第九伝 『双葉の幼馴染』
如月のファーストネームは
と、今はそんな事はどうでも良い。
突如現れたイケメン男子。しかも双葉と名前呼び。彼氏の登場か?朔は少し身構える。
身長は朔より高いが、朔に絡んでくる妖かしよりも少し低い。175cmぐらいだろうか。至って真面目そうなタイプである。
見た感じタイプ的には『俺の女に手を出すな。』等と言うような輩には見えないが、インテリ系となるとネチネチ嫌味を言われる可能性はある。何を言われるのだろうか。内心ヒヤヒヤしている朔だが、次にイケメン男子から零れた言葉は至極穏やかなものだった。
「彼は一昨日からうちの学校に転入してきた須煌朔君。HRでの自己紹介、聞いてなかった?」
「・・・・・。」
少し呆れた顔を浮かべるイケメン男子。だが彼とは目も合わせず、口もきかず。双葉は教室へと入って行った。
「あ、双葉!」
その場に取り残される男三人。少しの沈黙の後、イケメン男子が小さくため息を漏らし、朔達へと視線を向けた。
「…ごめんね、昔はあんなんじゃなかったんだけど…。」
「えっと…アンタは・・・・。」
『彼氏ですか?』とは流石に訊けない。朔は語尾を濁す。
その意図を汲み取ったのか、イケメン男子は少し慌てた素振りを見せながら言葉を返した。
「ああ、ごめん、自己紹介がまだだったね、僕は同じクラスの
「こちらこそ宜しく。」
朔の心配は無用のものだったようだ。初めてまともに交流出来そうな人物の登場に、朔は内心嬉しく思う。
そして松山は双葉が入って行った教室の方へと視線を向け、再び小さなため息を漏らす。
「双葉があんな風に不愛想になったのは、ここ最近の話でさ。今年に入ってからじゃないかな?去年までは普通に友達の輪の中にいて、いつも笑顔の印象だったんだけど…。」
「何かあったの?」
詮索するつもりはない。だが気になった。朔からの問い掛けに松山は、少し寂しそうな表情を浮かべながら首を横に振るう。
「分からない。僕とも距離を置くようになっちゃって…。でも、悪い奴じゃないから。気を悪くしないでね。」
「うん。」
それは何となく分かる。朔はピンチのところを何度も助けてもらった。しかも己の身を挺してまで。そんな人間が悪い奴だとは到底思えない。朔は松山の言葉に笑顔で頷いた。
朔の微笑みを見て安心したのか、松山も笑顔を浮かべる。そして何かを思い付いたように声を上げた。
「あ、そうだ。来週の月曜日、良かったらお昼一緒に食べない?」
「えっ、いいの?」
「うん。」
(やった…!やっと普通の友達が…!)
出来るかもしれない。
朔は歓喜に震える。現状絡んで貰えたのは、霧島(クラスの人気者、初回のみ。以後絡める気配なし)、地味男子(朔を襲ってきた奴、要注意)のみである。松山と友達になる事が出来れば、高校生活も安泰だ。…たぶん。
朔が喜びをかみしめていると、松山が笑顔で続ける。
「今週は生徒会の仕事があるから無理なんだけど、来週はないからお昼休みゆっくり出来そうなんだ。」
(生徒会…。)
何やら不穏な空気が出て来た気がする。生徒会役員…それは学校で絶対的権力を持つ。
…イメージ。
※ 朔の偏見が含まれています。
友達になって大丈夫なものだろうか。転入してきた自分に対する洗礼が…。
…あるのかも。
※ 朔の偏見が大いに含まれています。
いや、これを乗り越えれば(?)学校という強力な後ろ盾が出来る。
…可能性を秘めている
……と良いなぁ。
※ んなわけない。朔の偏見しかありません。
そもそもこの松山は良い奴そうだ。単なる偏見で判断すべきではない。そう思い直し、朔は再び笑顔を作って『うんうん』と頷く。
そして松山は朔へと向けていた視線を隣にいる男子に移した。
「良かったら葛葉君も一緒に。」
「えっ!?あ、うん。」
(コイツ、葛葉って言うのか。)
話を振られるとは思っていなかったのか、少し上ずった声で返答する男子。
名前は“
そうして三人は月曜日の約束を交わし、話がまとまったところで松山が締める。
「月曜、楽しみにしてるよ。じゃあ僕は準備してから実験室向かうから、二人は先に行ってて。」
「分かった。」
笑顔で松山の背を見送る朔。その隣で葛葉は顎を撫でながら、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべている。その様子が気になった朔は眉根を寄せて葛葉を見やる。
「…なんだよ。」
「早くもイケメンライバル登場か~。お前、頑張らねーと厳しいんじゃね?」
その言葉に朔はモヤッとした表情を浮かべる。
「…お前さ、何か勘違いしてない?」
