第46話 バルバルの飛躍へ(三章最終話)

「しかし、金が足りるか?」


「うーむ……」


 トロンたちは、ノルン王国語で相談をしている。

 俺は言葉がわからないふりをしていた。


 長くなりそうなので、俺は手近な食べ物をパクつきだした。

 俺が食べる様子を見た妻のジェシカが、パンに野イチゴのジャムを塗って、俺に差し出す。


「ガイアも食べる?」


「うん。ありがとう」


 口を開けて、ジャムのついたパンを食べようとすると、トロンたちがジッと俺を見ていた。

 俺はアルゲアス王国語で、トロンたちに聞く。


「ん? 何だ?」


 狼族のクヌートが鼻をヒクヒクさせながら答えた。


「甘い匂いがする……。旨そうな匂いだ!」


「これか? これは野イチゴのジャムだ」


「食べたい!」


 トロンと助手のオッドもウンウンとうなずいている。

 狼族のクヌートだけでなく、トロンと助手のオッドも食べたいらしい。


 俺はバルバル語でジェシカに通訳した。


「トロンたちも、野イチゴのジャムが食べたいらしい」


「いいけど……」


 ジャムは、俺がバルバル諸部族に保存食として教えた。

 魔物を討伐してバルバルの領域が広がり、野いちご、リンゴ、ブルーベリー、ブラックベリーなどフルーツが採取出来る場所が増えたのだ。


 砂糖はアルゲアス王国商人のカラノスから入手した。

 作り方は簡単で、採取したフルーツを適当にカットして、砂糖で煮詰めれば、ジャムの出来上がりだ。


 俺もジェシカも、『家で作って日常的に食べている物に、何でこんなに興味を示すのか?』、とても不思議だった。


 ジェシカがパンを切って野イチゴのジャムをのせて、三人に差し出した。


「はい、どうぞ」


 三人は奪い合うようにジャムのついたパンを手にして、すぐ口に運んだ。


「はああああああ!」


「あ、甘い! 甘い!」


「何だこれは! 何だ!」


 三人ともノルン王国語で、ワーワー騒ぎ出した。

 狼族のクヌートなんて、涙を流している。


 いや、泣くなよ!


 俺、ジェシカ、アトス叔父上、大トカゲ族のロッソは、目を点にしてポカーンだ。


「ガイアよ……。客人たちは、どうしたのだ?」


「アトス叔父上……。よくわかりません」


 トロンたち三人は、大盛り上がりだが、俺たちバルバル側は困惑するばかりだ。


「ガイア! このジャムを売ってくれ?」


「え!?」


 買うのかよ!


 ジャムは砂糖を使う。

 砂糖は安い物ではないが、買えないほどの高級品でもない。

 だから、バルバルでは日常的にジャムを作ったり、食べたりしている。

 わざわざ金を出して買う物でもないのだが……。


 俺はアルゲアス王国語でトロンに告げた。


「売ってくれと言われても、これは妻の私物だ」


「では、奥さんに頼んでくれないか?」


 トロンがあまりにも熱い目で頼んでくるので、俺はジェシカに通訳した。


「ジャムを買いたいの? 自分で作ればいいのにね?」


「だよな……。でも、トロンたちは熱心に頼んでくるんだ」


「ふーん。そこまで言うなら売っても良いけど、これしかないよ!」


 ジェシカはトロンたちに、小さな陶器製の壺を差し出した。

 俺はトロンたちに通訳する。


「売っても良いが、手持ちはこの壺の分だけだ」


「そうなのか……。いや、だが、その壺の分だけでも買いたい!」


「わ、わかったよ! ちょっと待て!」


 俺は、また言葉をバルバル語に戻して、ジェシカに通訳した。


「トロンは、その壺のジャムを買うと言っている」


「もの好きだね……。まあ、いいや。お小遣いになるし、買ってくれるなら売るよ!」


「ガイア! ジェシカ! 待て!」


 アトス叔父上が、手を上げて俺とジェシカを制した。

 何だろう?


