第8話 家政"夫"マルコへ行く
2人はマルコについた。
いかにもアンティークのものが似合う良い雰囲気の店だ。
店員が、奥の個室へと案内してくれた。椅子をウェイターが引いて座らせてくれるなんて、初体験の康太は椅子に座るそれだけでドギマギしてしまう。
席に着くなり京介は聞く
「康太さん、好きな食べ物はなんですか?何が食べたいですか?」
康太は、メニューを開いてその値段に驚愕していた。
ランチが安くて5千円!?
「な…な…なんでも大丈夫です…。」
「食べれないもの、苦手なものとかある?」
「いえ、特にはないです」
「それじゃ、シェフのオススメで。2人分。」
「かしこまりました。」
店員が去る。
無言の時間が生まれる。
康太はそっと京介をみる
京介はじっと康太をみていた。慌ててうつむく康太。
京介が話す
「康太さん、僕の好きな食べ物ってなんだと思いますか?」
「京介様の好きなものですか?そうですねぇ……
京介様は、お肉が好きですよね。脂身よりも赤身の方がお好きかと思っています。野菜は生よりも煮込んだものの方が好まれていますよね。あと、フルーツだと特に葡萄がお好きなのではないかと。」
すらすらと正解をいってのける康太に、感心する京介。
「もっと康太さんが知ってる、僕のことを教えてください。
僕はどんな人に見えてますか?癖とかありますか?」
「え?癖ですか?好きなもの……どんな……京介様のですよね、そうですね。
京介様は、好んで着られる服は綿100%のものが多いです。
化繊も嫌いではないでしょうがサラサラの肌触りというよりは、しっかりと布を感じる服が好まれてきていらっしゃいます。
お仕事でお疲れの時はソファよりもYogiboに座られます。そういう時は珈琲の砂糖の量がいつもより一つ増えてます。
あと大事な会議なのかな?その様な日は決まって朝食のトマトを食べないです」
「僕にそんな癖があるんですか?トマトを?無意識ですね、全く分かってなかったな」
いままで多くの家政婦が来ていたがこんなにも短期間で京介のことをわかってくれてた人は居たのだろうか?
思えば、家政夫が来てから何かを自分から取りに行くという行為も、あれが欲しかったのに、あれを食べたかったのに…なんて思うことが無くなっていた。
そう!先回りして全て康太が行ってくれていたのだ。
この人は、なんてすごい人なんだ
今の僕の生活が心穏やかおれるのは、彼のおかげだ。
もう、なくてはならない人になってるのかもしれない。
なのに、それなのに僕は彼の何も知らない……
食事が運ばれてきた。
「康太さん、あなたはこんなにも僕のことを知り気遣ってくれている、それには本当に感謝申し上げます。
それなのに、それなのに僕はあなたのことを何も知らない……。
あなたの好きなものも、癖も、どんな生い立ちなのかも何も知らないんです。
………………
今度は康太さんのことを僕に教えてくれませんか?
なんでもいい、僕はあなたのことを知りたい。教えてくれませんか?」
真剣に話す京介に、驚く康太。
「そんなそんな、僕のことは気にしないでください。
僕ら家政夫は、みなさまの影でいいんです、空気でいいんです。
見えないところ、そこで役に立てればいいのですから」
「それでは俺の気が済まない。
初めてなんだ。
貴方の様に俺のことを我が家のことをこんなにも理解してくれる家政夫に出会えたのは。
今まで何人も家政婦として働きにきてくれた人はいた。
みなそれなりにいい人だったと思う。
けど僕は誰ひとりの名前すらも思い出せないほど関心がなかったんだ。
康太さん、貴方のことは知りたいんです。
こんな感情は初めてなんです。
貴方が我が家に来てから僕も母も本当に心穏やかだ。
海斗の突然の提案に俺も驚いたけど、けどいま、やって良かったと思ってる。
あなたにこんなにもお世話になっているのにお礼のひとつもしないなんてやっぱりそんなのはダメだってわかった。
そして、これからもずっとお世話になりたいから、だから康太さん、あなたのことを僕に教えてください。
ダメですか?もしかして自分のことを話しできない感じですか?」
うつむき考える康太
「僕の話なんて何も面白くないです。僕には何もないから。」
「なんでもいい、教えて欲しい」
「…………わかりました。では、何から話したらいいですか?」
「じゃまずは家族のことから。そして何故、いま家政夫をしているのか、そこから教えてください」
「わかりました」
ゆっくりと時間の流れる様な優雅な店で、スープを飲みながら康太は過去を話し始めた。
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