透明な手紙
「【クマ】、隊長を見なかったか」
あまりにも気軽そうなその声に、自分の方がびっくりしてしまった。
昼下がりのホームの、特別何もない廊下でのことだ。ちょうど俺が通り過ぎた曲がり角から、副隊長が出てきたところだった。
瞬時に声が出てこなかった俺に、彼はきょとんとした表情で見ていた。
「…… いや、今日は見てないな」
「そうか。ありがとう」
俺が返すと、副隊長は本当に挨拶代わりに聞いただけのような、そんな軽さで頷いてしまう。
礼を言って立ち去ろうとする背中に、俺は慌てて声を掛けた。
「急ぎの用か。端末には」
「何か用があるわけではないし、端末は、彼は持っていても気付かないことが多い」
「それっぽいな」
副隊長の答えに、俺はなんとも納得してしまった。副隊長は小さく苦笑する。
「隊長を見かけたら、探していたことを伝えておくよ」
「ああ…… いや、いいんだ。すまんな、気にしないでくれ」
そう言うと、副隊長は軽く手を振って行ってしまった。結局、なぜ副隊長が隊長を探していたのか分からないままだった。用が無いのに探していた、のか……
そうして、俺は隊長のいそうな場所の一つをここで思い出した。
ああ、もしかしたら。
副隊長は確認不要なようなことを言っていたが、あの御仁が本当に何もなく隊長の所在を聞いてくることもないような気がした。
思い当たる場所があるなら、念のため確認するくらいは……、と思いながらその場所へ向かう。
果たして、ガラス越しの向こうに、目的の小さな背中を見つけた。
俺は胸ポケットから一つ取り出し、袋を破りながら、そちらへ向かう。
「よお」
「おう」
隊長がこちらへ気付き、その彼へ、俺は「口開けろ」と言うと、彼は不思議そうな顔をしつつも銜えていた煙草を取ってこちらに口を開けた。
その中へ、破っていた袋から押し出すように飴玉を放り込む。
「なんだよ」
「飴だな」
「そりゃ分かるんだが。
なんで持ち歩いてるんだ、喉でもやられてるのか」
口に含んだ瞬間にガリガリと噛みだしたので、「こら噛むな」と注意した。さらに不可解そうに彼は頭を傾げる。
その彼に、俺は彼の持っている煙草を指して言った。
「お前が喫煙者だとは聞いたけど、あんまり吸うなよな」
「ほーーー。お前がそれを言うのか」
いや、お前だからか、と隊長は言い直し、手に持っていた煙草を設置された灰皿へ圧し潰した。
守っているか否かは個人の問題であるが、ホームには喫煙スペースがいくつかある。清潔でソファなんかもあるので、いつも誰かしらが屯しているように見えた。
非喫煙者の前では吸わない(ようにしているらしい)隊長のことだ。もしかしたら、そこにいるのかもしれないと思ったのだ。
あの副隊長は喫煙者ではないらしいので、ここを思いつくのが難しかったのかもしれない。
「副隊長が探してたぞ」
「え」
先ほどのことを告げると、隊長は黒い双眸をぱちぱちと瞬かせた。
「何か用だったか」
「用は無さそうだった…… というより、何でお前を探しているのかよく分からんかったわ」
「ああ……」
なるほど、と彼は納得してしまう。
その隊長の様子に今度は俺が頭を傾げそうになると、隊長は「とりあえず、出よう」と俺の腕を軽く叩き、喫煙スペースを出て行ってしまった。俺がいるからだろう。
てっきり集会所の方へ向かうのかと思ったら、まったく別の方へと歩いていってしまう。
「おいおいおい……」と、俺は小さな背中を追いかけた。
「副隊長はいいのか」
「さっき、喫煙所で別の部下とすれ違ったから、彼から伝えてくれると思う」
「なら喫煙所から動かない方がいいんじゃないのか」
「場所を確認しているだけだろう」
なんだ、隊長の居場所さえ分かればいいのか、あの人は。どういうことなのだ。
タグがあるのだからそれで把握すればいいのではないかと言ってみたが、隊長はひらひらと手を振った。
「タグの反応範囲はそれほど広くはないしな。
直接顔を見るというか、無事が確認出来たらそれでいいのだと思う」
「無事ってお前……」
このホーム内でどうして危険に晒されてるんだ。
そう思って、はた、と思い出す。
「お前の、その…… 『星』が何か関係してるのか」
事情をよく呑み込めてはないが、もはや彼自身が機密情報の塊になってしまったのだという。