「アトス叔父上。どうしました?」


「ガイアよ。トロンたち三人を見ていて思ったのだが、彼らは甘い物が好きなのではないか?」


「甘い物が?」


 アトス叔父上の話すことに興味が湧いてきた。

 俺はトロンたち三人を待たせて、アトス叔父上の話を聞くことにした。


「ブランデーは、甘味のある酒だ。そして、ジャムは果物と砂糖を使っているので甘い。彼らは北にあるノルン王国から来たと言っていたな?」


「はい、そうです。ノルンは、『北』を意味するそうです」


「ふむ。砂糖は南方の産物だ。彼らの国では砂糖が手に入らないのではないか? それで甘い物に興奮しているのではないかな?」


「なるほど!」


 アトス叔父上の推測は、的を射た推測だ。

 砂糖は俺たちが住む大陸の南側や南にある大陸で生産される。


 俺たちはヴァッファンクロー帝国で生産されている砂糖を買うことが出来るが、トロンたちが住むノルン王国では砂糖を手に入れるルートがないのだろう。


 それで、さっきジャムのついたパンを食べて大興奮していた。

 シュガーハイってヤツだな。


 俺はトロンたちに向き直った。


「トロン、ジャムを気に入ったか?」


「うむ! 最高だ!」


「ジャムはノルン王国で売るのか?」


「……」


 トロンは答えを返さない。

 販売ルートを教えたくないのだ。

 だが、助手のオッドがチラチラとトロンを見ている。


 ははあん……。

 ノルン王国でジャムを売って、大儲けするつもりだな……。


「トロン。これは野イチゴのジャムだ。バルバルに戻れば、リンゴのジャムやブルーベリーのジャムもあるぞ」


「何!? ジャムは、そんなに沢山の種類があるのか!?」


「あるぞ。この港で待っていてくれれば、取りに戻る。十二日ほどで戻って来られるが……。買うか?」


「買う! 買うぞ! ここで待っている!」


「わかった」



 *



 ――翌日、早朝。


 俺たちは、まだ薄暗いうちに出航した。

 大急ぎでバルバルに戻って、村々からジャムを集めるのだ。


 俺が水平線を見ながらバルバルの将来を思い描いていると、アトス叔父上が笑顔で話しかけてきた。


「ガイアよ! 成果があったな! 北では甘い物が売れる!」


「ええ、アトス叔父上。村々でジャム作りをやらせましょう!」


 岩塩は売れなかった。

 だが、俺はバルバルの更なる飛躍をイメージしていた。


 ――加工貿易だ!


 バルバルの領域で採取出来る果物をそのまま売ったら、大した値はつかない。

 さらに食料品は腐るので、遠方まで運べない。


 だが、果物をジャムに加工すれば、高く売れるし、腐りづらいので遠くまで運べる!

 そのまま果物を売るより、ジャムにすれば付加価値がつくので高く売れるのだ!


 さらに……。


 ――甘味だ!


「ガイアよ! 甘い物だな!」


「ええ! 領地で開発しましょう!」


「ふふふ……。大きな波が来ておるぞ!」


「乗るしかないでしょう!」


 俺とアトス叔父上は、ニンマリと笑う。

 ジェシカが俺の隣にやって来た。


「どうしたの? 楽しそうだね?」


「バルバルがもっと大きくなる方法を、アトス叔父上と話していたよ。海路を使って交易をして、儲けるんだ!」


「ふふ、良いわね! 海は私たちの物ね!」


「そうさ!」


 まだ、空は明け切らず星が見えた。

 海風が帆を膨らませ、波頭を船首が切り裂き、俺たちの船は滑るように海の上を走る。


 ロッソがよく通る声で叫んだ。


「陽が昇るぞ!」


 真っ赤な太陽が水平線に姿を現した。

 陽の光が暗い海をあざやかなブルーに変えて行く。


 太陽は昇る。

 俺には、太陽がバルバルの未来を明るく照らしているように思えた。


 ジェシカの言う通りだ。

 海は俺たちの物だ!



 ―― 第三章完 ――



◆------------作者より------------◆


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