祝祭
「収穫祭だな」
隊長がおもむろに言いだし、その隣で慣れたように副隊長が
食事イベントが多い隊だ。小さな隊長は事あるごとに我々隊員に食べさせたいらしい。こちらからすれば、その
「『部隊畑』もずいぶん立派になってたな」
「お前らの扱いがぞんざいだっただけだな。使える土地は有効に使いたいものだ」
隊長の向かいに座っていた赤毛の男が鼻で笑う。いつものやり取りだ。自分も先日『畑』の世話をしに行ったのだが、数か月前に見た状態よりもずっと整備がされており、実っている野菜も丸々つやつやとしていた。
隊長は男の嘲笑にツッコミを入れることもなく話を続ける。
「ありがたいよ。かつての隊員が残して行ってくれたものだ。
肉と魚も準備しておきたいな。収穫できる野菜とを考えるとどれがいいだろう」
「ごく自然な流れで俺たちも入ってるのか」
と、逆に赤毛の男がツッコミを入れるのも納得するほど、今の隊長の流れは自然であった。
隊長は怪訝とばかりの顔をする。
「お前とアルパカはいるだろう」
何をいわんや今更、とでも聞こえてきそうだ。こういうとき、隣に座っている副隊長は静かにしていることが多いので、全面的に隊長の意見については肯定ということなのだろう。
赤毛の彼は更に何か返すのかと思いきや、小さく頭を傾げ続けた。
「野菜との合わせよりかは、旬なのは
焼いてレモンで食べてもいいし、この間のようにアクアパッツァにして突いてもいいな」
あっさりと巻き込まれることを承諾してしまった。意外に鷹揚な男のだ。いや、相手がこの隊長だからなのかもしれないが。
赤毛の隣にいる銀髪に至ってはたとえ隊長が明言せずとも相棒を引っ掴んで参加するだろう。この辺り、このバディはなかなか誤解されがちだが赤い方が全権を握っているわけでもない。白い方が主導権を握ることもある。
隊長が彼らと関わってからずっと見ている自分でさえ分かることなのに、どうも多くの人間はこの辺りの事情を知らないようなのだ。
ましてや、この赤毛が料理をするのが好きなのだろうということも。
鼻歌を歌い出しそうだなと思うほどだった。
以前、男が隊の野外イベントで包丁を握ったことがあったが、そのときの彼の様子を見てそんなことを感じていた。
いつも機嫌(だけは)良い男である。だが、それはどちらかと言えば「相手のリアクションを見て・相手を思うように動かして」楽しいといった方向性があるように見えるのだ。彼はいつも自身の「楽しさ」からも一歩離れた場所い立っている。
しかしそのイベントで見た彼は、確かに自身も「楽しさ」の渦中にいたように見えたのだ。
「味見をしないらしい」
と、隊長は自分に教えてくれた。男が料理をする中で、一度も味を確認することはないのだと言う。
「美味しくなる配分を知ってるんだ。だから確認しなくても『美味しくなる』ことは知ってるんだと」
日頃から料理をする人間の感覚とはそういうものだろうか、と自分は思った。
料理が化学反応であるならば、確かに同じ分量で同じ材料を使えば同じ味になるはずである。
隊長は「でもな」とちょっと可笑し気に笑って続けた。
「出来上がってから確認したとき、自分の想像よりも若干ずれている。
そのギャップが楽しいらしい。
何よりも知らないのは自分自身だ。自分が知らない限り誰も自分を知らない」
ありとあらゆる知識がアウトプットされている中で、自分の味覚は確かに自分で探るしか知る術はない。
「カルパッチョは」
焼き魚と言ってるそばから生食を提案してくる隊長である。何か思うところでもあったか。
相手も自分の提案が素通りされたところで怒りだすような人間でも間柄でもない。
「ああ、新鮮なものが手に入るならいいんじゃないか」
赤毛が頷くのを見て手配しようと隊長は傍らの副隊長を見上げた。
「先日、漁が解禁されたからな。手に入りやすいと願いたい」
そう言いながら、副隊長が操作するタブレットを隊長が覗き込んでいる。その様子を見るとなんともほのぼのとしてしまう空気があった。
ホーム近海ではこの時期まで大きな漁を禁じている。それは今の世界状況となっても関係なく続いている自然との約束事のように思えた。
花は実を結び、生き物は次の命へ繋ぐために身を肥やす。綺麗な循環を見ているような気さえする、のに。
我々を乗せた高機動車は新たな戦場へと向かっている。いつしか数えるのも止めてしまった命を屠りに。
誰に言われたのでもない、少なくとも自分は、自分の意思で戦場へと向かっている。それでも「次は自分かもしれない」という恐怖に震えないわけではない。
不意に、少し離れた席に座っていた自分と隊長の目が合った。
これから戦場に向かうとは思えないのんびりとした空気で、彼は笑う。
「帰ったら美味いもんが待ってる」
にこりと笑って隊長は自分へ声を掛けた。
食事は生きることそのものだ。
隊長が我々に投げかけているメッセージがあるとするならば、それは一貫して明白だった。
死ぬな。ではない。
生きろ。と言っているのだ。
収穫した葡萄の一粒一粒に祈りを込めるように。
笑いかける隊長へ頷いた。帰ったら収穫祭が待っている。
空腹を抱えて辿り着いたその場所は、きっと何物にも代えがたい祝祭になるのだろう。
(マシュマロお題より:食欲の秋)
(マシュマロありがとうございますー!!)
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