第4話 ハズレの日(1)

 心の友のAIが『降水確率50%です』と予報してくれたが、空は今のところ曇りで、ちゅんちゅんスズメが鳴く。


 夜中に雨が降ったのか、外にでるとバイクが濡れていたので、洗車用のタオルで座席シートの雨露をふき取り、前日に買った耐水性レインスーツを用意。


 (レインスーツなので耐水性は当たり前だけどな、通水性なら雨が降るたびにびしょ濡れで、欠陥商品を売りつけたなと販売元で大暴れしてやる)


 半袖の私にとってレインスーツは防寒着にもなり、外気温のようすに合わせて臨機応変に着用する予定。



 2021年10月13日午前7時25分ごろ、自宅を脱出。


 走りだすと東の山から陽がさし、ついでに都会名物カラスの野郎たちがカァカァ叫んだ。


 朝からカラスの祝砲しゅくほうとは、こいつは縁起がいい。


 通勤時間帯のため交通量は多し。


 バイクなので走ると涼しいが陽ざしは少々強め、山越え道路の上り口の気温計は22度と、冷房なら寒さを感じる設定だが、半袖でもじゅうぶん行けそう。


 頂上付近は知らんけど。



 制限速度35キロからせめて45キロまで緩和しろと言いたい、原付バイクはグングン坂道をのぼり、大阪の平野を見わたせる開けた場所までもうすこし。


 さあ、今日はどんな景色を拝ませてくれるかな、ワクワクが止まらない。


 おお!


 昨日さくじつが5本の指に入る絶景なら、今日のは『日々にちにち大阪平野ランキング』6位以内は確実の、鮮明な景色だった。


 絶景のときだけなら、むさ苦しい大阪も好きになってやっても良いが、この街に友達はいない。


 むしろ周りは全部敵。


 敵のような敵、味方のふりした敵、敵っぽいがやっぱり敵、そして初めは味方で今は敵。


 そんな奴らがウヨウヨ。


 ちなみに私は人類の敵だと、一部のナショナリスト達からバッシングに、意図的なシカトや村八分を受けている。


 ふっ。


 他人を攻撃することでしか、ストレスを発散できない暇人どもめ、いつでも相手にしてやるからかかってこい。


 新しく購入したスーパー原付で、逃げる用意をして待っててやるから。



 なんどか開けた場所で絶景をながめたのち、山の頂上あたりにさしかかり、平地より2度ほど低い気温の中かまわず前進。


 頂上から下降して村里までくると、早く稲刈りした田んぼにはすでに雑草の新芽がのびていた。残りの稲も早晩かり終わり、スッキリした田んぼは春先まで休眠状態に。


 そんなこんなを、いちいち止まりながらメモをとる。


 バイクで走っていると暇なのは自分だけかと思うほど、老若男女を問わずみんな忙しそうにしている。


 「時間を無駄にするなよ庶民ども」


 無駄にしか生きてこなかった愚民ぐみんは、口の中だけでモゴモゴそうつぶやいた。



 ワックスがけした高級車のクラウン●が止まる交番をまがり、左に庶民がぎょうぎょうづめの集合団地と、右に庭でドックランができそうな豪壮住宅に挟まれた道路を走行。


 金持ちと庶民の国境線が、ビシッと引かれたようなその場所を、世の中の縮図しゅくずとして記憶する。


 いずれ調査予定の公園を通りすぎると、丸いサイドミラーに映る景色がまぶしいくらいに美しい。


 街路樹と背後にのびる道路に雲間からのぞく青い空は、まるで円窓から見える絵画のような光景で、間接的な美を感じた。


 ところでおっさんが公園を調査してどうするんだ、子供か老婆かお散歩犬でもさらうつもりか、と冷酷非道な連中から、ヘイトスピーチが飛びそうなので説明しよう。


 公園はウォーキングも水もトイレもベンチも遊具も全部タダだ。


 これ以上、孤独なおっさんに適したレジャー施設がどこにある?


 「ある、監獄か棺桶かんおけか山の中に掘った穴の中」


 なるほど、建設的な意見をありがとう。



 数キロ進んで国土交通省の温度計は26度、高低差のある雲が違う色あいで流れる空は、なかなかに見応えがある。


 そんな空の下バイクを進めると、選挙カーで候補者の名を連呼するだけの、古代から体質の変わらない衆議院選挙のため立てられた、掲示日までポスターの貼られてない掲示場を発見。


