第十一伝 『神の従者』

驚きを隠せない双葉。だがこれで全てが繋がった気がする。

何故朔が葛葉に狙われたのか。葛葉は朔を“従者”と勘違いしてしまったのだろう。

勿論、疑問は残る。何故朔が見えるのか。双葉は考え込んでしまう。


双葉が俯いて言葉を失っていると、それを見た朔が ぎょっとし、双葉へと目を向けた。



「俺、もしかしてヤバかった…?学校で空気に向かって話し掛けてる感じになってた、とか…。」



双葉は我に返る。朔そっちのけで思考の世界に入り込んでしまっていた。双葉は慌てて首を横に振る。



「えっ、ああ、ごめんなさい。学校での彼は実態を取るようにしてるみたいだから大丈夫よ。」



その言葉を聞いてホッと胸を撫でおろす朔。

朔の事は気にかかるが、今ここで考えても仕方がない。双葉はひとまず先程の話の続きを。妖かしについての説明を再開する。



「戦国時代には、人と妖かしとの争いも激化。けどそれも、戦乱の時代の幕引きと同時に終わりを告げたの。“神の従者かみのじゅうしゃ”、そう呼ばれる人間達の手によって、五大妖怪を封印。その事で全ての妖かし達が裏の世界へと送られたのよ。」

「封印して裏の世界へ送る…。」

「そう。この間のあの稲荷神社、あれは妖狐を封印した神社。」

「!」



まさしくファンタジー。おおよそ自分とは関わりのない世界ではあるが、何となく話を掴めてきた。先日葛葉に連れて行かれた稲荷神社。葛葉は執拗に封印の解除を求めていた。あれはただ妖かしを解放させたいのではなく、自分の身内の解放を願っての事だったのだろう。

葛葉はこうも話していた。『偉大なお狐様を、こんなちっぽけな神社に封じたままはおかしい。』と。

彼は彼の信念に基づいて。護るべき者の為に行動をしていたのではないだろうか。彼が未だ帰らず学校に通っている意味も何となく察した。


そして双葉は続ける。



「五大妖怪は…聞いた事ぐらいあるかもね。天狗、鬼、妖狐、化け狸、河童の五種族。」

「あ、知ってる!」

「妖かしの中でも特に力が強いと言われている上位の妖かし達、五大妖怪。天狗を中心に、その他四種族を東西南北に封印したの。」



朔は双葉の話を聞き、唸りながらも頷く。正直、現実離れしすぎていて信じ難い話ではあるが、葛葉との交戦を思い出せば納得は出来た。

そして先日の葛葉の言葉も思い出して質問で返した。



「で?その封印が弱まってるの?」

「ええ。」

「まぁ戦国時代っていうと…もう何百年も昔になるもんなぁ。そりゃ封印の一つや二つ、弱まるもん…なのか?」



言ってて疑問符が浮かんだ。封印ってそんな簡単なものなのか。ゆるっとしてるものなのか。それで良いのか。

どうせ封印するなら、二度と出ないようにきちんと封じるべきでは。


だがその質問に双葉は少し冷ややかな顔で例え話を用いて答える。



「経年劣化で水道の蛇口が緩くなって水漏れしてくるのと同じよ。」

「…その例えよ。」



分かりやすいと言えば分かりやすいが。

なんか身近過ぎて危機感が薄れた。


そして朔が何か思い出したように声を上げる。



「あ、そういえば今日って何処に向かってんの?」

「五番目の封印。河童が封印されてる沼に。」

「えぇっ!?なんでそんなところに俺を!?関わるなって言ったの誰だよ!?」



しれっと答える双葉に物申す。関わるなと言われたはずなのに、ガッツリ引きずり込まれている。しかも危険そうな場所に。

次のバス停で降りて引き返そうか。


そんな事を考える朔だが、それに対して双葉は真面目に理由を述べる。



「この間の一件があったから。あの妖狐が何か出来るとは思えないけど、他の妖かし達がどう動くかは分からない。私が沼に向かっている間に貴方が狙われないとも限らない。一緒にいる方が安全だと思って。」

