を瞬かせる朔。その言葉の意味が分からず きょとんとしていると、河太朗は首を横に振って再び双葉へと目を向けた。
「ひとまず儂は裏の世界へ帰る。我が一族には、こちらへ来ても悪さは行わぬよう伝えておこう。」
その言葉を残して河太朗は裏の世界へと帰って行った。
◇◇◇◇◇
その日の晩のこと、とある神社にて。
本殿内で蝋燭に火を灯し、暗闇の中で向き合う二つの陰。一人は男性、一人は女性だ。
男性は蝋燭の前で座禅を組んでいる。女性は今ここに着いたばかりの様子で本殿入口の扉に背を預けている。
女性は腕組みしながらため息交じりに言葉を吐き捨てた。
「なに?こんな夜更けに呼び出して。」
「…夜更けとは、夜の一二時から二時頃を指す。今はまだ十時。」
「いちいちうっさいわね!細かい事はどーでも良いのよ!遅い時間に変わりないでしょ!」
夜の十時過ぎに呼び出されただけでも腹立たしいのに、揚げ足を取るような男性の態度に更に腹を立てる女性。火に油を注ぐ状態になってしまったのだ。
話があるなら人を呼び出すのではなく、自ら足を運ぶべきでは?それがこの女性の自論のようである。
苛立つ女性を前にしながらも男性は眉一つ動かす事無く落ち着いている。男性は女性に目も向けぬまま言葉を続ける。
「その様子じゃ、聞いていないようだな。」
「何を?」
「河童の封印が解かれたらしい。」
「…なっ!?」
その言葉にカッとなる女性。先程までの怒りとは、また別の怒りにも似た感情が芽生えた。今の表情には青ざめたような焦りも混じっている。女性は動揺を隠せず、わなわなと肩を震わせた。
「なにそれ、聞いてない…!」
女性の気持ちは男性にもよく分かった。男性は薄く目を開け、下唇を噛む女性をチラリと一瞥する。そしてフゥと息を吐いた。
「俺もさっき知ったとこ。」
「あ、アンタもなのね。」
自分だけが蚊帳の外だったわけじゃないと知り、少しホッとする女性。その気の緩みを見た男性は背後に置いていたパーティ用の三角帽を被り、懐からクラッカーを取り出してパンと打ち鳴らす。
「という事で慰め会を開いてみたんだ。俺達の哀しみを盛大に慰め合おうじゃないか。」
「いらないでしょ、それ。っていうかお祝いみたいになってんじゃない。不謹慎。」
今度は呆れ眼を浮かべる女性。男性は真面目だったのか冗談だったのかは分からない無表情をきめているが、この男性の粋な計らい(?)で、少し女性の緊張がほぐれたのは確かだ。その空気を読んだ男性は深く目を瞑って言葉を紡ぐ。
「案ずるな。解放されたのは今日の話。辻川沼の近くにいる俺の一族が、それを感じ取っただけの事だ。決してお前の家が無能なわけじゃない。」
「誰もそこまで言ってないっつの。さり気にうちの家をディスってんじゃないわよ。」
男性はフォローのつもりだったのだろうが、明らかに余計な一言が不随している。その事に女性は再び苛立ちを覚えた。
だがここで二人で争っていても仕方がない。ここは女性側が折れて、ハァと小さなため息を漏らしながら頭を抱えた。
「妖かし達がそんなに力を付けてきてるって事?」
「…いや、封印を解いたのは、如月家の人間らしい。」
明らかに空気が変わった。今まで何処かおどけた雰囲気を打ち出していた男性だが、鋭い眼光を光らせる。そしてその空気に引き込まれるように、女性の空気感も変わった。
「なんですって!?それって…如月双葉が、って事?」
「あの家は現在、実質彼女が切り盛りしているからな。恐らくそうなのだろう。」
「・・・・・。」
男性の言葉に女性は面食らうも、ギリリと歯噛みして言葉を押し出した。
「…あの子、他の封印も解くつもり?」
「さぁ。そこまではまだ。」
男性もまだ全ての状況を把握しているわけではないのだろう。女性は男性の言葉に頷き、腕組みをしながら眉根を寄せた。
「一度確かめる必要があるようね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます