救出戦 part2
ララが手を伸ばし、剣で窓を叩き割った。
コイツは熱くなるとブレーキが効かなくなる危険なタイプだ。
そう解っていたからさほど驚くこともなく、というかこの状況で『慎重に』なんて俺も言うつもりはない。
「な、何者だ!?」
禿頭にちょびヒゲ、丸く出た腹。貴族の服を着たカエルのような容貌をしたカピドゥスが、部屋に飛び込んだララに向かって叫ぶ。が、
「なんだ……ララではないか。誰かと思ったが、お前ならばいつでも歓迎だぞ」
そうふてぶてしい笑みを浮かべて両腕を軽く広げる。
「だが、なんだ、その身体の妙な模様は? まさか、その美しい柔肌に入れ墨など彫ったのではないだろうな?」
慌てふためいた反応をするかと思いきや、意外なほど暢気な反応。
ララも戸惑ったように言う。
「う、動かないで! 変な動きをしたら斬るわよ!」
「ララちゃん、ダメよ! そんなことをしたら、ララちゃんが……!」
「そうだぞ。落ち着け、ララよ。貴族に剣など向ければ、普通ならそれだけで――」
「うるさい! 黙れっ!」
一喝。それからララは肩からカゴを下ろし、中に入っていた石を掴み出す。
「これを見なさい!」
「……なんだね? そんな石がどうした」
「これは、おじさんとおばさんが――そこにいるセリア・オルタンシアの両親が殺された崖の下から拾ってきたものよ。よく見なさい、この石についているものを!」
石についた黒い焦げを、ララはカピドゥスに突きつける。
石から火薬のニオイが微かにすることは感じていた。
採掘現場からでも持ってきたのだろうかとは思っていたのだが――そういうことか、『必要だから』という言葉の意味は。
「この石には、火薬と焦げ跡がついてる。これは、アンタがおじさんとおばさんを殺したっていう証拠よ! あの事件の前、アンタが大量の火薬を仕入れたっていう情報もちゃんと取ってあるわ!」
「何を馬鹿な……。そんなものは根拠になど――」
「黙りなさい。そんなくだらない言い逃れなんて通じないわよ」
ララはカピドゥスへと剣の切っ先を突きつける。
「両親を殺して精神的に追い詰め、そのうえ上納金を無茶に引き上げて経済的にも追い詰めて、相手の逃げ場を奪って愛人にさせる……。
セリア姉を自分の物にするためにこんなことをしたアンタを……アタシは絶対に許さない」
ララの目には確かな殺意が宿っている。
だが、カピドゥスは髭をいじりながらほくそ笑む。
「それで、どうすると言うのだ? ワシを訴えでもするつもりか? お前たちのような小娘の言うことなど、いったい誰が信じるというのだ。
それに、ララよ。お前はワシへの恩を忘れたのか? ワシはこれまで、お前をほとんど専属の冒険者のように雇い、仕事をくれてやっていたのだぞ? ワシを訴えて一番困るのはお前ではないのか?」
「それも結局は、今セリア姉にしようとしているのと同じことが目的なんでしょ?」
「だったらなんだ? お前も、それにセリアも、親も兄弟もいない、誰も守ってくれる者のいない孤独な存在だ。ワシの愛人になりさえすれば、一生が安泰だ。それの何が悪い?」
「そんなのは……絶対にゴメンよ。第一、アタシたちは孤独なんかじゃない。アタシにはセリア姉がいて、セリア姉にはアタシがいるんだから!」
「ララちゃん……」
紐を解きかけていた胸元を押さえながら、セリアさんがその目を潤ませる。
俺も、血を超えた姉妹の絆に思わず胸が熱くなる。
「大丈夫だ。俺もいつでも傍にいる。二人のことは俺が守ってみせる」
かっ、とカピドゥスが痰の詰まったような声。
「兜が……喋った? い、いや、まさか……!」
「気のせいなどではない、コルケ・カピドゥス」
と、俺は精一杯の威厳を込めて言う。
「お前の悪事を明らかにされたくなかったら、ここで手を引け。そして、二度と二人に害を為すな」
「き、貴様は……何者だ? 魔物か?」
「俺は――この世の理の、その外にいる者。人間の言葉で言う、『精霊』に近い存在だ」