この数年の間に一体何があったのかと思うが、それならば副隊長が彼の身を常に心配しているのは分かる。
だが、隊長のリアクションは微妙だ。
「まあ…… それもあると思うが」
「それもってなんだ。お前どんだけ抱えてんだよ」
「本意ではないんだよなあ」
「いや、不本意とかじゃなくて」
歩き続ける隊長の小さな肩を掴んで、その足を止めさせた。
少し困ったような笑みが向けられる。
「心配してくれてありがたいんだが、それほど深刻なことじゃないぞ。
『星』の件は本隊との調整はできているし、副隊長だって手癖みたいなもんだ、て。本人が言っていたんだ」
「そんな手癖を付けさせるお前こそなんなんだよ…」
「そんなこと言われても」
困る、なんて言うのだが、絡んでしまった俺だって困る。
人を探す癖を持つというのは、なかなかレアな癖というか、トラウマ並みのインパクトが無いと持たないものではないのだろうかと思うのは、もしかしてこの場で俺だけなのだろうか。
じゃあ、まあ、経緯は百歩譲って副隊長の確認の件は横に置いておくことにしよう。
「お前は嫌じゃないのか。その……、逐次居場所を確認されるのは」
いくら心配させているとはいえ、先ほどの副隊長の様子では挨拶に添えてくるほど自然に確認しているのだ。
副隊長に尋ねられたら、部下として答えないわけにはいかない。頻繁に自分の居場所を確認されることにプライバシー方面で憂慮はないのだろうか。
しかし、やはり隊長は依然として戸惑ったような顔で俺を見上げる。
「副隊長がそれで安心するなら、構わないんだが」
やはり俺の感覚がおかしいのだろうか。
『ナックブンター』の仲間に聞いて回ると、どうやら副隊長は割と頻繁に(それこそ癖のように)隊長の居場所を確認しているらしいようで。
何かあったのだろうか。
それとなくその辺りのことも同僚に聞いてみたのだが、なんとはなしに濁されてしまった。
「それは隊長か、副隊長本人に聞いた方がいい」
尋ねた同僚はそう言った。
すでに隊長には聞いていて、要領の得ない回答を貰っている。
では、副隊長に聞いてみるか、と。
…… 思ってから、そうじゃないな、と思い直した。
二人の間に何があったところで、俺がそれをどうにかすることもできないし、どうにかしたいとも思わない。過去の話しだ。好奇心はあるが、気軽に聞けそうにない範囲の話しに首を突っ込むほど若くもない。
じゃあ、今、あの二人の間にありそうな何かに手を突っ込みたいのか、と自問して、……… そうでもないな、と首の後ろを掻いてしまう。
どうやら、何か問題があるのではないか、と思っているのは、この場では俺だけのようなのだ。
教えてくれた同僚も「あの二人のことだから」くらいのニュアンスで話していた。それだけ、隊員たちのあの二人への信頼が篤いということなのだろうか。
そこに問題があったとしても、それを問題として扱わない。考えてみたら、すごいことである。
新参の俺が、ちょっとびっくりしているだけなのだ。
……………… なの、だが。
どうしてもそれらの、完璧になんでもないそれらのことが、肚に落ちないのである。
腑に落ちないから、隊長本人が「気にしてない」ような様子であるのに仲間たちに二人のことを聞いて回ってしまっているのだ。
「心配なら、傍にいたら良くないか」
探していたわけではないが、たまたま見かけた副隊長に出し抜けに声を掛けてしまった。
副隊長が驚くのも無理はない。声を掛けた俺自身だって驚いている。文脈も何もない。
「あ、いや、この間の…… 隊長を探していただろ。
あれ、隊長や仲間に聞いたけど、あんたの手癖のようなものだって言っていてから。
癖になるほど心配してるのかなと思ったんだ」
「ああ……」
副隊長は納得したように頷いた。仮にも隊のトップに働いた無礼というものがあったような気がしないでもなかったが、本人が気にしていないようなので、俺も気にしない。
副隊長は口元に軽く手を当てるようにして少しだけ考えたようだ。
そうして、俺へ「良ければ、少し歩こう」と手招きをした。
談話室へ行こうとしていただけなので、俺はホイホイと副隊長の隣へ位置を取る。
「手癖というのは、隊長から聞いたのか」
隊長よりはもちろん、俺から見ても背の高い副隊長を見上げて、俺は「ああ」と頷いた。
