復讐 part3
「問題ない。連中には致命的な弱点がある」
「弱点?」
と、ララ。
「ああ。連中は確かに能力が高い。知能も高く、思考が洗練されていて、統率を何より重んじている――ように見える。だが、その統率は紙より薄っぺらい、『見かけ上の統率』だ。連中には『チームワーク』という概念がない」
「でも、あの爺さんがリーダーになってここを纏めてるんじゃないのか?」
と、俺はようやくよろよろと電撃から立ち直った爺さんを見る。
「あれはただの交渉役だ。本人がどう思ってるかは知らんがな」
言われてみると確かに、周囲のエルフからの攻撃には、まるで統率というものがない。
攻撃は単発的で、魔法の種類もバラバラ、様子を窺うように手を止める者や、周囲の者と何かを話し合っている者までいる。老爺だけがやけに必死に「撃て、始末しろ」と喚いている。そんな攻撃が俺の《属性紋》を破れるはもがない。
「~~~~♪」
ブレイクは悠々と口笛を吹きながら、おそらく先ほど無から剣を取り出したのと同じ魔法で、その手に小瓶を生じさせる。
「おい、テメエらはここを動くんじゃねえぞ。何が起きるか解らねえからな」
え? とララは傍らのブレイクを見上げる。
だが、そんなララと目を見合わせることもなく、まるで俺たちを心配するような言葉を残して、ブレイクは一人、飛び出した。
そして、襲い来る魔法を躱し、あるいは剣で弾き飛ばして、やがてその手に持っていた小瓶を中央の大樹へと投擲した。
それは自らの妻を捕らえている結晶に当たり、砕け散る。
結晶に広がる、べっとりと黒い血糊。
「そ、それは、まさか……魔物の血か?」
老爺が愕然とした様子で呟き、ブレイクはニヤリと笑う。
と、琥珀色の結晶に白い亀裂が走り、瞬く間にそれは全体へと広がる。そして、
パリン――
儚い音を立てて、結晶は雪のような破片となって一斉に崩れる。
その中から、ララの母――アリアーヌさんもまた落下したが、ブレイクがその身体を受け止めた。
老爺が目を剥いて声を震わす。
「な、なんということを……! し、痴れ者めが! そのようなことをすれば――」
息を呑むようにして言葉を切る。
その視線の先には、既にブレイクの腕の中から立ち上がった――否、地面からわずかに浮遊しながら立つアリアーヌさんの姿。
金色の髪は地面につくほども長く、一糸も纏わぬその肢体は柔らかな女性の曲線美で作り上げられ、芸術品のように美しい。
整った目や口元は、どことなくララと似ているような気がしなくもない。が、今そこにはなんの感情も浮かんではおらず、微かに開いた目は遠く別の世界を見ている。
その姿は、さながら祭壇に祀られた聖母像のようだ。
ブレイクが、彼女へとゆっくり手を伸ばす。
「お、おい、俺だ。聞こえてるか? 迎えに来るのが遅れてすまなかっ――」
その言葉の終わりは、ほとんど聞き取ることができなかった。
なぜなら、唐突にアリアーヌさん――いや、ウンディーネが凄まじい声を上げたからだ。
ソプラノ歌手が劇場に響き渡らせるような、空を震わすような美しくも圧倒的な声。
爆弾のように炸裂したその声の圧力で、ブレイクは吹き飛ばされていた。
十メートルは吹き飛ばされた場所に着地して、ブレイクは腹部を押さえながら愕然と妻を見る。
「どういう、ことだ……?」
「フッ、フハハハハハハハハッ!」
老爺が笑い声を上げた。
「正常なやり方で解放しなければそうなるに決まっている! その身体から、まだウンディーネ様は去っていないのだからな!」
ララを指さし、言葉を続ける。
「ウンディーネ様! ご覧ください! あれが新たな、若い生け贄でございます! どうぞお受け取りくだされ!」
「ふざけるな!」
俺は思わず怒鳴る。
「どうしてララが生け贄にならなくちゃいけないんだ! お前たちとはなんの関係もないララが、どうして!」
「関係がない? 関係ならばあるだろう。そいつは、あの女の娘――罪の子なのだからな」
「罪の、子……?」
ララは呆然と繰り返す。
老爺は陰湿な目でララを睨みながら、
「お前の母は罪を犯した。人と交わるなどという、あってはならない大罪をな。だから、里の長であり、そしてあの女の父である儂が、責任を持ってその罪を贖わせたのだ」
あの女の、父……? ということは、この爺さんは――
言葉を失うララに、老爺は――ララの祖父はニヤリと笑って言う。
「お前は罪より生まれた子……生まれながらの罪人だ。だから、お前よりも生け贄にふさわしい者などおらんのだよ」
何を言ってるんだ、このジジイは。
――何もかも……何もかもが間違っている!