「ああ、そういう事!…え、なんかごめん。」



まさかの自分の為だった。疑って申し訳なかった気持ちと、気遣わせて申し訳ない気持ちから謝る。

だが双葉は特にその謝罪は求めていなかったのか、聞いていないのか。少し考え込むように俯き加減になる。



「それに・・・・。」

「それに?」



少しの沈黙が降りる。

だがすぐに双葉が口を開いて頭を振った。



「・・・・いえ、何でもないわ。」

「?」



双葉の態度に気になるものはあったが、あまり深入りするのも気が引けたし、何より本人が言い淀んだ事を問い詰めるのも如何なものかと思い、朔は別の質問へと切り替えた。



「あとさ、訊いても良いのかな、神の従者って?如月さんもそうなの?」

「ええ。」



大分踏み込んだ質問をしてしまったが、双葉は答えてくれる。その事で朔も質問をしやすくなり、質問を重ねた。



「その、神の従者なら如月さんみたいに水を出せるって事?」

「まぁ…そうね、うちの家系はね。」

「家系?」



出てきた更なる質問に対し、答えるかどうか双葉は少し躊躇いを見せる。従者でない者に話して良いものか悩んだ為だ。だが、ここまで巻き込んでおいて黙秘とするのも悪いと思い、双葉は丁寧に答える。



「…この護符に自然の恩恵を受けて放つ術を“神術しんじゅつ”って言うの。そしてそれを扱える神の従者はいくつかの家系がある。その家系によって操れる自然、元素が異なる。うちの家系は水を司る家系。水の他に、火、風、地を司る家系があるわ。」

「あ、神様の力、自然の力を借りてるから神の従者って事?」

「そう。」



なるほど。確かに何かを祀る場合、大自然全てを祀るのではなく、火の神、水の神とそれぞれを祀っているところが多数。そして双葉の家系は水の神を崇める家系という事か。朔にとっては未知なる世界であるが、なんとなく理解を示す。


弱まりつつある封印、かつて妖かしを封印したとされる一族の末裔、そして今向かっている地は河童を封印したとされる沼。これらの指し示す解は…再び強固な封印を施すという事だろう。

一刻も早く対応しなければ、また葛葉のような輩が襲ってくるとも限らない。双葉の目的等も理解した朔だが、本気で住む世界が違い過ぎると思った。



◇◇◇◇◇



そして目的地、最寄りのバス停に着き、二人は下車する。都心から約一時間程バスに乗るだけで大分のどかな風景へと変わる。都会の喧騒から離れ、空気が気持ち良い。朔は大きく深呼吸した。

その時、近くでカサカサッと何かが動く気配を感じる。



「ん?」



人影だ。誰かいる。この停留所で降りたのは朔と双葉の二人だけ。周囲を歩く人の姿もない。妖しい。

朔は気付かないフリで影へと背を向けつつも、視線だけそちらにやって影を確認してみた。影は木の茂みからひょっこり顔を出す。


葛葉だった。



「・・・・・。」



下手くそすぎる尾行に、逆に言葉が出て来ない。念の為、葛葉には見えないよう注意を払いながら、そちらを指差し、呆れ顔で双葉の方へと向き直った。



「あの、如月さん、あれ…。」

「学校からずっとついて来てるわよ。」



やはり双葉も気付いていた。学校から、という事はバスの上にでも乗っていたのだろうか。それか妖かしとして姿を隠していたのか…。いずれにせよ二人の目的地的にも不安が過る。



「大丈夫?それ。」

「この間の一件以降、妖かしの力を失ってしまってるみたいだし、問題ないと思うわ。」



双葉がこう言うのなら。普通の人間と変わらないのならまぁいっか。朔はひとまず双葉の意見を素直に受け取り、葛葉の事は知らん顔して歩き出した。

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