大切なものを守るために part3



「ば、化け物……化け物の戦いに、これ以上、ワシを巻き込まないでくれっ!」



俺を見たカピドゥスが後ずさりながら叫ぶ。



「悪かったな、カピドゥス。アンタをここへ連れてきたのは、こういう時に備えて鎧を運ばせるためだったんだ。だから、お前の役目はもうほとんど終わった。後はララを連れて街に帰ってくれればいい」


「ま、待ちなさいよ! アンタ一人でここに残って、何をするつもりなの!?」


「……ララ、俺たちが出会った時、お前が俺に憶えさせた魔法を憶えてるか?」


「憶えさせた魔法……? え? まさか――」


「ああ。術者のマナを爆発させて、相手の精神に衝撃を与えるっていうあの魔法――《マナ・エクスプロード》……。あれを使えば、お前の母親を傷つけず、精霊だけを吹き飛ばせるかもしれない」


「で、でも、あれを使えばアンタも――」


「都合よくなんでも手に入れるなんてことはできない。だから、俺たちは選ばなくちゃいけないんだ。



 ララ、お前にとって一番大事なものはなんだ? 状況に流されて、選択を間違えるんじゃない」



「――――」



ララは息を呑んだように沈黙する。



 俺は『今の俺』よりも背の低いララの頭に手を置き、



「気にするな、ララ。俺はお前の道具なんだ、お前を守ることができて本望だぜ」


「や、やめてよ、何カッコつけてるのよ……!」



 エメラルド色をしたララの瞳が、不安げに揺れている。



――ダメだ。この目を見ていると、また覚悟が揺らいじまいそうだ。



 おい、と俺はカピドゥスの護衛に言う。



「頼む。カピドゥスとコイツを連れて、先に街へ帰ってくれ。――そして、しばらくしたら様子を見に来て、できれば俺を見つけてくれ」



了解した、と護衛は頷く。



 高給を貰っている実力者ということだけあって、話が早くて助かる。



 そのマージに腕を掴まれながら、ララが絶叫するように言う。



「アンタ、絶対に帰って来なさいよ! 自分が道具だっていうんなら、尚更よ! 捨ててもいないのに道具が勝手にいなくなるなんて、そんなの許されないんだから!」


「解ってるさ。でも、もし帰れなかった時は……お前も俺を拾いに来てくれよな」



俺の最後の言葉はララに届いたのだろうか、一際、強力な氷弾が襲い来て、それを防いでいるうちに、ララたちはこの場から消え去っていた。



相変わらず精霊のマナは無尽蔵で、氷の弾丸や雷は砲弾の雨のように降り注ぎ続けている。



 顔を上げると、雷と水、二重に張られた《属性紋》越しに、まるで機械のように感情のない目と視線が合う。



「その命……ララから奪わせはしないぞ」



俺は地面に置かれてあった剣を拾い上げ、それを鞘から引き抜く。



妹の顔が、また自然と頭に思い浮かぶ。



 あのとき守れなかった、一番大切なもの……。



 今度こそ、守ってみせる。



 もうあんな思いは――二度としたくないから。



「――っ!」



《レビテーション》。



 俺のフルアーマーの身体がふわりと浮き上がり、それから精霊へと向けて一気に加速する。



 降ってくる氷弾を躱し、雷を属性紋の盾で防ぐ。



 危険を察知したのか、精霊が真上にあった巨大な水球の中へと身を隠す。



 予想の範囲内。どの魔法を使うべきかも考えてある。



 もう周囲のことを一切、考える必要もない。



 俺の全力をぶつけてやる!



「《エルフェン・ダーク・ゲヘナ》!」



 瞬間、精霊の直下から、眩い閃光が柱のように発生。



精霊を捕らえながら空へと伸びる光の柱。柱の表面を走る、電撃の檻。



 そして――



 ッドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンッッッッ!



深紅の炎が地表から噴出、精霊を呑み込みながら柱の内部を駆け上がる。



 ――だが、これで死ぬようなヤツじゃないだろう。



 予想通り、炎が消えたそこには、まだ精霊の姿が残っていた。



 しかし、あったはずの水球は蒸発しきり、下にあった泉も今はただのクレーターでしかない。



 ――終わらせる。



 俺は精霊へと向かって空中を突進する。



 精霊はどこからともなく空中に水を生じさせ、それを弾丸のように俺へ放ってくる。



 《属性紋》で水は防げる。だが、凄まじい衝撃波がそれを貫通して俺の全身を痺れさせる。



 それでも俺は突進をやめない。



 やめるわけにはいかない。



 ララに格好つけた手前もある。結局、途中で撃ち落とされて逃げられました、ではララに顔向けができない。



 と、精霊がくるりと背を向けて退いた。



 まるで迫り来る俺に恐怖したかのように、どこかへと逃げようとし始める。



「逃がすかっ!」



 俺は精霊のわずか頭上へ剣を投擲。



 そして、それがちょうど精霊の真上を通過する直前、その剣へ向かって《サンダー・アロー》を放つ。



 雷撃は金属である剣へと導かれ――炸裂、眩い火花を周囲に散らす。



 驚いたように精霊の動きが止まる。



 今しかない。



 俺は精霊との間合いを一気に詰めて、それを唱える。



「《マナ・エクスプロード》!」



 瞬間――視界が真っ白に弾けた。



 まるで髪を後ろから掴まれて引っ張られているような感覚、身体から無理やり意識だけを引き剥がされているような感覚が俺を襲う。



 ――ああ……解っちゃいたが、やっぱりこの魔法は諸刃の剣だったか。マナの力で魂を兜に繋いでもらっていた俺には……。



『ありがとう……あの子を守ってくれて……』



 視界は相変わらず純白の眩さに満たされている。



 その眩さの向こう側から――それでいてすぐ傍らから、温かく包み込むような声が聞こえてきた。



 ――この声、どこかで……?



 ああ、そうだ。俺が兜に生まれ変わる直前に聞いた声と同じ……?



「あなた――なんですか? 俺をこの世界へ呼んだのは……?」



『……ごめんなさい。あなたをそのような身体に閉じ込めてしまって……。それに、精霊の力が霧散した今、私にはもうなんの力も残されていない……。あなたを救うことも、今の私には……』



「いいんです。ララに会えて、ララのために戦えた……。短い間でしたけど、それでも俺は幸せでした」



 ごめんなさい、ありがとう。



 女性――ララの母の声が遠のいていく。



 いや、遠のいているのは俺の意識のほうか。



 どうやら、終わりの時が近いようだ。



――ララ……もし俺の『抜け殻』を見つけられたら、どうかまたお前の傍に……。

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