そう俺が叫ぼうとした矢先、老爺の眼前を《ファイア・アロー》が過ぎ去った。
「生まれながらの罪だ? 神でもねえくせに……勝手なこと抜かしてんじゃねえよ……!」
ブレイクは言って、そして大量の血を咳と共に吐き出す。
よく見ると、ブレイクが押さえている腹からも血が筋になって零れ落ちていた。どうやら先ほど吹き飛ばされた時、ウンディーネから何かしらの攻撃を受けていたらしい。
父さん!
駆け出しながらそう叫んだララの声が聞こえたのは、おそらく俺だけ。
ウンディーネが放った、第二の攻撃。
衝撃波。凄まじい声で肌がビリビリと震え、ブレイクは立ち上がれないままさらに吹き飛ばされる。
ララもまたその衝撃を受けながらも、それでも父へ駆け寄る足を止めない。
危ないから止まれと言って聞く性格じゃないし、俺自身、止める気はなかった。
俺ならララとブレイクを守れる。
いや、ここで役に立てなければ、俺がここにいる意味はない。
そう決意してララと共にブレイクのもとへ走る最中、俺は見ていた。
ウンディーネの緑色の瞳が、まるで監視カメラのようにララの姿をじっと捕らえているのを。
一瞬で解る。やはり正気ではない。あの眼差しには、心が宿っていない。
俺はその目に思わずゾッとして――隙を作ってしまった。
「っ!?」
突然、ララが何かに躓いたように前へつんのめり、俺はその頭の上から滑り落ちてしまったのだ。
と、その瞬間を狙ったように、ウンディーネの魔力を帯びた音波が襲い来る。
そして、それだけではない。その音波に紛れて、透明の――おそらくは氷の弾丸もまた放たれていた。
――マズい!
俺がそう慄然とした瞬間、黒い影が動いていた。
「ブレイク!」
今まで跪いていたブレイクが素早く射線に入り、その大剣で氷の弾丸を斬り落とす。
「ガハッ……!」
大量の血を吐き、ブレイクは再び崩れ落ちる。
「ララ、早く俺を!」
――来るぞ、追撃が!
そう俺は身構えていたのだが、ウンディーネはその凄まじい声を発していた口をふと閉じた。
と思うと、周囲の小川から噴水のように水が噴き上がり始め、それは吸い上げられるようにウンディーネのもとへと向かう。
その水は、その身体の周囲に繭のようなものを作り上げる。そして――
バシュンッ!
という鋭い音と共に、ウンディーネはその繭ごと空へと飛び上がり、一瞬にして燃え上がる木々の向こうへと消えていった。
ララは――いや、この場にいた全ての者が口を開けて空を見上げる。
そんな中、俺はララを守る者として冷静に言う。
「ララ、ブレイクを担いで逃げろ。一時撤退だ」
「え……? あ――わ、解ってるわよ!」
ララは慌てた様子で俺を被り治してから、血を失いすぎたためだろう、跪いて朦朧としているブレイクの肩を担ぎ上げる。
俺はそれを確認すると、《レビテーション》でこの場を離脱した。
空高くから振り返ると、老爺たちはまるで魂を失ったように、ただ呆然とウンディーネが去って行ったほうを見上げ続けていた。
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