三一.規格外

 博士の要求は実に多種多様だった。まずは今まで自分の身に起こったことを事細かく質問された。さらに俺がいた世界についても質問攻めにあい、ようやくそれが終わったかと思えば、今度は体によくわからない器具をたくさんつけられ数時間ほどそのままじっとしているよう言われた。さらにそれらの合間に資料の整理だとか器具の運搬だとか様々な雑用もやらされた。


 食事の用意や洗濯などの家事はマークがやってくれるのでよかったが、ナイトレインのところにいた時のような和やかで牧歌的な生活とは程遠い。とはいえやはり人間の順応力というのは侮れないもので、三日も経つ頃にはすでにこの生活に慣れ始めている自分がいた。そんな折に博士から、ある程度のことがわかったから一度集まって聞いて欲しいと言われたのだった。俺たち四人の前で博士は資料を片手に話し始める。


「そうだね、まずはクロの身に起こった不可解な現象についてだ。と言っても残念ながら現段階ではあまり確かなことはわからない。少なくともその現象は魔法やそれに類するものではないということ、そしてどのような文献・記録にも類似した現象は認められなかったということだ。あくまで推測の域を出ないが、やはり君が異世界から来た存在であるということが大きく関係しているだろう」


 つまりあれに対する手がかりは無しということになる。これでここに来た目的の一つはついえてしまったわけだ。俺の落胆を予想していたのか博士は付け加えるように言った。


「だが君に関することでわかったこともある。君が魔法を使えない理由だ」


「え、本当ですか!?」


「君は高位錬金術による言語変換を施されている。これが原因だったんだよ」


「えっと、つまりどういうことですか?」


「君は魔導術を発動しようとして失敗した。魔導術には詠唱が不可欠であり、それを自身の聴覚で正しく認識する必要がある。だがそもそも君の認識している言葉は全て術によって改変されたものだ。表面上の意味合いは正しくとも、完璧な翻訳が不可能な以上完璧な詠唱もできるはずがない。だから君は魔力を持っていながら魔導術を使えなかったんだ」


「なんとなくわかったような、わからないような……。今後使えるようになる可能性はあるんですか?」


「詠唱が必要な魔導術・符号術は使えないだろう。血統術は原理的に不可能だし、そうなると錬金術だけだが、あれはある程度の才能が求められるうえに魔法力学の知識も必要だ。本来は魔法学校に通って数年がかりでやっと習得するようなものだ。……まあ幼き日の私は一年で基礎錬金術をマスターしたが、予備知識のない君では相当な時間がかかるだろう」


 つまり現状では魔法を使う手段はないということか。特に戦力を求められているような状況ではないとはいえ、いつ先日のようなことが起こるかわからない。ナイトレインには力を求めすぎるなと言われたが、そのせいで死んでしまっては元も子もないわけだし、やはりちゃんと戦えるだけの力は欲しい。


「君はまだ若い。焦るのはわかるが、まずは自分自身と向き合うことだ」


 俺の心を見透かしたような言葉に思わずハッとする。若いと言われたが、博士と自分とでは十歳くらいしか差がないように見える。言葉にするのは難しいが、この人もまたナイトレインに近い得体の知れなさをまとっている。


「そしてラヴ、君についても色々とわかったことがある」


「……僕は自分のことをちゃんとわかってる。教えてもらう必要はない」


「……それが君の創造主マスターについての話だとしても、そう言えるかな?」


「……!」


「そしてクロ、これは君にとっても無関係な話ではない」


「え? どういうことですか」


「まずはラヴ自身のことについてだ。君は……はっきり言ってホムンクルスとしては異常だ。自分でもわかっているんだろう?」


「……知らない。あなたが何をもって普通としているのか、僕にはわからない」


「普通のホムンクルスとはそこにいるマークのことだよ。彼は利口で従順だが自発的な感情はほとんど持っていない。与えられた指示をただ淡々とこなすだけだ。だが君は違う。多くの複雑な感情を理解し、時には自己判断で人間に逆らうことすらある。こんなホムンクルスは聞いたこともない。そして何よりある特別な能力を君は有している」


「ラヴに特別な能力……? それなりに長い時間一緒にいたけど、そんなものを感じたことは——」


「そうだね。我々にとっては特別でもなんでもない。だが——私は心底驚いたよ。ラヴ、君はホムンクルスでありながら、生殖能力を持っている……そうだろう?」


「な——」


 ホムンクルスは成長も老化もしない、人によって創られた存在だったはずだ。そんな存在が子どもを作ることなんてできるんだろうか。だがラヴは博士の言葉を否定しない。おそらく事実なのだろう。


「……僕のことはいい。早くマスターについて聞かせて」


「ふむ、まあいいだろう。君のマスター、つまりリンゲル氏は非常に優れた魔法学者だった。だが戦時の混乱の陰で違法な実験を行ったとして国を追放され、その後の消息は誰にも掴めていない。それでも各地を転々としつつ独自の研究を続けていたようだ。その結果、ラヴのような特殊なホムンクルスを創ることに成功した」


「あの、いまいち俺との繋がりが見えてこないんですけど……」


「なに、そう複雑な話ではない。ラヴの体を調べた結果、未知の技術が使われたと思われる痕跡が見つかった。クロから聞いた異世界の話と合わせて考えると、これは異世界の技術である可能性が高い。つまりリンゲル氏は何らかの形で異世界との繋がりを持っていたと推測できる」


「な……!? でも、そんなこと可能なんですか?」


「そもそも君は魔法によってこの世界に召喚されたんだ。そうである以上、不可能だとは言い切れないだろう? 何よりリンゲル氏は稀代の魔法学者だ。他の魔術師にできたのなら彼にもできるはずだ。そして彼ならば異世界人である君の身に起こった出来事を解明する手掛かりを持っているかもしれない」


「なるほどな。ようやく話が見えてきた。そのリンゲルってやつに会いに行けばいいんだな?」


「……それは無理。マスターはもう死んでる」


「あ……そうだったのか。その、悪い」


「リンゲル氏の研究資料でも見つかれば何かわかるかもしれないんだがね」


「……現存しているかはわからないけど、一つだけ思い当たる場所がある」


 ほんの一瞬、ラヴの表情に陰りがさしたように見えた。


「国境の山岳地帯にあるマスターの研究所。——僕が生まれた場所」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る