共闘 part3



「どうした? ないって、何がだ。胸なら初めからそれくらいだったぞ」


「形見……お母さんの形見の魔水晶が……!」



 俺の失言など耳に入らないほどの焦りようで、ララは辺りを――木の根が掘り起こされて穴だらけになった周囲を探し回る。



 ――魔水晶? 水晶の一種か? それなら……。



「《サーチ》」



 コーーーン……。



 小さな鐘を打ち鳴らしたような澄んだ音が響き、同時、緑色に光る幕のようなものが俺を中心として放たれる。すると、



「……ん?」



 少し後方で何かが光った。



 まるで床と地面を半透明にしたように、地面に空いた穴の中で。



「右斜め後ろにある、あの穴……かもしれない」



言うと、ララはどこか半信半疑といった様子でそこを見にいく。



 すると、荒く抉れた穴の中に、水晶のような小さい石がついた革紐のネックレスがあった。



 ララの顔と太もも、上から覗き込めるシャツの隙間の奥に目を奪われてよく見ていなかったが、そういえば胸元にはこの石があった気がする。



「こんなこともできるなんて……アンタ、何者なの?」


「俺にも解らん。気づいたらこうなってた」



 ただ確かなのは、と俺。



「この俺の力も、独りでいるなら、なんの意味もないんだ。――だから、お願いだ、ララ!俺の持ち主になってくれ! また誰とも話せない……『ただの物』になるのはイヤなんだ!」



 これは心からの言葉だった。



 魚に呑み込まれるよりも、魔物のヨダレまみれになることよりも、誰とも話せない、死ぬこともできない、このままただ人知れず孤独に生きていかねばならないという絶望のほうが、俺には何倍も辛かったのだ。



 だから、ララに拾われた時は本当に嬉しかった。本当に救われた気がしたんだ。



 そんな俺の心が通じたのか、穴を登って出たララは照れたように目を少し泳がせて、



「ま、まあ、こうして助けてもらっちゃったわけだし、拾ってやらないわけでもないけど……でも、条件があるわ」


「条件?」



 ええ、とララは俺を脱いで、抜いたままだった剣の先に俺を引っかける。



「洗ったら、そのヒドい臭いがちゃんと取れること。じゃないと、バケツとしても使ってやれないわ」


「そ、それは、まあ、なんとかなる……はず」



 だよな? それとも俺はこれから一生、ゴブリンの唾液臭がする兜のままなのか?



そう不安になってしまっていると、ララは俺を再びカゴへと放り込み、それを背負って歩き出す。



「ところでアンタ、さっきからアタシのこと馴れ馴れしく呼び捨てしてるけど、アンタの名前はなんていうのよ?」


「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は天城ハルト――ハルトって呼んでくれ」


「そう。じゃあ――ハルト、色々と……ありがと、助かったわ」



ぼそりと言う。



 なんだ。生意気そうなのに、実は素直でいいヤツじゃないか。可愛いし、俺の持ち主としてこれ以上にふさわしいヤツはいないぞ、本当に。



「でもアンタさっき、アタシのこと『胸がない』とか言ってなかった?」


「え? あ、ああ、いや……ごめん。久しぶりに喋れたのが嬉しくて、つい口が滑ってしまったんだ。


 ああいや、でも勘違いしないでくれ。俺は小さいおっぱいも好きだぞ。重要なのは美しさでありバランスだ。そして、それはおっぱいに限った話じゃない。顔の美しさ、スタイルの美しさに、胸の大きさが調和している。それが大事なんだ。


 その観点で見ると、ララ、お前は――お前の胸は本当に美しい。確かにささやかだが、それがいいんだ、うん」


「は、はあ?」



ララはかぁっと白い頬を朱くして、



「何言ってんのよアンタ、バカじゃないの? っていうか、それってアタシのことバカにしてんの?」


「バカにしてる? どうしてだ? お前は本当に美人だぞ。まるで絵の中から出てきた美少女みたいだ。周りからだって当然そう言われるだろ?」


「い、言われないわよ、そんな気持ち悪いこと……!」



 俺のことは見ずに言いながら、ララは俺をカゴへと入れ直す。



 どうやら照れているらしい。ツンツンしてるクセに、動揺が顔に表れやすいというのがまた可愛いじゃないか。



「ところで、茂みの中でノびてるお前の仲間は放っておいていいのか?」


「いいのよ。別に仲間なんかじゃないし」


「ふーん……。そういえば、さっきアイツら、お前の父親を『伝説の冒険者』だがなんだか言ってなかったか? あれってどういう……」


「そんなのアンタには関係ないでしょ」



どうやら触れられたくない話題だったらしく、トゲのある声が返ってくる。



……確かに。今のは不用意に人の家庭事情に足を踏み入れた俺が悪い。人と話せることが楽しくて、つい余計なことを訊いてしまった。



 そう反省しつつ、俺はララの背中で揺られ、おそらくはララの家へと向かう。



 これくらいなら訊いてもいいだろう。



「ララはなんていう街に住んでるんだ? ここから近いのか?」


「ええ、すぐそこにあるサーマイズっていう、この辺りじゃ一番、人の多い街よ」


「サーマイズ……」



 ――どんな街なんだろう。



こんな身体に成り果てた状況で呑気に心を躍らせているなんて、あまりにもお気楽すぎるだろうか。



 だが、俺が期待に胸を膨らませているのは、何も冒険心だけが理由じゃない。



 ひょっとしたら、結花が俺と同じようにこの世界へと来ていて、人の多い街でなら再会ができるかもしれない。俺はそう考えていたのだ。



 そんなのは砂漠で一粒のゴマを見つけるよりもありえないことだとは解っていたが、それでも……。

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