Wii ショッピングチャンネル 02:11:57(JST)

海外の掲示板サイトRedditを眺めるのが趣味で、その日の夜もインディゲームや音楽の話題を追っていると、興味を惹かれる投稿を見つけた。Wii ショッピングチャンネルのBGMをジャズアレンジしたというもので、楽譜が演奏に合わせて表示される動画だった。Wii ショッピングチャンネルというのは、任天堂が発売したゲーム機であるWiiの中に、はじめからインストールされているチャンネル(アプリケーションのことだと思ってもらえればよい)の一つで、バーチャルコンソールと呼ばれる、過去のゲーム機で発売されたゲームや、Wii ウェアというダウンロード専用のソフトを購入することができるチャンネルだ。時代は移り変わり、その後Wii U、Nintendo Switchと新しいゲーム機が発売され、Wii関連のサービスは既に終了しているため、現在はWii ショッピングチャンネルでも新しくゲームを購入することはできない。Wii を遊んでいた当時は、どのゲームを買おうかと、販売されている全てのゲームを総ざらいするように眺めるのを楽しんだ。当然その間はBGMが流れ続けているので、長い時間一つの曲を聴くことになり、おのずと思い出の曲となったのだった。どの国のゲーマーであってもそれは同じことのようで、こうしてWii ショッピングチャンネルのテーマを今でも愛している人がインターネットに現れては、それを目にした人々は思い出に浸るのだった。

何十件かのコメントによる反応があったが、どれも好意的なコメントで、同じ思いをしている人がいることに嬉しくなる。その中に少し変わったコメントを見つけた。

There is still a way to buy the game on the channel, just open the channel at 12:11:57 (EST)!!!

どうやら、十二時十一分五十七秒にチャンネルを開くと、サービスが終了しているがゲームが買えるらしい。今となってはほとんど見ることはない、ゲームに関する古典的なガセ情報だ。日本でも、ワザップという裏技と攻略情報を投稿するサイトでは、こういった類の、複雑な手順を踏むことで隠されたキャラクターが登場する、といったプレイヤーを期待させてはがっかりさせるだけのガセネタがよくあった。小学生の頃はポケットモンスターにまつわるそういう噂がよく流れてきた。なみのりで行ける場所にあるトラックを調べるとミュウがいる島に行けるだの、ホウホウとルギアを持ってウバメの森の祠を調べればセレビィに会えるだの、さもありなんといった噂ばかりだったので、小学生のゲームプレイヤーはとにかくそれを試してみてはがっかりしたものだった。

時間を確認すると十時を回りそうだった。ここ最近は、毎日深夜までSNSで知り合ったゲーム好きの友人二人とDiscord を使って通話しながらPCゲーム『No Man's Sky』のマルチプレイをしていた。そろそろみんな集まる頃だったので、Discordを立ち上げて、二人を待つ。

「こんばんはです」

「こんばんは、今日疲れた、まだ飯食ってねえから、食いながらやるわ」

二人共同時に通話に参加し、すぐに三人でゲームを遊び始めた。ゲーム中はずっと雑談を続け、どんなSF小説を読んだとか、新しく出るゲームが楽しみだとか、全員共通の趣味の話題で盛り上がる。どんな仕事をしているのかとか、結婚しているのかとかいった話は誰も知らなかったし、興味もなかった。日付が変わり、一時を回ったあたりでみんなが疲れ始め、話題もトーンダウンしていった。さっき掲示板で見たWii ショッピングチャンネルのことを思い出したので、Wiiの話題を振ってみる。