俺の身長で目線の高さが副隊長の肩あたりなのだから、隊長に至っては雑踏の中の会話さえ難しいのではないかと思われた。
本当に、大人と子どもほどに身長差のある二人なのだ。
副隊長の横顔は、初めて見たときよりもずっと丸くなったように見えた。太ったとか、そういうことではない。彼を包む空気が、温かさを含んだかのように、豊かなのだ。
俺が頷いたのを見ると、副隊長は苦笑いで答えた。
「手癖と言ったのは本当だ。心配なのもその通りだが。
もともとは、他人に干渉されることを厭う人だ。
俺までしょっちゅう傍にいられたら、それこそ雲隠れされそうだからな」
「ああ、あの白いやつか」
『俺まで』と言ったのは、あの白い存在を指していたのだろう。俺が尋ねると、副隊長は静かな口調で続ける。
「彼は仕方ない。
『星』のことは知っているのだったな」
「ああ。入隊時に隊員に伝えてしまうのだってな。
それでさえ、俺は心配になってしまうのだが。よくあんたが許したもんだ」
姿が見えないことを確認するのが手癖になるくらいの人間が、その原因となっている事情を隊員とはいえ入隊したばかりの信頼関係が未構築な相手に告げるのを許容している。
よほど、なにかの保証が無い限り頷きかねる気がするのだが。
「その担保が、あの男なのか」
端正だがぼんやりとした顔を思い出す。人が好さそうではあったし、体つきだってしっかりしたものだったが、副隊長が信頼を置くほどだろうか。
そんな俺の懸念を晴らすように、副隊長は笑った。
ああ、この人こんな笑い方するのかと驚くほど、それは笑顔らしい笑顔だった。
「あの男の二つ名を知っているか」
「ふ、二つ名……?」
コードネームということだろうか。まだ参戦もしてない自分が知っていたら大変なのではないだろうか。
となれば、通り名の方だろう。あだ名だ。
そういえば、隊長がおかしな名前で呼んでいた気がする。
「アルパカ?」
「『死神』の方だ」
それはそれとして、返ってきたあだ名の方に驚く。なんて物々しい名前だ。あの外見や挙動からは想像し難い響きなのだが……
戸惑った俺の様子を予想していたのか、傍らを歩く副隊長はそのまま話を続けた。
「彼の相棒の二つ名は『狂人』と言ってな。どちらもそこそこ不穏であるというのは、それほど周囲に警戒をされているということだ。
そう簡単に手を出してくる輩はいない。
そうでなくても隊長自身が物理的に手を出された場合、迎撃しすぎるきらいはあれど、屈服させられる可能性の方が低いことは理解している」
後半の理由については、俺にも思い当たる節はあるが、あの人の場合は状況によっては暴挙に出ることもある。
そのことを、俺よりもずっと長く戦場を共にしている副隊長が知らぬはずもない。
それでも、信じているというのか。
「そんな物騒な奴らに隊長を任せていていいのか」
どういう経緯があったとして、副隊長がその二人に隊長の側を許すことになるのだろう。ただ「強い」だけでは、『ナックブンター』の誰かであっても良いはずだし、信頼関係ならそちらの方が強いのではないか。
だが、副隊長の歩調は早くもなく遅くもなく、迷いもなく。副隊長が目指す場所は決まっているようだった。
俺の足は曲がり角のたびに迷ってばかりだ。
彼は、少しトーンを落として答えた。
「あの人は少し、前提がおかしい」
予想外の返答に俺の歩調が乱れてしまう。
知ってたけども。副隊長の口から出てくるとは思ってなかった。
驚いている傍らの俺を見下ろし、彼は少し可笑しそうに笑った。
「そこにあって、そこにない。
…… あの人は、おそらく無意識下で自分自身を個人として認めていない。隊そのものだと考えているようなんだ。
だから、隊が無事なら自分も無事なのだ、という節があってだな。
しかし、そうじゃないだろ」
同意を求めるように(あるいは、話を理解しているか確認するように)、副隊長は苦笑気味に俺を見た。
俺は彼の隊長の話しに驚くばかりで、頷いたんだかどうか、自分でも反応の仕方が分からない。
「そこにあって、そこにない」とは、なんとも哲学的な言い回しだ。だが、感覚的に分かるような気もした。
しかし、前提と言う前提が個人の存在まで立ち戻ってしまうとは。大前提が過ぎる。