「精霊……? な、なぜそんなものが、たかが小娘を……」
「かつて、俺はララの父である男の所有物だった。だが、今はその命に従い、こうしてララを守護している」
え? と、ララとセリアさんがその顔に驚きを広げる。
だが、申し訳ない。これは荒事をせずにこの場を収めるための嘘だ。後で謝るから、今はどうか許してくれ。
カピドゥスは見るからに顔を青ざめさせ、
「デ、デタラメを言うな! ブレイクはもう死んだはずだ!」
「死んでなどいない。ブレイクはまだ、生きている」
「生きている……!? アンタ、それ本当なの!?」
「……本当だ」
話の成り行きで、後で殺されるレベルの嘘をついているような気がする。しかし、こうなってはもう押し通すしかない。
「信じるかどうかは、カピドゥス、お前次第だ。だが、身を滅ぼしたくなければ、ここで手を引け。ブレイクは、お前の詭弁が通じる相手ではないぞ」
話の筋からして、『ブレイク』というのはララの父親のことなのだろう。
そしてカピドゥスの狼狽えようを見る限り、ただの人間ではないことは明らかだ。
という読みは正しかったらしく、カピドゥスは俺の言葉に「ぐぅ」と唸りながら傍にあった大きなベッドに腰掛け、がくりとうなだれた。どうやら敗北を認めたらしい。
「行くぞ、二人とも」
魔王から姫を奪還した勇者よろしく、ララにセリアさんをお姫様抱っこしてもらい、《レビテーション》を使って窓から外へと出る。
しかし、屋敷の庭に降り立った瞬間、
「っ!?」
周囲の茂みから数人の黒いローブを着た男たちが現れ、俺たちを取り囲んだ。
「フハハハハハハハッ!」
頭上からカピドゥスの哄笑が響く。
「馬鹿め! このようなことをしておいて逃げられると思ったか!? やれ、お前たち! その侵入者どもを燃やし尽くせ!」
カピドゥスお抱えの魔法使いたちは、主人の命令を受けてすぐさま行動に移る。こちらへ両腕を向け、その手の前に魔方陣を展開。そして、
「放て!」
リーダーらしき男の掛け声と共に、全方位から闇を裂く火炎が放たれた。
「きゃぁっ!」
セリアさんが悲鳴を上げる。
がしかし、その炎が俺たちに届くことは、もちろんない。
俺たちの周囲には火の《属性紋》――どことなく竜の顔に見えなくもない不可思議な紋章が展開され、炎は全て遮られている。
《属性紋》で遮られた魔法はどうなるか?
それはつまり、魔力を奪われた魔法はどうなるか、という問いに等しい。
そうなれば、考えるまでもない。
『魔法が単なる言葉にまで還元される』のだ。
炎を遮った属性紋から、薄青く光る文字が列になって生じている。それは水中を漂う包帯のようにふわふわと舞いながら、やがて俺へと吸収される。
『黒魔法・《ファイア・ボール》』
俺の頭の中に、自然とこの文字が浮かび上がる。だが、この魔法はとっくに《学習》済みだ。
「なっ……!?」
なんの意味もないまま炎が消え去って闇が戻ると、カピドゥスが愕然としたような声を漏らす。
「ど、どういうことだ? なぜ……? っ! も、もう一度だ! 今度こそ、そいつらを消し炭にしろ!」
そう命令が下り、魔法使いたちは再び同じ魔法を俺たちに放つ。が、同じことをそのままやって効果が出るはずもない。無論、結果は同じ。
「な、なぜだ……!? なぜ魔法が……? クッ、こうなったら……!」
何かを察知したように、俺たちを取り囲んでいた魔法使いたちが大きく退いた。
と思うと、俺たちの頭上――カピドゥスが窓から掲げた右手から、妖しい紫色の光が輝いた。すると直後、
ドシンンンンンンッッッッッッッッッッッッッ!
凄まじい衝撃音。
大地震が起きたような地響きを立てて、目の前に巨大な生物が出現した。
深碧のウロコで覆われた肌に、星空を背景に広げられた巨大な二枚の翼。鋼色に輝く長い爪と牙に、真っ赤な双眸。
これは、ゲームの中でしか見たことがない――
「ド、ドラゴン……?」
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