共闘 part1
「ここまで来れば大丈夫か……」
「な、なんだったんだ、さっきのヤツは? あんなの見たことねえぜ……!」
そう囁きながら、木の陰に身を隠す二人の不審な男。
禿頭にドラゴンのような入れ墨を入れた男と、アフロヘアの小柄な男。
山賊にも冒険者にも見える、その小汚い男たちの様子を、俺と少女は別の木の陰に隠れて窺う。
何が起きているのかはまだよく解らないが、これは俺が『自らの価値を示せる』絶好の機会かもしれない。
そう心構えをしていると、ララが木陰から不用意な足取りで進み出た。
男たちはハッとこちらを見る。が、禿頭の男がホッと息をついて、
「な、なんだ、ララじゃねえか。驚かせんなよ……!」
「ハ……ハハッ、俺たちがこんな目に遭ってるってのに、ハーフエルフ様はいつも通りお花摘みかよ」
アフロの男が上ずった声で笑うと、禿頭の男も引きつった顔で笑う。
「流石はハーフエルフで、しかもあの伝説の冒険者・ブレイクの一人娘サマだ。相変わらず、割のいい仕事で引く手あまたなんだろうよ」
ララは小さくため息をついて、
「相変わらずよく動く口ね。そんなに喋る暇があるなら、もっとよく周りを見たほうがいいんじゃない?」
言って、少女――ララは、俺と岩石が入ったカゴを木の根元に下ろした。
そして、腰の剣をスラリと抜く。
握りも鍔もくすんだ銅色をした、よく言えば使い古された印象の、悪く言えば全体的にパッとしない印象の剣。
だが、八十センチほどある両刃の刀身は、思わずヒヤリとするような冴えた光を宿している。
ララの視線を追って、男たちは恐る恐る自らの背後を振り向く。
しかし、そんな悠長な動きを許してくれる相手ではなかった。
そこにいた、巨大なクモ。
直径ゆうに四、五メートルはあろうかという戦車のようなクモが、ほとんど音もなく木々の間からこちらを覗いていた。
あっ、と男たちが叫んだ直後、二人は大グモの足に薙ぎ払われ吹き飛ばされていた。
「アイツは……!?」
俺はカゴの隙間から見えるその光景に愕然とする。
ララもややたじろぐように身構えながら、
「アラネア族……! こんなデカいヤツが森に潜んでたなんてね……!」
ララは足下にあった小石をクモへと投げつける。おそらくは、気絶させた獲物二人へと向かおうとしていたクモの意識をこちらへ向けさせるために。
鉄鎧のような分厚い甲殻に覆われた身体。
八本の足は容易く木を砕き割るほど太く鋭く、十以上もある赤い目玉は不気味なほど油断なく、冷たく俺たちの姿を凝視している。
――まるで悪夢だ……。
目の前の光景にそんなことを思ってしまいながら、俺は怒鳴るように言う。
「待て、ララ! 戦う気なら俺を装備しろ! じゃなきゃ死ぬぞ!」
「アンタみたいに汚いのを被るくらいなら死んだほうがマシよ!」
その言葉の意味を理解し、隙を見つけたとばかりに、クモがその巨体には似つかわしくない素早さでララに突進を仕掛ける。
「っ!」
ララはすぐさま上へと跳んだ。
そして、空中で身を捻りながらクモの直上で体勢を整えると、着地と同時、クモの背に振り下ろしの一撃を放った。が、
ガキィンッ!
岩を叩いたような金属音。火花を上げて刃は弾き飛ばされる。
そして、激しく身震いしたクモにララはその背から振り落とされ、
「っ!?」
払いのけるように振り上げられたクモの脚をまともに喰らい――かけたが、なんとか剣で受け止めて直撃は避けていた。
しかし、その衝撃は凄まじい。
そのまま空中を二メートルは吹き飛ばされ、木の幹に激しく背中を打つ――かと思いきや、クルリと身を回転させて木に『着地』し、地面へと下りる。
――ララ……! アイツ、強いぞ!
俺はそんな驚きにも打たれながら、再び叫ぶ。
「命と髪の毛と、どっちのほうが大事なんだ! それとも、わざわざそんなヤツの餌になりたいのか!」
「う……」
間違いなく、ララは戦いに慣れている。
だから、自分とこの魔物の間にある力量差も解ってしまったに違いない。
ララは呻くような声を漏らし、一旦、クモを引きつけてカゴ(の中にいる俺)の近くから引き離してから、先ほど見せた俊敏さでこちらへ戻ってくる。
そして、カビが生えた雑巾を拾うような手つきで俺をつまみ上げる。
「うえ……」
「人を見て『うえ』とはなんだ! 失礼だぞ!」
「だって……マジで汚くて臭いし、なんかドロドロしたのついてるし……」
嫌悪感丸出しの表情で俺を見下ろす。
そんな目で見られたら……なんか興奮してくるぞ。美少女はこんな顔をしても可愛いんだから卑怯だ。何かに目覚めてしまいそうだ。
――って、そんなこと考えてる場合か!
「来たぞ! 早く!」
クモが、逃げ回るララに業を煮やしたように突進してきた。
「で、でも、そう言ったって……アタシは普通と違って耳が長いのよ? アンタを被っても耳が痛くて――」
「大丈夫だ! 俺は《形状変化》っていう術式が組み込まれてるらしいから、その耳にもフィットするはずだ!」
「っ……!」
ララは――いよいよ決意を固めたらしい。突っ込んできたクモと俺とを交互に見て、それからギュッと目を瞑りながら、その艶やかな黒髪の上に俺を被せた。
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