嫌な予感がする。
この間人質に取られた時もそうだったが、絶対に妙な勘違いをされている。朔と双葉が恋仲だと思われている、もしくは朔が双葉に惚れていると思われているに違いない。
決して恋愛強者ではない朔だが、それぐらいは察した。
その誤解を解く為に口を開こうとするが、それよりも先に葛葉が大きく首を振りってニヤケた表情のまま続けた。
「まぁまぁ皆まで言うな。野暮な事は言わねぇ。陰ながら…フッ、…応援してるよ。」
「絶対応援してないだろ。今笑っただろ。つーかその応援いらないからな。」
◇◇◇◇◇
化学実験室へと移動して着席。席は教室の席順と同じだ。
朔が席についてすぐ松山も実験室に到着。真ん中ぐらいの席に着席した。朔は大体の松山の席を確認する。週明け昼食に誘われたのだ。相手がどのあたりに座っているかぐらい把握しておきたい。
朔は頬杖をついて松山をぼーっと眺めながら考える。
朔が転入した日、天照高校生活初日から二日目にかけて座席が増えていた事からも、葛葉が増えたと見てほぼ間違いないだろう。そしてそれは先程の双葉の発言からも、“葛葉が増えた”という事実が伺える。
そして松山は普通に葛葉と接していた。という事はつまり、双葉のいう“記憶操作”が成された、という事ではないだろうか。
そもそも記憶操作とは なんぞや。
考えても分からない。現実離れした事象が起きすぎている。
朔の持つ常識で推し量れるとは思えない。
事なかれ主義の朔も、流石にここまで巻き込まれているとなると、知っておいた方が良さそうだと考えた。
(今度如月さんに訊いてみようかな。…教えてくれるかな。)
バイト帰りに襲われた際に深入りするなと言われた。訊いたところで教えてもらえるかどうか。
まぁダメ元で訊くだけ訊いてみるとして、その前に念の為に確認しておきたい事がある。他のクラスメイト達がどういう認識なのか。恐らく松山と同じだとは思うが、事前確認は重要だ。
朔は隣に座っている男子に小声で話し掛けた。
「あのさ。座席表とかってある?」
「え?ああ。須煌は皆の顔と名前一致してないよな。ちょっと待ってろ、今書いてやるよ。教室ので良い?」
「あ、うん。」
座席表はない様子。だが隣の男子は親切にも書き起こしてくれた。しかも丁寧にフルネームで。有難い話である。スラスラと書き終え、書いた紙を朔に手渡す。
「はいよ。読み方分かんない奴とかいたら訊いて。」
「サンキュー!」
親切な隣の男子君の名前は
と、佐藤の事はひとまず置いておき。
今朔が気になっているのは佐藤ではない。この佐藤も葛葉の事を認識出来ているのか、だ。
(あいつの席は…あった、葛葉。
まぁ想定内。しかしファーストネームも認知されているとは。
ここで更に気になるのは、机が増えた日よりも前はどうだったかという事。それについても尋ねてみる。
「・・・・一昨日の座席表ももらえる?」
「いや、変わってねーよ。一昨日はお前いただろ。」
まぁ…当然と言えば当然か。
ダメ元で訊いてみた事とは言え、少し恥ずかしくなった。
気を取り直して試案。
朔は手にした座席表を眺めながら唸る。
(葛葉は俺が転入する前からクラスにいる事になってんのか。…これ以上は今ここで俺が考えても仕方ないな。)
朔はチラリと葛葉の方へと視線を向ける。
当の本人は余裕があるのか、朔の視線に気付き、ヒラヒラと右手を振ってくる。勿論朔が手を振り返す事はなく、目を反らして再び座席表とにらめっこ。
(今のところ、
◇◇◇◇◇
それから葛葉からは特に何かされる事もなく、無事に一日の授業を終えた。
この日はコンビニのバイトを入れている。
今日の様子を見ている限り、葛葉が何かを仕掛けてくる気配はなさそうだが、それは学校内だからかもしれない。一昨日はバイトから帰る際に暗い夜道で遭遇し、襲われた。その時は少しでも早く帰りたいという思いから近道になる薄暗い路地を選んでいた。今日は遠回りになっても念の為に明るい大通りから帰った方が良いかもしれない。
ぼーっとそんな事を考えながら帰り支度をしていると、机の目の前に誰かが立ちはだかる。
「ねぇ。」
「!」
ビクリ。
無防備なところ急に声を掛けられて心臓が飛び出そうになる。
朔が驚きつつも顔を上げると、双葉が朔を見下ろしていた。
なんだろう。
今確かに話し掛けられた?よな??
朔が言葉を失って双葉に視線を合わせていると、双葉が至極真剣な顔つきで口を開いた。
「私と…付き合ってくれない?」
「…え・・・・っ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます