九.穴掘り
広大な庭を三人で走り抜ける。リタは大丈夫だろうか。心配は残るが、俺じゃ足手まといになるだけだ。今は自分にできることをするしかない。
「しかしあの魔法使い、あたしたちの居場所が分かってたなら、なんでもっと早く攻撃してこなかったんだ? ビビってたのか?」
「そういう風には見えなかったけどなぁ」
「おそらく居場所はばれていなかった。でも出会ったのは必然」
「ん? どういうことだ?」
「途中で人に会わなかったのは、屋内での戦闘を避けるため。ここは王の城、傷つけることは許されない。それに普通の兵士じゃ吸血鬼には勝てない。だから能力のある強い人間を、僕たちが行きそうな場所へあらかじめ配置しておいたと考えるのが妥当」
「なるほど。非常事態への備えは万全ってことか」
「場所がばれた以上、急いだ方が良い。……目標地点に到達」
そう言ってラヴが立ち止まる。目の前には巨大な城壁がそびえたっている。これを道具もなしに上り超えるのは至難の業だろう。
「それで壁を壊して脱出するって言ってたけど、具体的にどうするんだ」
「錬金術を使う」
ラヴは城壁に手を当てて、何かを探っているようだった。ホムンクルスもそうだが、この世界の錬金術がどういうものなのかもいまいちわからないままだ。
「あたしらは魔法が使えないからな。ここはラヴに任せよう」
「なあ、魔導術と血統術はなんとなくわかったけど、錬金術はどう違うんだ?」
「え? それはその、あれだよ。なんというかこう、えーと」
「魔法の中で交換原則に従うものは全て錬金術に分類される」
「あーそうそう、コーカンゲンソクな」
「それって何なんだ?」
「それは、あー、ちょっと説明が難しいな」
「交換原則は魔法力学における重要な法則の一つ。魔力受容体の変換係数が常に正の値を示す限り、消費魔力と魔力変異体の構成値は比例する」
「え、えーっと」
「要するに魔力が強いほどすごいことができるってことだろ?」
「……間違いではない」
「そ、そうなのか」
「錬金術も詠唱は不要。ただしその性質上、直接的な攻撃はできない。物体の性質を変化させるのが、一般的な使い方」
「それが壁を壊すことにどう繋がるんだ?」
「柔らかくして、掘る」
「……なんか思ってたよりも原始的だな」
「まあ、あたしに任せとけよ。ちょうど体を動かしたかったところだ」
その時、庭の中央の方から激しい爆音が聞こえてきた。ここからでは詳しい様子はわからないが、魔力灯とは違う炎の明かりと立ち上る黒煙が見える。
「あれ、どっちの魔法だ!?」
「わからない……。でもこっちの人手を裂くわけにもいかない。今はリタを信じよう」
ここに来て自分の無力さを痛感する。今の俺に一体何ができるだろうか。奴隷としてすら見限られたような、自分の名前すらわからないような、そんな俺にできることなどあるのだろうか。考えてもわからない。
左腕の傷が痛む。まだ少し血が出ているようだ。リタは全力を尽くすと言ってくれた。他の二人も俺よりもずっと長い時間、あの牢の中に捕らわれていたんだ。きっと並々ならぬ覚悟を持ってこの計画に望んでいるだろう。とにかく足を引っ張るようなことだけは避けなければいけない。
「変性できた。フェル、お願い」
「よっしゃ。一発やってやるか」
フェルが城壁の前に歩み出る。そしてためらう様子もなく、腕を壁に突き出した。するとバキッという軽い音とともに、壁の一部が砕け散る。これは壁が脆くなったのか、フェルの力がすごいのか、どっちなんだろうか。
「お、これならいけそうだな」
そう言ってフェルは両腕でガリガリと壁を削り始めた。その光景はどこか家の柱で爪を研ぐ猫を彷彿とさせる。勿論フェルは猫ではなく狼だが。あっという間に壁は削れていき、気づけばフェルの姿がすっぽり隠れるくらいの大穴が開いている。
その時、再び背後で爆発音が響いた。リタと優男との戦いは熾烈を極めているらしい。どうか俺の血が、彼女の助けになりますように。そう祈るくらいしかできなかった。
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