第四章 予兆

第48話 動乱の時代を、後押しする者たち

 ――春、ブルムント族の本村落。


 アルゲアス王国の商人カラノスが、ブルムント族の本村落にやって来た。

 俺は村の広場でカラノスを迎えた。


「ガイア様! どうも、お久しぶりです!」


「カラノスか! 久しいな!」


「ガイア様は、また、背が伸びましたな」


「育ち盛りだからな!」


 俺は十六才になり、身長は170センチになった。

 アトス叔父上とは背が並び、今年でカラノスも追い越すだろう。


 俺はカラノスを村の集会所に案内した。

 集会所は相変わらずの安普請、ボロイ集会所だ。


 ボロイ集会所を見て、カラノスがため息をついた。


「ガイア様。集会所をもっと立派な建物に建て替えてはいかがですか?」


「いや、ダメだ!」


「建て替える費用は、お持ちですよね?」


「ないぞ!」


 ウソである。

 カラノスとの取引や傭兵仕事で稼いでいるので、ブルムント族はかなり豊かになっている。

 集会所を建て替える費用は出せる。


 だが、このボロイ集会所は、フェイクなのだ。

 ヴァッファンクロー帝国対策だ。


 バルバル諸部族は、ヴァッファンクロー帝国のムノー皇太子を助けた褒美に、十五年間無税にしてもらった。


 もしも、ヴァッファンクロー帝国の気が変わって、『やっぱり税金を払え!』となった時に、使者を迎え入れる集会所が立派だったら、どうなるだろうか?

 タップリと税金を搾り取られるに違いない。


 だが、ボロイ集会所のままなら、『今日食べるご飯も厳しくて……ウウウ……』とか泣き落として、大して税金は集まらないと思わせる作戦だ。


 だから、ブルムント族の本村落は、ボロイ建物が多い。

 俺の命令でボロイ建物をボロイまま維持しているのだ。


「それで、今日の用件は取引か?」


「取引もですが、ご機嫌伺い諸々用がありまして……」


 カラノスは、ちらりと視線を俺の背後に向けた。

 今日同席しているのは、アトス叔父上、妻でエルフ族のジェシカ、アトス叔父上の息子で俺のイトコであるアルマンが同席している。


 カラノスはアルマンと初対面なので、警戒しているのだろう。

 俺はカラノスにアルマンを紹介した。


「なるほど! アトス殿のご子息ですか! それは将来に期待が持てますな!」


 アルマンは俺より三つ年下の十三才だ。

 アトス叔父上としては、そろそろ仕事を覚えさせようと色々仕込んでいるところだ。


 俺が挨拶を促すとアルマンは『アルゲアス王国語』で、カラノスに挨拶をした。


「はじめまして。私はアルマンです。バルバルのブルムント族です。ガイアのイトコです」


「や! これは!」


 アルゲアス王国語で挨拶をされて、カラノスは嬉しそうだ。


 アルマンにアルゲアス王国語を教えたのは俺だ。

 バルバルにはアルゲアス王国語を話せる人間が少ない。


 アルマンはアトス叔父上の息子だけあって、頭が良い。

 アルマンには、頑張って役に立ってもらおう。


 俺はカラノスにニヤリと笑った。


「アトス叔父上がヴァッファンクロー帝国語を話せるので、アルマンにはアルゲアス王国語を覚えてもらっている。まだ、たどたどしいが、日常会話なら何とか話せる」


「なるほど。では、今日はアルゲアス王国語で話しますか?」


「いや、アトス叔父上がいるから、ヴァッファンクロー帝国語で頼む」


「承知しました」


 カラノスはアルゲアス王国語から、ヴァッファンクロー帝国語に切り替えて商売の話を始めた。

 アトス叔父上がカラノスの相手をし、俺が通訳をして妻ジェシカとイトコのアルマンに話の内容を伝える。


 カラノスは、ブランデーをもっと欲しいと言っているが、バルバルとしては、北のノルン王国向けの分もあるので、融通するのは難しい。


 急にカラノスが声を潜めた。


「ヴァッファンクロー帝国皇帝ですが、あまり健康状態がよろしくないようです」


 アトス叔父上の目が座った。

 俺もスッと目を細め、カラノスを見る。


 俺が急に通訳を止めたことで、イトコのアルマンがキョロキョロしだした。

 妻のジェシカが空気を読んでアルマンを抑える。


 俺はヴァッファンクロー帝国語で、カラノスに問い質した。


「どの程度具合が悪いのだ?」


「医師の診断によれば、あまり長くはもたないだろうと。もって一年ではないかとの見立てです」


 カラノスは、俺たちと話しながらも目を合わさずに、ジッと床のシミを見ている。

 アトス叔父上は、腕を組んだまま沈黙し無表情を貫く。


 あまりに重い空気に、イトコのアルマンが呼吸を早くした。

 俺たちが話している内容は、わからないのにプレッシャーを感じているのだ。

 この程度のプレッシャーに負けるな! アホウ!


 俺はカラノスにズイと問うた。


「そんなに具合が悪くても、酒を飲むのか?」


「はい。皇帝陛下におかれましては、日々の政務がお忙しく。夜になると酒を飲まずにはいられないそうです」


「ふふ。政務が忙しくなるように仕向けたのは、どこのどいつだよ」


「さて?」


 ヴァッファンクロー帝国では、奴隷の反乱や貴族の独立騒ぎが起っている。

 さらに盗賊が跋扈し、隣国のアルゲアス王国が国境にちょっかいを出して小競り合いが繰り返されていた。


 目の前に座っている男が、裏で糸を引いているのだろう。


 俺は、もう一つ情報を求めた。


「ムノー皇太子は、どうしている?」


「ムノー皇太子におかれましては、色と酒に溺れる日々をお過ごしです」


「ほう、相変わらずお盛んだな」


「全て順調ですな」


 光の加減でカラノスの両目が、真っ黒な影になった。

 ニヤーと口元だけがグロテスクに大きく引き上げられる。


「では、次の皇帝はどうなる?」


「スンナリとは決まりますまい」


 俺は下を向き無表情を作りながらも、腹の底が熱くなるのを感じた。

 間もなく、皇帝は死ぬ。

 そして、後継者の座を巡って、ヴァッファンクロー帝国内に嵐が吹き荒れる。


 ――動乱の時代が近いのだ。


「わかった。ブランデーを多めに手配しよう」


「ありがとうございます」


 俺はカラノスにブランデーを増量して渡すことを約束した。

 あの力強く威厳のある皇帝も、あとわずかな命だ。


 そして、トドメを刺すのは、俺が手配した酒だ。


 俺は暗い喜びに身を震わせた。

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