第弐柱
第八伝 『なんでいるの?』
一限目の授業を終え、立ち上がる生徒達。皆教科書や筆記用具等を持って各々教室を出て行く。二限目は化学。今日は実験の為、化学実験室に移動だ。
朔は当然の事ながら誰かと一緒に移動する予定はない。一人、教科書等の準備をしていると、背後から声を掛けられた。
「須煌君、次は移動教室だよね、一緒に行こう。」
「・・・・やだよ。」
声を掛けて来たのは昨日朔達を襲った男子。朔は冷たい視線を送りながら即座に断る。
一番絡まれたくない相手である。
そして男子をその場に置いて教室から出た。
ちなみに男子は、昨日学校で朔に声を掛けてきた時と同じく、眼鏡を掛けて地味な装いをしている。それが余計に胡散臭くて信用ならない。
スタスタと歩き進む朔に、男子が追い掛けて来て絡む。男子は朔の背中をバンバンと叩いた。
「いーじゃん。どうせお前ぼっちだろ?」
「ぼっち言うな!今に友達出来るわ!百人出来るわ!」
「それは無理だと思う。」
普通にノリの良いタイプでも友達百人は難しいのではないだろうか。しかもこの朔の性格。まだほとんど絡んでいない この男でさえ難しいと察した。
無視して歩き進もうとする朔に、尚も絡んでくる男子。
苛立った朔はとうとう男子を睨み付けて言葉を返す。
「つーかお前帰れよ。如月さんにも帰れって言われただろ。」
「イッシンジョウノツゴウだよ。」
「俺の言葉使ってんじゃねぇ。」
「こっちにも家庭の事情ってもんがあんの。」
男子の言葉を聞き、足を止めて考え込むように俯く朔。
朔が足を止めた事で、男子も一緒に足を止める。
そして少し言いづらそうに。でもちゃんと聞き取れる声量で朔は言葉を送る。
「…お前が…俺達とは住む世界の違うヤツってのは分かってるよ。」
「!」
その言葉に目を見開く男子。場に少しの沈黙が降りる。
男子の反応を見て、己の発言への肯定と捉えた朔は言葉を続ける。
「反社の人なんだろ?色々大変そうだけどさ。きちんと話せば分かってくれるって。血の繋がった相手なら尚更さ。」
「いや、違ぇーよ!」
予期せぬ見解にズッコケた。吉本新喜劇か!って程に。
男子の否定を聞き、朔は眉根を寄せて補足説明を行なう。
「あ、反社って意味分かる?反社会的勢力。」
「それは知ってるわ!つーかお前、昨日もそうだけど何かズレてるよな!」
それは昨日、男子が朔を人質取って抑え込んだ時の話。一昨日の晩、遭遇した事を話した際にはコンビニの客と間違えられた。
何処かズレた感覚を持っている朔に対して男子は盛大にツッコむ。だがそのズレをズレだと認識していない朔は目を丸くしながら言葉を返した。
「あれ?違った?」
「掠りもしてねーわ!」
「裏社会の住人っつってなかったっけ?」
「裏ってそういう意味じゃねーよ!つーかお前、反社の人間何だと思ってんだ!反社でもただの人間があんな術使えるわけ…。」
朔のボケに対して男子は的確なツッコミを入れようとするが、前から駆けてくる如月に朔が気付き、思わず声を上げた。
移動教室前に御手洗にでも行っていたのか、如月は少し急いだ様子で教室へと戻って来る。
「あ!如月さん!怪我は!?もう大丈夫なの??」
「!」
声を掛けられて目を見開く如月。そして朔と男子の二人を見て、驚きの表情を浮かべた。
「なんでいるの?」
「え?」
朔の問い掛けには答えてもらえず、別の質問で返される。
だがその返しは納得するものがある。昨日攻撃を仕掛けて来た張本人が何事もなかったかのように普通に学校にいるのだから。
そう思った朔は一つため息を吐いて如月の質問に頷く。
「ホントそれだよ。なんでお前普通にクラスに紛れこんでんだよ。」
男子をチラリと睨みながら言葉を漏らす朔。
だがそんな朔の言葉には同意せず、如月は首を横に振った。
「いえ、貴方が。」
「えぇ!?俺!?なんで俺!?俺よりコイツだろ!」
まさか自分に向けられた言葉だとは思ってもみなかった。朔は思わず如月を二度見し、男子を指差す。だが如月は冷ややかな視線は変えず、小さくため息を漏らしながら男子へと目を向けた。
「どうせアンタは皆の記憶操作でもしたんでしょ。」
「記憶操作!?なんでそんな事出来んだよ!」
「俺、“妖かし”だし。それぐらいヨユー。」
「アヤカシ?確かにお前は妖しい奴だけど。妖しさ極めたらそんな事出来るようになんの?」
「んなワケねーだろ!お前絶対意味分かってねーだろ!!」
妖しい人の別称?最上級?的なものだと思っている朔。そしてその認識違いについて男子も気付いている。が、男子は特に詳しい説明はしない。朔としても、この男子からの説明は期待していない。攻撃を仕掛けてくるような輩が、丁寧に自分に説明をしてくれるとは思えないからだ。
故にその事は一旦置いておき、朔は別の視点で考えを巡らせる。
(つーかコイツ、何が目的なんだ?また俺を人質にでもしようとしてんのか?)
段々と不安になって来た。このままではまた自分の身が危ういのでは?
そう思った朔は引きつり笑いを浮かべ、男子を指差しながら如月に言葉を掛ける。
「つーか如月さん、コイツ引っ付いてっくんだけど…。」
大丈夫なのか。いや、大丈夫じゃない。その事を察して欲しい。
それを伝える為、朔は如月へとアイコンタクトを送る。
如月はそのヘルプを受け取るが、冷静な見解で言葉を返した。
「・・・・まぁ昨日ので力が無くなったみたいだし、大丈夫よ。何も出来ないわ。…たぶん。」
「たぶんて!」
ただただ不安が増しただけだった。
如月としてはそれよりも気になる事があった。
その“気になる事”について朔に向かって口をつく。
「それより貴方はどうしてここに?」
「俺はフツーに転入!一昨日、朝のHRで挨拶しただろ!!」
まだそこ納得してなかったんかい!
盛大なツッコミを入れたい気分だ。怒りを露わにする朔を前にし、如月はハッとなって申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「そう、だったの。ごめんなさい。」
「いや、ガチで謝られると辛いものがあるんだけど。」
自分の存在そのものが否定された気分だ。
ただただ切なくなった。
そしてここで立ち話をしている三人に、いや、正確には如月に声を掛ける人物が現れた。
「双葉。」
「!…
呼び掛けられ、如月は振り返る。
そこにはオシャレ眼鏡を掛けたインテリ系イケメン男子が立っていた。
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