エピローグ part1
昼過ぎから降り始めた雨は、日が沈みきった今もまだしとしとと路地を濡らしている。
ララは窓際へ動かしたイスに座って、雨粒の伝うガラス越しにその光景をただぼんやりと眺め続けていた。
麻の地味なワンピースだけを着、靴も履かずにいると、秋の夜の空気は身体の芯まで冷やすほどに冷たい。だが今のララにとっては、そんなことさえどこか遠く、他人事だった。
キィ、と不意に扉が開けられて、廊下の明かりが暗い部屋の中へと差し込んでくる。
「ララちゃん、食事の用意ができたわよ」
戸口に現れたセリアが、どこか作りものめいた笑顔を浮かべて言う。それから、その視線をララの膝へと落とす。
「ハルト君……まだ起きないのね」
うん、とだけ答えて立ち上がり、ララは膝の上に載せていたハルトをイスへと置いて、部屋を出る。
あの後――
ハルトが《マナ・エクスプロード》によって精霊を吹き飛ばした後、ララたちはすぐにその場所へと戻り、木々の枝に抱き留められような格好で気を失っていたアリアーヌと、その近くの地面に転がっていたハルトを回収し、街へと戻った。
アリアーヌはその日の夜には目を覚まして、その翌日に元気な女の子を出産した。
だが、ハルトはあれから七日が経った今もまだ目を覚ましていない。
――アタシのせいだ……。
その思いが、ララの頭の中を渦巻いて離れない。
アタシのせいだ。あの魔法をハルトに教えたのはアタシ。アタシがハルトにあの魔法を使わせたんだ。アタシがハルトを殺したんだ……。
その罪の念と悲しさばかりが心を占めて、何をしても生きている心地がせず、何を食べても味がしない。
アリアーヌもララのその気持ちを察してか、ララにはあまり話しかけてこない。そして、ララのほうからも話しかけることはない。
会いたいと思っていた母親なのに、いざ会ってみればほとんど他人と同じだった。だから、ララは『育児の邪魔をしないように』という理由をつけて、今はセリアの家で寝起きをしていた。
――こんなはずじゃなかったのに……。
何もかも、こんなはずじゃなかった。こんなことのために、自分は戦ったはずじゃなかった。
そう思っても、目の前にあるのは冷酷な現実だった。父は死に、母は他人で、そしてハルトは目覚めない。
「ララちゃん、大丈夫?」
食卓の向かいに座っているセリアが、不安そうにこちらを見つめる。
「ああ……うん、大丈夫。でも、今日はもう疲れたから寝るね。そろそろ……明日ぐらいからは仕事をしないといけないし」
と、ララはほとんど食事に手をつけることもないまま部屋へと戻る。
そして、服を脱いで下着姿になると、いつハルトが目覚めてもいいように枕元にハルトを置いて、重い身体をベッドに横たえたのだった。
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