「そんな存在の仕方あるか」
「現に、ああして」
俺のツッコミに副隊長もやや呆れ気味だ。苦労しているのだろう。
「その前提を改めて問うてくれたのが、あの二人なんだ。
心配が無いことはないが、隣を任せるだけに足る実績がある」
うむ、と副隊長自身も再認識するように、自分の言葉に頷いていた。
「誰かが、あの人を呼び続けていないと、なんというか…… いつの間にか輪郭を無くしてしまいそうでな。
ああそうか、だから、おそらくは、傍に居続けるのではなくて、誰かにその存在を尋ねることで、いろんな人間が彼を知覚して、彼もまた、呼ばれることで自分を再認識させるようにしているのかもしれないな」
なるほどな、と、副隊長が頷くので、「しれないな、て…」とささやかながらツッコミを入れた。
すると、副隊長は鷹揚に頷くのだ。
彼のこういうところに、俺はときどき驚かされる。最初に見たときのインパクトが大きかったせいだろうか、もっと神経質で攻撃的な人間なのかと思っていた。
ぐったりと倒れている隊長の傍らに、鋭い刃のような人間がいるのを見た。これ以上、足を踏み入れたら首を掻き切られるのではないかと思わせる気配だった。
そのときの印象がすべてだったのだ。
が。
何か、俺には足りないのだ。副隊長が隊長の所在を、本人ではなく他の人間に確認することが、これまでの理由と繋がるには、あと一つ、要素が足りない。
俺にとって隊長その人が代替のない拠り所であるように、傍らを歩くこの男にとっても同じような存在ではないのかと思っている。
そうでなければ、大人と子どもほどに体格差があり思想に一癖あるような人間に自分の隊の頂点に冠するだろうか。
それなのに、俺と彼では決定的な認識の違いがある。
その最終的な露出が、彼の「場所だけ確認する」行為であるのだ。
俺だったら隊長と共に行動してしまうだろう。存在を反照させるという副隊長の話を聞いただけでも、立場上許されるのならば視界の範囲内に隊長を収められるように動いてしまいそうだ。
それくらい、俺にとっては「なくてはならない存在」なのだ。
「分からん。
今の話をそのまま隊長に伝えられないのか。回りくどい気がする。
大事ならしっかりと手を握っておかなければ……」
自分の預かり知らぬ場所で、いつの間にか離れていた手を、思い出した。
取り返しがつかなくなるのだ。どうしようと戻ってこない。ただ少し、お互いの気持ちを伝えられなかっただけだった。
ぐっと拳を握り締めた俺の背中を、副隊長が励ますように叩いた。
「そうだな」と彼は頷く。不自然に途切れた言葉の先を拾い上げてくれたのかもしれない。
「お前がまっすぐ隊長を大事に思ってくれていることは分かった。
ありがとう。頼もしい人間が増えることは俺にとっても嬉しいことだ」
そうして、俺を見下ろすと不意に「ニヤリ」と形容できそうな笑みをする。素直に驚いた。
「礼と言っては尊大で多分に悪趣味な気がするが、回りくどいことをしている理由も分かったので、良ければ教えよう。
引かないでくれると助かるのだが」
「待って待って怖い怖い」
急に明後日の方向に舵を切ったんじゃないかと疑いそうな展開に、俺は両手を上げた。
その様子を、副隊長が可笑しそうに見ている。あれ、こんな人だったの。
俺は、一度胸に手を当てて深呼吸する。よし頼む、と副隊長を見上げると「聞いてくれるのか」と小さく吹き出しながらも、副隊長は続けた。
「先ほど、隊長が元来は人に干渉されるのを厭うと言っただろ。
だが、彼は自分の感情の優先度が極端に低い。彼の最高優先度は『ナックブンター』だ。
だから隊員を使って彼の存在を確認させる。隊員に声を掛けられれば隊長は反応しないわけにはいかないし、彼らがいる以上、隊長はそう簡単に消えるわけにはいかない。
常に傍にいられると雲隠れする可能性があるから、そうならない程度に仕向けなければならない。
隊の外の人間だって使えるものは使う。あの二人を、隊長は篤く信頼しているし、アルパカのことをとても可愛がっている。彼が傍にいる以上、物理的にも心理的にもおいそれと無茶はできない。
そういう微妙な調整をしてまで、こんな意図を知らない素直な隊員を使ってまで、あの人をここに留めたい。
今、俺に使えるすべてのリソースを注ぎ込んででも」
