救出戦 part1
「……ああ、電線がないからか」
「何? なんか言った?」
いや、ただの独り言だ。そう応えつつ、俺は街の景色をしげしげと眺める。
解りやすく言えば……管理の行き届いた清潔な街、だろうか。
昼間はカゴの中にいたからよく見えなかったが、こうしてララの頭上から景色を眺め回してみると、まずはそんな印象の街だった。
家々は石造りがほとんどで、路地もまたほとんどが石畳で整備されている。
都市計画がしっかりとされているらしく、路地は広く、迷路のようにうねってもいない。所々に魔石の街灯も設けられている。
そんな、とても住みやすそうな整然とした街なのだが、なぜかなんとなく物足りない、寂しい感じがする。それで少し考えて、気づいたのだった。
『ああ、電線がないからか』
だが、そんなことは今どうでもいいことだ。
ララは街灯の明かりを避けるように、どうやらなるべく細い路を使って目的地へ走った。
そして、やがて太い路地へと出る直前の物陰で足を止める。
「あれか?」
ええ、とララが俺の問いに短く答える。
その視線の先にあるのは、高い壁と鉄柵門。中にはたいそう立派な庭園と屋敷があるのだろう。
門の前には、長槍を構えた門衛が二人。油断のない顔つきでじっと周囲に睨みを利かせている。
さて、どうやって侵入するか……。あの様子だと、敷地の中もそれなりに警戒がされて――
音を立てず、ララが腰の剣を抜いた。
「え? ま、まさか正面から突っ込むつもりじゃないだろうな。何か他に手は――」
「なに今さらビビってんのよ。っていうか、アタシはうだうだ細かいこと考えるのが――大嫌いなのよっ!」
「お、おい!」
躊躇う様子もなく、ララは暗がりから跳び出す。
夜闇に瞬く剣の輝き、街灯の下で舞う黒髪、そして華麗に振り上げられた美しい太もも……。
まさしくあっという間に、ララは不意を衝かれた門番二人を、その剣の一振りと回し蹴りで打ち倒した。
その鋭い攻撃に、思わず門衛たちを心配してしまったが――よかった、どうやら一応、手加減はしたらしい。二人とも気絶しただけだ。
「さあ、入るわよ」
こんな細い腕と脚で、よくこんな荒技ができるもんだ。ぜひ俺も一度、蹴られてみたい。
門衛から奪った鍵で門を開け、素早く中へと忍び込むララを見ながらそう思ってしまっているうちに、ララは庭の茂みや東屋の影に身を隠しつつ屋敷への接近に成功していた。
横に長い、三階建ての石造りの屋敷。
庭に面して多くの窓があるが、いま明かりが点いているのは四つか五つくらいだけ。一階の端あたりと、三階の中央あたりにあるものだ。
一階の明かりは、おそらく使用人か衛兵の詰め所だろう。とすると――
「おい、ちょっと待て」
またもや、何も考えなしといった様子で正面玄関へと踏み出そうとしていたララを呼び止める。
「何よ。セリア姉がいるのはたぶん三階のあの部屋でしょ? なら、中から昇っていくしかないじゃない」
「いや、それがそうでもない。俺は《レビテーション》が使えるんだ」
「《レビテーション》って……あの空を飛ぶ魔法?」
「ああ。それだ」
「なんでもっと早く言わないのよ。言ってくれれば初めからそれを使ったのに」
「お前がロクに話も聞かないで飛び出していったせいだろ。――っていうか、ララ。お前、魔法は使えないのか?」
「わ、悪かったわね。アタシはどうせエルフの血を持ってるくせに魔法を使えない役立たずよ」
「別に役立たずとまでは言ってないが……いや、ともかく、今はこんな言い合いをしてる場合じゃないな。一気にあそこに行くぞ。――《レビテーション》」
小さく呟いて、俺は魔法を発動させる。
この前のようにロケット飛行をするわけにはいかない。
――慎重に、慎重に……。
そろりそろりと浮き上がり、空中で忍び足をするようにゆっくりと前へ、上へと浮かんでいく。
「ようやく決意してくれたか」
窓のすぐ傍で浮上を止めると、部屋の中から男の声が漏れてきた。続いて、セリアさんの声。
「……はい」
「悪いようにはせんよ。約束通り、これから上納金の額は四分の一にしてやろう。ワシの邸宅も一つ、お前に与えよう。これで今よりはずっと楽な暮らしができるようになる。そうだろう? ぐふふ……」
その顔に浮かんでいる変態的な微笑が透けて見えるような、下心満載の声だ。男の俺でも、聞いてて思わずゾワッとする。
可哀想に。セリアさんはただ「はい」と消え入るような声で答える。
「さ、さあ、ぐふふっ、では、早くその身体をワシに見せてくれ。も、もう辛抱ができん」「セリア姉!」
バリーンッ!
ララが手を伸ばし、剣で窓を叩き割った。
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