共闘 part2



「ヒィィッ!?」



 背中を毛虫が這ったような声を出して身を強ばらせる。



 が、こうなればもう何も問題はない。



 ドシンンンッッッ!



 重い物体が壁に衝突したような衝撃音。



 ララがハッと目を見開いた先にあるのは、不可思議な壁――物理の《属性紋》によって侵入を拒まれ、困惑する大グモの姿。



「これって……?」



 と呟くララの身体に、微かに異変が起こる。



 木の根のような黒い紋章が、ララの頭から顔、顔から首、胸、そして腕や腹部へと、その皮膚を伝って下りていく。



 まるでその白い肌を、黒い蛇たちが愛撫していくように。



「な、何よ、これ……!? ヒッ、ど、どこ触ってんのよ、アンタ!」



 ガツン、とララはその剣で俺を軽く叩く。



 俺から伸びた黒い紋章が、ララの服の中――ズボンの中まで入っていったことに怒っているのだろう。しかし、



「お、落ち着け。別にこれは俺の手でもなんでもない。ただ俺と同期したってことを示す証みたいなものだろう。俺にはなんの感触もない」


「本当でしょうね……! っていうかアンタ、兜のクセに本当に魔法を使えるわけ?」


「まあな。どういう原理で使えてるのかは俺もよく解ってないんだが」


「はあ……?」



 ひたすら困惑した様子のララ。



 そして、それは大グモも同じだったらしい。



 怪しい紋章に行く手を遮られ困惑したらしい大グモは、警戒を深めたように一旦、こちらから距離を取った。



 そして、その口から白い糸を飛ばし始めた。



 だが、それは苦し紛れのように狙いが定まらず、周囲の森へとただ無意味に放たれていく。



 繰り返し、繰り返し、ただ無意味に。



あまりに混乱して狙いが定まってない……のか? いや、違う。



「マ、マズい! ララ、伏せろっ!」



 え? とララは大グモ本体へと目を戻す。



 と、その瞬間、岩のようなその巨体がブワリと空高く、生い茂る木々の遥か上まで跳び上がった。



 ――やっぱりそういうことか!



 周囲へ放たれていた糸は、決して無意味ではなかった。



 大グモが跳び上がると同時、周囲からバキバキと凄まじい音が響き、直後、濁流のような勢いで木々が根こそぎ飛んできた。



 大グモの糸で捕らえた木々が、大グモが上空へ跳び上がった勢いで引き抜かれ、振り子のように中心へと引き寄せられたのだ。



「――――」



 動くこともできないまま、ララは襲い来る木々に呑み込まれる。



 もう命はない。



 そう思ったのだろう。ララは歯を食いしばりながらギュッと目を瞑っていたが、



「大丈夫だ。安心しろ」



俺はそうララに声をかける。



 ララは当然、無傷。



 押し寄せてきた木々は、土属性の魔法――《ロック・シールド》、簡単に言えば岩石で作り上げたカマクラで防がれ、さながら雪の下の穴蔵で冬眠をしている獣にでもなった気分だ。



 空高くから降ってきたらしい大グモが、ドガンッ! と音を立てて真上に着地するが、中には全くなんの影響もない。我ながら素晴らしく頑丈な家。



「これ……アンタの力なの?」


「まあな。でだ、ララ。俺の主となるお前に、俺の力のことを簡単に教えておく。俺という装備の最大の利点は《属性紋》を使った防御だ。


 これのおかげで、火、土、風、水の属性を持つ攻撃は自動的に防げる。そして同時に、それが魔法による攻撃だった場合、俺はそれをすぐに《学習》し、攻撃として使えるようになる」


「何よ、それ……。嘘でしょ?」


「嘘じゃない。――でも、そんな力を持つ俺にも、どうやら弱点があるらしい」


「弱点?」


「ああ、俺は物理の攻撃に対しては、単なる兜と同じだ。だから、剣とか、矢とか……あとは単純に俺が奪われるとか、そういう攻撃に対してはお前がなんとかするしかない。まあ、事前にその攻撃がどこから来るか察知できていれば、攻撃魔法で《迎撃》はできるけどな」


