迷いの戦士



 ゲートをくぐって深い森へ戻ってきて、念のためそこから少し離れた場所に移動してから、大木に背を預けるようにしてブレイクを座らせた。



 移動をしている最中から、俺は《ヒール・ライト》でブレイクの治療を始めていた。



 だから既に傷口は塞がっているのだが、ブレイクの手はまるで凍えているかのように細かく震えていた。息もかなり浅い。



 ブレイクは、剣ダコと傷でボロボロになった自らの手を見下ろして、笑ったようにその口元を歪ませた。



「フッ……これが、俺の末路か……」


「ど、どうしてよ? もう傷は塞がっているのよ? 少し休めば、きっと――」


「俺自身のことだ。俺が一番よく解る。……もう手遅れだ。血を失いすぎた。こうなっちまったら、魔法を使ってもどうにもならねえ」


「そんな……! ねえ、ハルト、どうにかできないの!?」


「…………」



 ブレイクの傍に両膝を下ろしているララは、俺からの返事がないことを悟ると、深く俯いて地面の苔を握り潰した。



 それでも、その目に涙は浮かんでない。それはララが強いからだろうか、それとも今は悲しさよりも混乱が勝っているからだろうか、あるいはその両方だろうか……。



 ブレイクがララではなく俺を見る。



「見ただろう。『守る』ってのは簡単に言えはするが……修羅の道だぜ。少しでも迷いを見せたら、こうやって滑り落ちる」



 迷い……? 俺はそう反芻して、ふと納得する。



「そうか……。アンタは、ララを生け贄に差し出せなかったんだな」



『ララをエサにする』



 そう言ってララをここへ連れてきたはずなのに、なぜ俺を老爺に差し出したのだろう?



 そう、あの時から疑問だった。



 そうか……。ブレイクは妻と娘を天秤にかけて、結局、どちらも選べなかったのか。その選択をすることから逃げたのか。



「俺も、まだまだ……だな……」



 その苦笑を見て、俺は心にチクリと痛みを感じる。



 なぜなら、その気持ちが俺にも少し解ったから。



 迷いのせいで、一番、大切な存在を救えなかった。



 守りたいものは解りきっていても、他の命を見捨ててまで自分の信念を貫くことができない。『修羅』になりきれない。



「おい、ララ……聞け」



 ブレイクがかすれる声で言う。



「お前の頭の上にいるそいつの中には、どうやら俺の全てが詰まってるらしい。



 ……ったく、とんでもねえ話だよな。俺が数十年、泥を這いずり回って、何度もくたばりそうになりながら身につけてきた知識やらなんやらを、そいつは一瞬で手に入れちまったんだからな……やってられねえぜ。



 ……でもよ、おかげでこれから何があっても、そいつがお前を守るだろうぜ。道具だから、下手すりゃハーフエルフのお前よりも寿命が長いだろうしな」



「……父さん」



 そう囁いたララの声がブレイクの耳に届いたかは解らない。



 ブレイクは顔をゆっくりと上げ、暮れかけた空を眩しそうに見上げて呟く。



「畜生……オレは結局、何も……」



その言葉が、ブレイクの遺した最後の言葉だった。

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