エピローグ part2
と、今日もやけに早い時間から眠りにつくララを、俺は今日もただ黙って見ているわけだ。
もう、とっくに目が覚めているのに、だ。
なぜこんなことをしているのか?
それは――特に言うまでもない、ただ単に、意識を取り戻したと言い出すタイミングを逃してしまったから、というだけのことなのである。
数日前の朝にふと目が覚めた時、階下でセリアさんとアリアーヌさんの話し声が聞こえ、赤ちゃんの元気な泣き声も聞こえた。
その声で、どうやら俺は無事にやるべきことを果たせたらしいと安心して、さてララに会ったら一言目になんて言ってやろう、どんなタイミングで口を開いて驚かしてやろうとワクワクしていたのだが……部屋に帰ってきたララの顔をパッと見た瞬間、その顔に浮かぶ悲壮の色を見て、思わず言葉を失ってしまった。
どうやらララは、俺が死んでしまったと思っているらしい。
そして、たまにボソリと呟く言葉の端々から察するに、その責任が自分自身にあると思っているらしいのだった。
そんなララに、俺がかけるべき言葉はなんだろう?
というか、第一声はどうやって切り出せばいい?
ララが酷く落ち込んでいるんだし、軽口を叩くのはおかしい。となるとやっぱり、まずは目が覚めてるのに黙ってたことを謝るべきなのか? じゃあ謝るとして、何から謝ろう? 目を逸らすようにしているとはいえ、着替えを見てしまったことか? それとも、その涙を黙って見ていたことか……?
なんて考えているうちに、あっという間に数日が経ってしまった。
変に長引いてしまった友達とのケンカと同じだ。ちょっとしたことなんだからすぐに謝ってしまえばよかったのに、なんとなく言い出せず謝る機会を失って、関係がどんどんこじれていく。一度、閉ざした口は日を追うごとに重くなり、俺の口はまさしく硬い鋼鉄と化してしまった。
「ねえ、もしかして聞こえてる?」
不意にララが言った。
ギクリと俺は息を呑む。
が、どうやら『死んだふり』を見抜かれたわけではないらしかった。
月明かりもない、遠くの街灯の灯りだけが微かに入ってくる闇の中で、ララは枕元の俺を見つめ、まるで愛おしむように撫でる。
静かな、穏やかな声で呟く。
「実は聞こえてるけど、喋れなくなっちゃった……なんてこともあるのかな?
ねえ、ハルト……アタシの名前を呼んでよ。またバカみたいなこと言って、アタシを怒らせてよ。アンタがいないと……なんだかつまらないわ」
ララ……俺は――
「……嘘よ、冗談」
ララは気丈に微笑む。そして、その胸の中へと俺を抱きしめる。
「ハルト……アタシ、頑張るから。アンタが救ってくれたものを一人でもちゃんと守れるように……もっと強くなるから。アンタがいつ目を覚ましてもいいように、その時に情けないと思われないように、頑張るから……。
だから、喋れなくてもいい。それでもいいから、ずっとアタシの傍にいて……。アタシのこと、ちゃんと見てて……。
それだけで、きっとアタシは頑張れるから……。だからどうか、アタシを置いていかないで……。アタシを一人にしないで……お願い……」
今だ、と思った。
いや正しくは、これ以上、悲しむララの姿を見ていられなかった。
どんなふうに謝ればララは許してくれるだろう。格好よくキマるだろう。そんな迷いは吹き飛んで、衝動的に言葉を発していた。
「ララ、大丈夫だ。俺はどこにも行ったりなんて――」
「うぇっ!?」
まあ、当然のリアクションか。ララは頓狂な声を上げ、ビクリと上半身を起こす。
よ、よし。やはりここは『いま起きた』という体で行くことにしよう。ララのためにも、きっとそれがいい。
「よ、よう、ララ。久しぶ――うおぁぁっ!?」
何気なく最初の挨拶をしようとした矢先、ララが俺のツノを掴んで、俺を思いっきり遠くの壁へと投げつけた。
突き刺さるような勢いで壁にぶつかってから、ドン、ガンと床を転がって、
「おい、何すんだ、ララ! それがいま目を覚ましたばかりのヤツにすることか!」
「い、いや、つい……驚いて……!」
ララは軽く息を切らしながら目を丸くして、それから一つ深呼吸。
「アンタ……やっと起きたのね」
「あ、ああ……どうやら俺は長い間、眠ってたらしいな」
「あれからもう七日よ。こんなにずっと眠り続けてたから、アタシはてっきり……」
「たぶん、お前のおかげだ」
「え?」
「お前の、俺を呼ぶ声が聞こえたんだ。まるで重たい泥の沼に沈んでいってるような感覚だった……。でも、お前の声が聞こえたと思ったら、ハッと目が覚めたんだ」
これは本当だ。目を覚ました時、ララは傍にいなかったが、おそらく直前までララが俺に話しかけてくれていたのだろう。
ララが毛布を引き寄せ、下着しか着ていない身体を慌てた様子で隠しながら、
「そ、それってつまり……今アタシが言ってたことを聞いたってこと?」
「なんのことだ?」
危うく声が上ずりそうになるのをどうにか堪える。俺には解る。ここで頷こうものなら、またララに投げ飛ばされる。しかも今度は下手したら雨降る外へ。
「まあいいわ、そんなことはどうでも!」
ララはベッドから飛び出して暗闇の中で麻のワンピースを着直すと、俺を掴んで駆け足で部屋を出た。そして、階下へと向かい、
「セリア姉、見て! ハルトが目を覚ましたわよ!」
表情を輝かせてそう叫んだ。
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