 税金を大量に浪費して、通称『既得権者と行政人のための選挙』はもうすぐスタート。


 得したい人だけは選挙に行こう。



 午前9時19分、木津川●山城●の田んぼのそばに造成された広場に到着、ここまでの移動距離28・9キロ。


 あまり近隣住民も利用しない、休憩用の四阿あずまやの近くにバイクを駐車し、タブレットを四阿の座席に置いて、主要スポットの検索を開始した。


 中空ちゅうくうにホバリングする、ヒバリのマシンガンさえずりを聴きながら、調査地を検索していると、近場の駅のすぐそばに神社を見つけ、さっそく行ってみる。


 午前9時48分、広場出立。


 神社の前にトイレに立ち寄るため午前9時54分、総合文化センター着。


 小用で生理現象をすませていると、センターのスタッフが様子をうかがいに来たので、「俺は怪しいやつだ」って言ってやろうかと考えたが、何も言わずに退出。


 怪しい部外者は神社に向かうのであった。



 午前10時04分、センター出発。


 線路を越えて神社に到着。


 時刻は午前10時11分、センターからすこし迷走して1キロの道のり。


 駅外の歩道にバイクを止めて神社の参道を見た感想は、暗い、怖い、うっとうしい。


 生い茂る樹木は環境保全地区に指定され、766年からの古い歴史を持つ神社らしいが、この時点で帰りたい。


 明確にどんな神なのか、解明するのが難しい複雑な事情を抱えた御祭神ごさいじんは、伊勢神宮や宗像むなかた大社などに関わりがあると、近所の人たちが噂している地元民に愛された神社。


 案のじょうモスキートと格闘しながら、一の鳥居二の鳥居を一礼してくぐり抜け、社殿に10円を放り込んでお祈り。


 Uターンして、またモスキートの襲撃を返り討ちにしながら、バイクまで戻る。


 午前10時20分、神社から撤退。


 滞在時間9分の簡素な参拝だった。



 さすがにこれだけだと短編すぎるので、駅外の観光マップをながめ不●川公園をめざすことに。


 タブレットの地図も使わず適当に走ってたら、だんだん怪しげな竹林やら杉林やらの山道を進むことになる。


 民家も人もない閑散とした山道の途中に、とつぜん不動尊があらわれ、階段の下には戦中の国民服を着たような高齢男性が、地蔵のみたいに座っていた。


 私は何も見なかった、そう言い聞かせて地蔵男性をスルーする。


 落石注意の次は落石注意。


 危ない曲がりくねった道をすすんでたどり着いた場所は、●不動川砂防歴史公園と書いてある。不動●公園じゃなかったのか?。


 そんな疑問もあったが、時間と距離をメモすることの忘れて、ぼうぜんと眺めるその公園には、くぼ地に小川がながれるだけの、人っ子一人存在しない辺ぴな公園だった。


 ああ。


 帰りたい。



 よりにもよってこんな所に、東京ドーム半個分ほどの公園を作るとは、市の行政は上から下まで腐食しているらしく、税金の無駄づかいここに極まる。


 帰りたいのを抑えて道路をぐるりとまわり、公園の四阿と仮設トイレに到着。


 そこでマムシ注意の看板以外にも不気味なものを見た。


 小休止のための四阿はキープアウトの文字がお馴染みの、刑事事件によく出てくる規制線がぐるぐるに巻かれてあり、同様、仮設トイレにも立ち入り禁止の文字。


 陽の当たらない山中で、背筋がゾッとする想像をふくらませ、無言でバイクを前進させた。


 どうか夢に出てきませんように、と願いつつ。

    


 今日はハズレの日だとわかっていても、ネタは意外なところに眠っていると信じて、しばらく山道を走行。


 走行中に見かけた山城●園の矢印は、明らかに迷いの森へといざなうような、細い細い雑草と樹林におおわれた、行っちゃいけない道をさしている。


 矢印を作ったヤツは良民をどこへ連れていくつもりなのか、疑念を持つのもつかの間、今度は最後に利用されてから数年たちそうな、物置小屋と自転車が草と樹木にかこまれていた。


 バイクを停車させ数秒だけ推理し導き出された答えは、小屋の中には何かあり、きっと警察沙汰になりそうなぶつがその中で・・


 自転車を乗ってきた人は逃げるように山の中で遭難し、2度とこの自転車にまたがることはなった・・


・・・


 よし。


 帰ろう。



 落石注意、マムシ注意、立ち入り禁止、キープアウト、ぶつのある物置小屋、帰らずの自転車など、出会いや発見はいろいろあったので、来た道を戻ろうと思う。

 

 戻り道でフル装備したロードレーサーとすれ違い、彼がどこに行くのか気になったが、早く山道を抜けたいので振り返りはしない。


 ただ、彼がヒグマやマムシや殺人鬼に遭遇しないことを祈るのみ。


 2度とは来ないだろう公園をすぎ、2度とは訪れない不動尊を素通り。


 そのとき国民服を着た男性は姿を消し、浮かばれない魂に心の中で念仏を唱える。


 どんどん進むと分かれ道に出くわすが、来た道がどっちだか覚えてなかったため、直進することを選択。


 けっきょく選択は間違いだったが、最初の目的地に選んだ不動川●園を見つけ、そこに国民服の男性を確認する。


 そうか、幽霊じゃなかったのか。


 安心したので公園に立ち寄ることなく、未練のまったくない調査場所から家路につく。


 午後12時06分、帰宅、総移動距離63・5キロ。


 エッセイを昨日書くつもりが今日になった、ドッと疲れるハズレの調査日だった。

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