三十.研究者
近くで見るその街はより一層奇妙に見えた。無数に立ち並ぶ大小さまざまな塔の間、通路とも広場ともいえるようなその空間を人々が行き交っている。しかし人通りに関しては王都ほどではない。むしろ街の規模を考えると少ないくらいだ。
「意外と人は少ないんだな」
「博士もそうですが住人の中には塔の中でほとんど生活を完結させているような人もいます。塔の一つ一つが住居であり職場でもあるのです」
「なんか息が詰まりそうな街だな……。あちこち魔力灯だらけだし、これじゃ夜でも星が見えないぞ」
「そうかい? ずっと日光を浴びずにすむなんていい暮らしじゃないか」
「……それはリタだけ」
しばらく進んでいくとマークと名乗った少年はある塔の前で立ち止まる。だいたい十階建てくらいにはなるだろうか。白一色のその塔からは無機質な清潔感を感じる。
「ここがレスカトール博士の研究所です」
「ここって……まさか塔一つ丸ごとそうなのか?」
「はい、そうです。博士は優秀な魔法学者ですから様々な方面から常に依頼を受けています。なので金銭には困っていません」
「そんな人とあのナイトレインがなんで知り合いなんだ? 本当に得体の知れない奴だな」
「さあ博士がお待ちです。中へお入りください」
塔の内部も外観と同じく白一色で、柔らかい魔力灯の光に照らされている。
「博士は最上階の研究室にいらっしゃいます。これにお乗りください」
そういってマークが壁をなぞるとそばにあった扉が開き小さな個室が現れる。記憶が曖昧な俺でもさすがにこれは見覚えがある。
「これエレベーターか? やっぱり思った以上に進んでるなぁ」
「なんだいそれは?」
「これは博士が開発した最新の設備です。現在試験運用中でまだ一般には普及していません」
その瞬間に扉が閉まり俺たち五人を乗せたまま部屋が上昇していく。
「うわ!? これ勝手に動いてるぞ!」
「不思議な感覚、興味深い」
「おお……なんだろう、ちょっと落ち着かないね……」
「うーん、確かにちょっと揺れは激しめだな」
俺たちが感想を言い合っている間に部屋は動きを止め再び扉が開く。最上階も他の階と構造的な差異はないが、いたるところに見慣れない機器や用途不明の道具がある。それらの先にその人はいた。三十歳くらいの長身の女性だ。ゆったりと椅子に腰かけ紅茶のようなものを飲んでいる。
「博士、お連れしました」
「うん」
彼女はそう言って俺たちのことを一瞥する。相変わらずリラックスした様子で、こちらを警戒しているようには見えない。
「ナイトレインにあんたを訪ねるよう言われた。……あたしはフェルアライン・ダスターローズ、狼の血を引く者だ」
「うん、話は聞いているよ。ただやってくるのは人狼の親子だとそう記憶しているんだが」
「……母さんは病気で死んだ。こいつらは旅先で会った私の仲間だ」
「では君たちも何らかの獣の血を引いているのか?」
「いえ……私はリタ・ブランドール、吸血鬼です」
「あ、えっと、クロって言います。……と言っても皆につけてもらった名前ですけど。その、こことは違う世界から魔法で召喚されてきました」
「僕はラヴ。ホムンクルス」
「……マーク」
「はい博士。一名の解析不能を除き彼らの発言は正しいものと思われます」
「これはこれは……人狼の親子なんて手に余ると思っていたが、まさかそれを超えてくるとはね。あの男らしいと言えばそうだが」
そう言いつつも彼女は一口茶をすする。一応は受け入れてもらったと思っていいのだろうか。立ち尽くす俺たちを見て博士は再び口を開く。
「君たちの生活と身の安全は保障しよう。その代わり私の研究に協力してもらう。そのくらいはかまわないだろう?」
「協力って、具体的にはどういう……?」
「私は極力人を雇わないようにしているからね、ここはいつだって人手不足なのさ。勿論君たちは研究対象としても非常に興味深い。特に……クロとラヴ、だったかな。君たち二人からは未だ我々が知り得ない何かを感じる。今から調べるのが楽しみだよ」
俺はともかくとして、ラヴからも何か未知のものが感じられるらしい。そこにいるマークだってホムンクルスなはずだが、何か違いがあるんだろうか。素人目にはさっぱりわからない。
「さあ、さっそく始めようじゃないか。まずは黒髪の君からだ。こっちへ来たまえ」
そう言って博士は部屋の奥に消えていく。やや不安はあるがこの人ならあの黒いもやの正体もわかるかもしれない。俺は三人とマークに見送られながら博士の後に続いた。
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