「そ、そう……」


「だが、どうやらその心配はあまりいらないみたいだ。お前は常人より遥かに感覚が鋭いし、運動能力も高いみたいだからな。



 だからある意味、俺たちは二人で一つの存在なのかもしれない。お前の足りない部分は俺が補い、俺の足りない部分はお前が補うってわけだ」



「な、なるほど……? って、ちょっと待ちなさいよ! アタシは別にアンタを――」


「なら、しっかり見ていてくれ。きっと役に立てる、俺の力を」



 俺はそう前置きしてから、



「黒魔法――《トルネード》!」



 名も知らぬ剣士から学ばせてもらった魔法を唱える。



 瞬間、俺を中心に爆風が巻き起こり、覆い被さっていた木々が吹き飛ばされた。



 青い空が眩しい。



 森の木々が完全に取り払われてしまったので、強い夏の陽射しがダイレクトに降り注いでくる。



 けれども、瞳孔がないおかげなのか目の眩みが治るのも早く、木々と一緒に吹き飛ばされていた大グモもすぐに見つけられた。



 ――まあ、あんなデカい図体を見過ごしようもないが。



「《アイス・アロー》!」



 すかさず追撃。



 ララの周囲に生まれた幾本もの氷の矢が音もなく放たれ、全て直撃。



 そのうち、関節に当たった一本が、その肉深くへと打ち込まれる。



 それでも、残された七本の脚でよろめきながら立ち上がり、呪詛を孕んだような目でこちらを睨みつける。



 ――逃げないのか。よっぽどプライドが高いヤツみたいだな。



その点は評価してやるが、生憎、俺は虫全般が苦手だ。あのわきわき動く脚を見てると、背中がゾワゾワ痒くなってくる。



 だから申し訳ないが――ここは殺らせてもらう。



「ま、また来るわよ!」



 ララはそう言って再び剣を構える。が、



「お前は動かないでくれ、狙いがブレる!」



それに、これでもどうにか魔法の威力は押さえ込んでいるのだ。



 集中が削がれれば、雲の上まで飛んでいってしまった時のような、とんでもない威力の魔法を放ってしまう可能性がある。



 心を鎮めろ――



 心を鎮めて、身体の奥深くにあるマナの感覚を――温かい河のような存在を感じて……。



 兜の中に満ちている、ほんのりと甘いララの体臭(どうやらこれが夢にまで見たエルフの香りらしい)にも、思わず動揺させられてしまいそう。



 だが、今はララを守り、そして己の価値を示すべき時だ。



 俺は標的を見据えて、



「《ロック・ニードル》!」



土属性の黒魔法を放つ。



 ゴゴッ、という地震のような揺れと地鳴りがした直後、大グモの真下から鍾乳石を逆さにしたような複数の岩――岩の槍が突き出る。



硬い殻を突き破ることはできなかったものの、大グモはそれによって空高くへ担ぎ上げられ、その脚は無意味に宙を搔く。



長年の感覚で解る。



 コイツの、この鉄色の地味な色合い……。この特徴からして、コイツはまず間違いなく土属性だ。となると、弱点は水。ならば、



「喰らえ! 《アクア・レイ》!」



水属性、俺の知る限り最強の黒魔法。



のはず、だったのだが――



 ぽこん。



「……え?」



呪文に応じて現れたのは、ピンポン球ほどの小さな水球。



それがララの胸辺りの高さにプクッとシャボン玉のように現れて――



 ――これで終わり?



 と思った瞬間だった。



 カッ!



 と、その水球が閃光を放ち、



 ドオォォォォォンンンンンンッッッッッッッッッッ! 



 重たい衝撃がこちらへ向かって走り、直径二メートルはあろうかという水の柱が光線のように放たれた。



 それは大グモの巨体を貫き――否、残酷なまでに砕き割り、空の彼方へと消えていく。



 後に残されたのは、切られたように半ばからスッパリとなくなっている石柱と、夏の青空、そしてそこにうっすらと架かる虹……。



 ――流石は水属性の最強魔法……。



付随した知識として知ってはいたが……知らなかった。この魔法の威力が、これほどまでに無慈悲であったとは。



がしかし、ともかくこれで目標は達成できたわけだ。



「どうだ、ララ。俺はちゃんと役に――」


「ない……ないっ!」



 ララが急に素っ頓狂な声を上げる。そして、なぜか胸元を手で押さえながら辺りをキョロキョロ見回す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る