第52話 戦場へ向かう男たち
――三日後。
アレックス王太子と会談した三日後、俺たちは騎馬民族キリタイと戦う為に、アルゲアス王国の王都クインペーラを出発した。
出発する際に、俺たちは王宮の倉庫に突撃し、『アレックス王太子からの命令』と適当なウソをついて、上等なワインや食い物を手に入れた。
まあ、蛮族と呼ばれるバルバルを雇ったのだ。
アレックス王太子には、『これくらいは必要経費』と割り切ってもらおう。
俺たちの船であるロングシップ三隻は縦一列に並び、王都クインペーラからダルバ川の支流に入り、アルゲアス王国の東部を目指す。
「オール仕舞え! 横帆展開!」
船長候補であるブルムント族のガウチが、大声で指示を出す。
波の静かな川ではオールを使って進み、良い風が吹いてきたら帆を出し風に乗る。
オールを漕いでいた俺たちは、一休みだ。
「ふう!」
俺は額の汗を拭い、座って一休みする。
俺の妻でエルフ族のジェシカが、木のカップを持って近づいてきた。
「ガイア! お疲れ様! カシの実茶だよ!」
「おう! ありがとう!」
カシの実茶は、エルフがよく飲む酸っぱいお茶だ。
森でとれるカシという野草の実をすりつぶして乾燥した粉をお湯で溶く。
疲労回復の効果があるそうだ。
「ストーブが出来たおかげで、船上でも温かい茶が飲めるは嬉しいな」
「船は寒いからね~」
エルフ族は、あまり力がないのでオール漕ぎや操船は免除している。
その代り、新しく開発した船上ストーブの係だ。
以前、リング王国のノルマン子爵領で手に入れた本の中に、魔法を利用した道具――魔道具の本があった。
古代エルフ語で書かれていた相当古い本だったが、俺が現代エルフ語に翻訳をした。
エルフ族族長エラニエフは、この本を元に魔道具の開発をイチから行った。
魔法知識不足で開発が止まっていたが、俺の情報ダウンロードによって、エラニエフの魔法知識を補完し、船に設置できる小型のストーブが完成したのだ。
魔道具の小型ストーブは銅で出来ていて、魔力で銅板を熱する仕組みだ。
火を使わないので、火事のリスクが低い。
船乗り全員を温めるほどのパワーはないが、かじかんだ手をかざせば温めてくれるし、スープやお茶を沸かしてくれる。
俺たちにとって、頼もしい相棒だ。
この貴重で大切な船旅の相棒の番をするのが、エルフ族の仕事になっている。
ジェシカは、オールを漕いでいた他の乗組員にもカシの実茶を配って回った。
「ガイア。次の戦はどうだ? 勝てそうか?」
エルフ族族長のエラニエフだ。
妻ジェシカの叔父にあたるので、俺にとっては『義叔父――ぎしゅくふ』になる。
「叔父御、大丈夫だ! 勝つさ!」
「頼もしいことだ。しかし、ガイアに叔父と呼ばれるのは、なかなか慣れんな」
エラニエフは、少し照れて木のカップを口に運んだ。
俺はアレックス王太子から提供された羊皮紙の地図を開き、戦場の概況をエラニエフに説明する。
「会敵予定地点は、ルターバの町近郊の平原だ。アルゲアス王国軍とも、この平原で合流する」
「ふむ」
エラニエフが座り、地図をのぞき込む。
他のメンバーも集まってきたが、俺は気にせずに説明を続ける。
「敵は騎馬民族のキリタイだ。ヤツらは遊牧民なので、全員騎兵と考えておけ」
「全員騎兵か……。やっかいだな」
俺たちバルバルの主力は歩兵で、援護がエルフ族の弓兵と魔法兵だ。
騎兵突撃をモロにくらえばひとたまりもない。
大トカゲ族のロッソが、以前騎兵と戦った時のことを思い出して作戦を口にした。
「前みたいに盾を並べて、敵の足を止めるか?」
「いや、騎兵の数が多いと盾を並べても、多数の騎兵には対抗できないだろう」
騎兵が突撃してきた時の衝撃力は相当なモノだ。
騎兵の数が多ければ、第一波を食い止めても、第二波、第三波の突撃がある。
さらに、左右に回り込まれては、盾を持った少数の歩兵では対抗するのは難しい。
「じゃ、森を使ったら?」
妻のジェシカだ。
騎兵の速度は森の中では、生かすことが出来ない。
木の幹、木の根、木の枝が、障害物になるからだ。
森を利用して、騎兵の勢いを殺す。
アイデアは良いが、これから行く戦場の地形には向いてない。
「戦場は見通しの良い平地で、森はないそうだ」
俺の答えを聞いたバルバルの兵士たちが、不安そうに顔をしかめた。
「大丈夫なのか?」
「ちょと不利じゃないか?」
「敵が全員騎兵ってのもなあ……」
「ああ、初めてだよな!」
船の上がザワつき始めた。
だが、エルフ族族長のエラニエフは、そんな騒ぎはどこ吹く風で、俺に笑顔で問いかけた。
「それで、我らが大将閣下は、どんな作戦をお考えかな?」
「策はあるさ! まあ、任せろよ!」
「ふっ……我が甥は頼もしいな」
エラニエフは美形のエルフ男性なので、『ふっ』と、やると後ろに薔薇の背景が見える。
男でも顔を赤らめそうだ。
「現地に着くまで作戦は秘密にするが、平原で真正面から騎兵とやり合うほど、俺は男気に溢れちゃいないさ!」
俺の冗談に船上がドッと沸く。
先ほど不安そうにしていたバルバルの兵士たちも、笑顔になった。
戦場が近づいて、みんな神経質になっている。
ちょっとしたことでケンカになったり、士気が下がったりするので、ここからは細やかな気遣いが必要だ。
俺は、気遣い上手のアトス叔父上に声を掛けた。
「アトス叔父上。今夜は、みんなにワインでも振る舞いますか?」
アルゲアス王国の王宮倉庫から『かっぱらってきた』ワインや上等な食い物を、船に載せてある。
アトス叔父上は、ヒゲをさすりながらうなずいた。
「うむ! 飲み過ぎなければ、良いだろう!」
「よしっ! みんな! 今夜は酒が出るぞ!」
「やったー!」
「うひょー!」
「大将! 愛してるぅ~!」
――戦場が近い。
兵士たちは、ふざけた素振りを見せながらも、緊張を高めていった。
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