第51話 暗殺計画

 俺とアレックス王太子は二人だけで会談を続ける。


 はた目から見ると、バルコニーに二人で座って仲良くワインを酌み交わす平和な光景だ。

 だが、これから話すのは陰謀――どうやってヴァッファンクロー帝国を倒すかだ。


「まず、我らがつかんでいる情報を提供しよう」


 アレックス王太子は、ヴァッファンクロー帝国の状況について話し始めた。


「ヴァッファンクロー帝国内では、皇帝崩御は既定路線だ。既にいくつかの属州では、独立の動きがある」


 ヴァッファンクロー帝国の支配領域は広大で、多数の異民族を支配している。

 俺たちバルバルのように、帝国外縁部で緩やかな支配を受けている民族もあれば、帝国領土内でガッツリ支配されている民族もいる。


 属州は異民族の国だった地域で、ヴァッファンクロー帝国から総督が派遣されている。


「総督の統制力が弱い属州は、皇帝崩御とともに独立騒ぎが起るだろう」


 アレックス王太子は、『起るだろう』と他人事のように話しているが、『起るように仕向けている』のは、アレックス王太子たちアルゲアス王国に違いない。


(なーにが、『起るだろう』だよ!)


 アルゲアス王国が謀略を仕掛けたであろうことを想像して、俺はニヤリと笑った。


「独立する属州が大陸の東側であれば、我がアルゲアス王国が独立を軍事支援しよう。問題は大陸の西側だ。ガイア殿たちバルバルだけで支援できるか?」


 アレックス王太子に問われたが、正直、俺たちバルバルだけではキツイ。

 兵数が足りない。


 ここは見栄を張っても仕方がない。

 俺は正直に答えることにした。


「バルバルだけでは、兵数が足りない。リング王国の有力貴族を引き込む方が良いだろう」


「リング王国か!」


 アレックス王太子たちアルゲアス王国から見ると、リング王国はヴァッファンクロー帝国を挟んで反対側の国だ。

 名前は知っていても、国交はあまりないだろう。


 俺はリング王国の内情をアレックス王太子に伝えた。


「なるほど……。リング王国は領地貴族の力が強くて、国王にあまり力はないのだな。それで、有力貴族を引き込めと……」


「リング王国南部の貴族に知り合いがいる。貴国が渡りをつけられるように、俺が協力する」


「うむ! 助かる!」


 リング王国は傭兵仕事であちこち出入りした。

 南部にも俺たちを雇った貴族が何人かいる。


 俺が話を持ち込むよりも、アルゲアス王国から話を持ち込む方が、リング王国貴族たちも話を真剣に聞くだろう。


「それから、帝位継承だが――」


 アレックス王太子は、帝位継承、つまり次の皇帝が誰になるかについて話し始めた。

 ムノー皇太子がいるので、帝位継承はムノー皇太子に決まっている。


 だが、ムノー皇太子以外に有力な候補者が三人いるそうだ。


「そこで、ムノー皇太子を暗殺し、三人の候補者で争わせようと考えているのだ!」


 アレックス王太子が、残忍な笑みを浮かべた。

 ムノー皇太子か……、あれが死んでも誰も困らない。


 だが、俺は反対の言葉を口にした。


「ムノー皇太子は生かしておけよ」


「何!? なぜだ!?」


 アレックス王太子は、驚いて、『なぜ、ムノー皇太子の暗殺に反対するのか!』と考えが顔に強く出てしまっている。


 俺はワインの入った杯を口にして、人の悪い笑顔を浮かべた。


「なぜって、ムノー皇太子が無能でダメなヤツだからさ」


「無能でダメな人物なら暗殺は容易いだろう?」


「ああ。だが、ムノー皇太子を暗殺して優秀なヤツが皇帝になったらどうする? ムノー皇太子以外に三人の有力候補者がいると言うが、その三人が皇帝になるとは限らないだろう?」


 俺の言葉を聞いて、アレックス王太子が考え込む。


「なるほど。確かにヴァッファンクロー帝国皇帝の血を引く者は多い。その中から、優秀な者が出て帝位についたら、確かに厄介だ」


 俺はヴァッファンクロー帝国内に情報源を持っていない。

 商人カラノスからもたらされる情報や、傭兵仕事で出張った時に得られる情報程度だ。


 ヴァッファンクロー帝国皇帝の血を引く人物が、全員無能なら問題ない。

 だが、一人や二人は優秀な人物がいるだろう。


 ムノー皇太子を暗殺して、優秀な男が帝位につくリスクを負うよりは、無能なムノー皇太子に皇帝になってもらって、帝国の混乱を期待した方が良い。


「ふむ、面白いな! 父上にも伝えて検討しよう!」


 俺の提案は、アルゲアス王国国王にも伝わることになった。

 これでムノー皇太子を二回助けたことになるな。

 まあ、今回は何ももらえないけれど。


 一通り打ち合わせが終ったところで、アレックス王太子が仕事の依頼を打診してきた。


「もうすぐ戦争があるのだが、俺に雇われてみないか?」


 会社帰りのサラリーマンが、同僚を居酒屋に誘うような気楽さだ。


 アレックス王太子の本音としては、俺たちの戦いぶりを味方の立場から見たいのだろう。

 一種のテストだな。


 相手の意図がどうあれ、バルバルはバルバルらしく戦うだけだ。

 俺は平然とアレックス王太子に答えた。


「俺たちバルバルは傭兵を生業としている。正当な報酬をもらえるのなら、喜んで戦おう」


「そうか! 楽しみだ!」


 俺とアレックス王太子は、歯をむき出しにして笑った。


「それで敵は?」


「我が国、東部に攻め寄せてきた騎馬民族キリタイだ!」

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