第十伝 『妖かし』

今なんて言った??

あまり聞きなれない言葉に、朔の中の全ての思考が停止する。


ぽかんと口を開けて目を見開いていると、双葉が言葉を続けた。



「今度の日曜、貴方にもついて来て欲しい場所があるのよ。」


(あ、付き合うってそういう!?びびび、吃驚させんなよ…。)



ドキドキドキドキ…。

まだ心臓の高鳴りが治まらない。しかも相手が美人となるとそうなるのも当然である。


決して恋愛経験は多くない朔。告白勘違いあるあるだ。恋愛対象としてのお付き合いと、一日付き合うの意を勘違いするパターン。

だがそんな勘違いをしていたと知られれば、自意識過剰のただただキモイ奴に成り下がる。決して気取られてはならない。朔が平常心を保とうと胸に手を当て心臓を鎮めていると、双葉が怪訝な顔を浮かべて小首を傾げた。



「?」



あまり変な間を置いては気付かれる。

朔は慌てて言葉を返す。



「に、日曜なら。バイトも入れてないし、大丈夫だけど。」

「じゃあ午後一時に、学校の正門前待ち合わせで。」

「分かった。何処行くの?」



朔が質問を投げ掛けるも、双葉はそれを聞かずに教室から出て行ってしまう。



(って無視かよ!)



まぁ行けば分かるか。そう思い、朔も教室から出て学校を後にした。



◇◇◇◇◇



日曜日。

朔は約束の午後一時に学校へ。あまり慣れていない間柄で遅刻するわけにはいかないと思い、十分前に着くよう寮を出る。予定通り十二時五十分に到着するが、双葉は既に来ていた。決して遅刻ではないのだが、少し申し訳なく思ってしまう。

勿論、そんな事は双葉はこれっぽっちも気にしていない。

到着と同時に朔の口から『ごめん、お待たせ。』という言葉が零れるも、双葉は首を振って気にしていない素振りを見せた。そして二人は歩き出す。


私服姿の双葉。決してデートというコーディネートではないが、普通に可愛い。何より女子の私服という装いが新鮮だ。中学以降、ほぼ制服で生活している為、私服で女子と接する事自体が珍しく、新鮮である。

その事に朔は少しドキドキしてしまう。だが意識していると悟られれば、これまた引かれ兼ねない。朔は平常心を装った。


今日の行先は知らされていない。とりあえず何も訊かずに双葉について行く。

双葉は学校の近くのバス停へと足を運び、ちょうど到着した“辻川沼つじかわぬま行き”のバスへと乗り込んだ。


行先・方面がマイナーなのか、乗客は朔達の他に数名しかいない。二人は空いていた一番後ろの席へと腰掛けた。座って早々、朔が一番気になっていた事を口に出した。



「足の怪我は?もう大丈夫なの?」

「ええ。次の日にはすっかり綺麗に。」

「!」



立つのがやっとという程の大怪我(大火傷)を負った双葉。出掛けて大丈夫なのだろうか。そう思い、心配して掛けた言葉。

女の子の足をまじまじと見るのもどうかと思い、しかも火傷があると思い込んでいた故に目を背けていたが、見ると本当に綺麗だった。火傷どころか、かすり傷一つ残っていない。思わず二度見してしまう。


朔が何を思っているのか分かった双葉は、その事情について考察を述べる。



「多分、狐お得意の幻術だったんだと思う。」

「幻術?」

「彼は狐の妖かし、“妖狐”。昔から狐や狸は人を化かすって言われてるの、聞いた事ない?」

「あー…ある。」



狐に化かされた、狐につままれた等という言葉をよく耳にする。聞いた事はあるが、まさか本当の語源が存在したとは。

耳を疑うような話ではあるが、先日襲われた際に葛葉は屋根を飛び移っていたり、炎を発したりと人ならざる者である行動をしていた。その事実を思い出して納得する。


そしてその記憶の延長から、思い付いた疑問をぶつける。



「あ、それで?あの葛葉ってヤツがフツーにクラスに馴染んでんの。」

「そう。まぁそれは狐だけじゃなくて、上位の妖かしなら皆出来るんだけどね。」

「その、アヤカシってさ、何?」



そもそもの疑問だった。馴染みのない言葉。まずそこの理解をしなければ話が進まない気がした。

いや、何となく朔の中に答えは出ている。だが正しい答えを双葉の口からきちんと聞いておきたい。未確認のまま想定だけで話を進めて、もし違っていた場合、後の修復が難しい。早い段階で擦り合わせをしておきたいと思ったのである。


双葉は顎に手を当てて少し悩む素振りを見せる。だがやがてゆっくりと口を開いた。



「・・・・そうね、貴方はもう、知っておいた方が良いかもね。」



ゴクリ。

いざその答えを聞くとなると緊張が走る。

朔は隣に座る双葉へと目を向けて息を飲んだ。



「戦国時代頃まで、この世界には妖かしがいた事は…知ってる?」

「いや、知りませんけど。」



だからそもそもソレについてを訊いているのに。

当たり前のように言われて真顔になる。教科書にもそんな記述はないし、ニュース等でも耳にした事がない。身近な人間からそのワードを聞いた事もない。少し呆れた表情を浮かべる朔。その場に少しの沈黙が降りた。



(この人…何も知らないのね…。)



ふとそう思う双葉。悪気があって思ったわけではない。

関係者としての立場での率直な感想である。

だがその心情が見て取れた朔は逆に申し訳ない気持ちになった。



「えっと、無知ですみません…?」



もしかして自分が世間知らずなのか?そんな考えが頭を過って出た言葉だ。だが朔の言葉を聞いて双葉はハッとなり、慌てて首を横に振った。



「ああ、いえ。普通は知らなくて当然よ。歴史の記述で残されているものではないし。」



双葉のその言葉を聞いて少しホッとした。どうやら自分だけが知らない事実ではないらしい。

そして気を取り直して双葉が語り始める。



「妖かし。戦国時代そのじだいの人々には馴染み深いもので、誰もが知っている存在だった。別称としては妖怪とか、物ノ怪って呼ばれる事もあるわ。」

「あぁ~!…え、ホントにいたの!?」

「ええ。」



驚愕の事実発覚である。空想上の話、御伽噺の類だと思っていた。

目を見開く朔を前にしながらも双葉は続ける。



「と言っても、全ての妖かしが、全ての人間に見えてたわけじゃない。その特性によって見えていたり、姿を隠していたり。」

「なるほど。」



そこまで語られた事で、朔はポンと手を叩いて思い出した事を口に出す。



「…あ!そういや初めて葛葉に会った時、『何で見えてんの』、とか言ってたっけ。」

「!?」

「そうか、アイツ妖かしとして姿隠してたんだな。」


(姿を隠していた狐が見えていた…?しかも狐は上位中の上位、大妖怪。仮に葛葉銀カレがその中の下っ端だったとしても、視認するには ある程度の“神力チカラ”が必要なはず…。何故須煌君に見えて…。)



あの時、その場には朔、双葉、葛葉の三人しかいなかった。故に気付かなかった。

葛葉が実は妖かしとして姿を隠していたという事実に。


双葉は大きな瞳を更に大きく見開き、朔を見つめた。

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