「……」
この男が。
ここまでの執念を見せるのだ。
決して無闇に人を巻き込む人間ではないことは、普段の彼の行動からよく分かる。むしろ自然な流れで配慮ができるような男だ。
そんな人間が、なりふり構わないほどの行動に出ていた。
引かないわけがないのでは……
あまりに、─── その衝動が理解できる自分を含めて。
「気を悪くさせただろう。すまないな。
納得はできただろうか」
「いや、いや…… 分かる、納得した。
だが、たしかに、あまり他言はできない話だな……」
「そうか」
と副隊長は笑った。「控えておこう」と彼は言う。ぜひそうしてほしい。
思いもよらない告白を聞いたからか、心臓がバクバクと鳴っているのが分かった。
気を悪くしたのではないことは確かだ。驚きに含まれてるのは、方向としては嬉しさの方だ。
俺と同じ方向の衝動を持つ人間がいた。
副隊長が足を止める。ワンテンポ遅れて俺も立ち止まった。
談話室の前だ。
副隊長も休憩に来たのだろうかと思ったが、彼はドアの方を指して言った。
「変な話に付き合わせたな。この後の予定が無ければ休んでいくといい」
…… こういうところなのだ。
俺にどこまで話してくれるつもりだったのか。最初から自分の裏側のような執着までを話すつもりだったのだろうか、だから談話室へ向かっていた……?
「気を遣ってくれてありがとう。
あんたは? すぐ仕事に戻るのか」
「ああ、残している仕事があるからな」
無理に引き止めても悪いだろう、俺は頷いた。
せめて見送ろうと彼を見ると、副隊長は逡巡するような素振りを見せ…… しかし、切り出した。
「今の俺の方法は根本的な解決にならない。
本当の問題は別のところにあり、そこを解決しないと、今の手段ではいずれ隊長を留めてはおけないだろう。
だが、今はそれが分からず、分かる手段でどうにかしている。
…… といったところだ」
話しかけたからだろうか、そこまで副隊長は話してくれた。
俺は今一度彼に向き直る。
「あの人を失いたくないと思う気持ちは一緒だ。
あんたの思う最善を尽くしてほしい。それが俺たちを使うことになっても」
『ナックブンター』に入隊した以上、この隊に愛着を持っているはずだ。
この隊長と副隊長あっての『ナックブンター』だろう。ならば、どんな思惑があろうと副隊長の手段は間違ってはいない。
「しかし、あんたも大変だな」
「好きでやっていることだ」
ちょっとからかってやったつもりだったが、さらっと返ってきた。一瞬、その「好き」の対象を掴みかねたが、まさか苦労することの方ではあるまい。
おそらく言った本人も反射的に言ったのではないのか。
あまりに当然のように。
「面倒かけるだろうが、頼むぞ」
指摘しようか否かと迷っている間に、副隊長はそう言って俺の肩を叩くと、廊下のその先を歩いて行ってしまう。
追いかけてまで言うことではないだろう。もうここまで来たら自明のことではないか。
副隊長から隊長に送り続けられる形の無い、透明な手紙。
透明と言うにはいささか感情が黒すぎるだろうか。
いや、その根本の想いを思えば、いっそ突き抜けて透き通っている。
談話室の扉を開くと、正面のソファに【ICS】が寛いでいた。
俺が副隊長の確認の件を相談し、「本人たちに聞いてくれ」と返したのがこの男だ。
確かに、これは「あの二人のことだから」、と言いうしかない。
「微妙な顔をしているな」
俺に気づいた【ICS】が、彼自身も妙な表情で声を掛けた。
そうだろう、数十分ほどの道のりだったのに、感情の整理が難しい話だった。
「副隊長に聞いてきた。この間、あんたに相談したことを」
「ああ…… ああ、なるほど。そりゃそうなるわ」
うん、と【ICS】が頷く。納得至極。
ああ、【ICS】も副隊長のあの意図を理解しているのだ。副隊長が自分の意図に気づいたのはどうやら先ほどだったようだから、【ICS】は自分で察したということだろう。
あるいは、この男も俺と副隊長と同じ根っこであるか。
俺は相談したときの【ICS】の複雑な笑みを思い出していた。
きっと俺も同じ笑み浮かべているのだろう。
(透明な手紙 了)
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