「似顔絵チャンネルとかショッピングチャンネルあったよな」

「あと、Wiiの間とか出前チャンネルとかもあった」

「あったねそんなの、よく覚えてるな。全然使ったことないや」

二人もWiiには思い出があるらしく、色々なゲームソフトの話で再び盛り上がった。勢い余って、あの、ガセネタの話も振ってみる。

「そういえば、さっきネットの掲示板で、終了したショッピングチャンネルでゲームを買う裏技みたいな情報を見たんだ」

「ワザップじゃん」

「どうやると見れんの?」

「なんか、十二時何分だかにチャンネルを開くと変えるようになるらしい。Redditだったから日本時間でいつなのか分かんないけど」

「なんだよそれ、裏技にしては単純なやつだな。アメリカとかでもタイムゾーンが色々あるから、十二時っても何時か分かんないな」

「そういえば時間の最後にESTって書いてあった気がする、多分タイムゾーンだと思う」

「それアメリカの東部標準時だよ、日本時間からマイナスで十四時間」

「なんでそんなこと知ってんだよ」

「いやあ、今働いてるとこの本社がニューヨークにあってさ、たまに深夜にビデオ会議があるんだよ。深夜にならないとあっちで出社しないからさ、大変だよほんとに」

「マイナス十四時間てことは十二時って日本の二時じゃん、それってもうすぐだよ」

「あとさ、三十分ぐらいゲームしてさ、そのショッピングチャンネルの裏技を試して、今日は終わりにしようよ、Wii持ってる?」

「持ってるけど出してくるのめんどうだよ」

「言い出しっぺがさ、やらずにどうするんだよ」

「分かったよ」

二時になる前にゲームを終わらせ、仕方なく、タンスの中のダンボールに乱雑に閉まっていたWiiを取り出して準備をする。さっきの投稿をもう一度確認すると、時間は「12:11:57」と書いてあったので日本時間の二時十一分五十七秒だった。PCに繋がっているカメラをテレビ画面が見える位置に設置して、ビデオ通話に切り替える。これで二人も画面を見ることができる。時間を間違えないようにスマホの時計が常に見えるようにもした。

「やるなら正確にやりたいからカウントダウン頼む。それでガセネタだってことで今日は寝ようぜ」

「オッケー、でもほんとに繋がったらどうするよ」

「そしたらタクティクスオウガ買うわ。やってみたかったから」

そうして、時間が来るまで眠気がどんどん増してきている三人で雑談を続けて、残り三十秒になった。

「カウントダウンするけど、通話のラグとか大丈夫かな」

「全然遅延はないから大丈夫だと思う」

「それならいくよ」

二人はカウントダウンを始める。Wii ショッピングチャンネルのスタート画面の「はじめる」にWiiリモコンのポインタを合わせて、ずれないようにしっかりと腕をかためる。

『5,4,3,2,1,0』

ゼロの掛け声とともにWiiリモコンのAボタンを押すと、画面は一瞬暗転し「Wii」のロゴと共にローディングのくるくると回る水色のアニメーションが表示された。

「つながった、のかな?」

「どうだろう」

もう少し待つと「Wiiショッピングチャンネル〜おすすめソフト〜」というページが表示され、画面中央に三つのゲームソフトが並んでいた。『ゼルダの伝説』『アーバンチャンピオン』『Dr.MARIO & 細菌撲滅』。

「これ、ほんとにまだ買えるんじゃないのか」

「ゼルダの伝説買ってみるよ」

ポインタでゼルダの伝説を選択し、購入ボタンを押して見た。するとその時、Discord の通信が途切れ、二人の声が聞こえなくなってしまった。インターネットの回線が悪いのかと思い、もう一度呼び出してみるが繋がらない。ふと、テレビの画面を見ると、購入の手続きの画面が表示されているのではなく、ゼルダの伝説のタイトル画面が表示されていた。タイトル画面ならば、ゼルダの伝説のテーマ曲が流れているはずだったが、音楽は聞こえなかった。

Wiiリモコンを操作して、ゲームをはじめてみると、主人公の名前選択画面でカーソルが勝手に動き始め、自分の名前が入力された。

このゲーム–––。

おかしいな。

黒い画面の中に白いピクセルの文字で「オマチクダサイ」という表示があり、数秒後に見覚えのあるスタート地点が画面に現れる。主人公を操作して移動しようとしてみるが、スタート地点のマップから外に出ようとすると主人公が動かず、隣のマップに移動することはできなかった。残っていたのは、開かれた地下への入り口だけで、真っ黒な四角形が闇の顎門を開いて待っているようだった。その中に入ってみると、階段をくだる音がして、赤い服を着た老人が。

いた。

老人は。

主人公ではなく。

画面越しにこちらを覗いていた。

それがドット絵ではなかった所為かもしれなかった。

その後に何が起こったのかはよく分からない。



随分経ってから、RedditにWii ショッピングチャンネルに関する投稿が一件あった。

例の裏技で購入することができるゼルダの伝説を遊ぶと、スタート地点からいくことができる地下の部屋には自分がいるのだそうだ。

その自分は、まるで、何十年もその地下で、誰かが来るのを

待っていたかのような顔をしているのだという。

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