第45話 北方の商人との出会い

「オーイ! あんたら、俺たちを追い抜いた船だろう?」


「ん? あんたらは……」


 隣の埠頭に停泊している船の上から、商人風の男が手を振っている。

 俺に話しかけた言葉は、なまりの強いアルゲアス王国語だ。


「隣の船は、二日目に追い抜いた商船ですね。我々より半日遅れて港に到着したのでしょう」


 船長候補のガウチが俺の横にやって来て教えてくれた。

 本当だ!

 このずんぐりとしたシルエットの船は、見覚えがある。


 俺はアルゲアス語で、隣の船に乗る商人風の男に呼びかけた。


「おう! 覚えているよ! 今から晩メシだが軽く酒でも飲みながら一緒にどうだ?」


「お! いいね!」


 俺たちは埠頭にテントを張り、宴会を始まめた。

 たった三日とはいえ、処女航海の往路を無事に航行したのだ。

 帰りに備えて、仲間たちの気持ちを少し緩めてあげなければならない。


 どんちゃん騒ぎの中に、隣の船の連中が三人やって来た。

 俺はアルゲアス語で自己紹介する。


「よく来たな! 俺はバルバルのブルムント族族長ガイアだ! こっちは叔父のアトス、妻のジェシカ、相棒のロッソだ」


 隣の船の連中を招いたのは、情報収集が目的だ。

 あわよくば、岩塩と酒を売りたい。


 交渉に強いアトス叔父上、マナーとして妻のジェシカ、用心棒としてにらみをきかせるロッソ、この三人に同席してもらうことにした。


 俺に話しかけた男が、なまりの強いアルゲアス王国語で自己紹介する。


「お誘いに感謝する。俺はノルン王国から来た商人のトロンだ。こいつは助手のオッド。こっちは狼族クヌートだ」


「さあ、座ってくれ! 屋台で買い込んだ食い物とエールだが、遠慮なくやってくれ!」


 俺は友好的な雰囲気を醸し出しながら乾杯の音頭をとった。


 商人のトロンは、四十才くらいだろう。

 丸顔で恰幅がよく、ゆったりとした服を着て笑顔を絶やさない。


 助手のオッドは、二十才をちょっと越えたくらいか。

 細身だが、肩幅があるので、海で鍛えられたとわかる。


 狼族のクヌートは、最初は視線鋭く警戒していたが、エールを一口飲んだら、大分やわらかい雰囲気になった。

 大トカゲ族のロッソと腕の太さを比べたりしている。

 きっと気の良い獣人なのだろう。


 アルゲアス王国語が話せるのは、トロンとオッドだ。

 俺、トロン、オッドが主に話して、時々仲間に通訳する。


 トロンは俺たちの船、ロングシップに興味があるらしい。


「あんたらの船は、良い船だな! 船足が速い!」


「ありがとう。完成したばかりの船だ」


「なるほど! 最新式か!」


 船の中を見せろと言われたが、秘密だと断った。

 竜骨――キールや船体の板のつなぎ方など、この世界では見たことがない技術を取り入れているからだ。


 海では新参者のバルバルだ。

 今後、情勢が荒れてきた場合に備えて、造船技術は秘匿しておきたい。


 船の中を見せるのを断ったが、トロンは、あきらめきれないようだ。

 ロングシップについて質問が続く。


「どこで造った船なんだ?」


「俺たちバルバルが造った」


「そう! そのバルバルだ! 聞いたことがないぞ! どこの国だ?」


 トロンは、オーバーアクションが好きなようで、両手を大きく広げて『知らないぞ~』とアピールする。

 その姿がユーモラスで、ジェシカがクスクス笑った。

 俺とアトス叔父上も、ニッコリだ。


「ヴァッファンクロー帝国の北だ。ここ交易都市リヴォニアから、西へ真っ直ぐ行くとバルバルの領地だ」


 俺は地面に指で地図を描きながら説明をした。

 三人とも船に乗っているので、俺の説明で位置関係を把握したようだ。


 トロンが首をひねる。


「ええ……。そんな場所には、町も港もなかったはずだ。魔物が巣くう場所だと思うが?」


「その魔物を俺たちバルバルが追い払って領地にしたのだ」


「ほう!」


 トロンが感心したように、ひと声発してエールを口にした。

 ジョッキに口をつけるために顔を下げたが、目は『儲け話になるかな?』と期待しているのが見えた。


 俺はトロンたちから情報を得ようと話をふった。


「ノルン王国というのは、どの辺りなんだ?」


「ここから北西に船で四日ほど行ったところにある}


 船で四日か。

 割と近い。


「寒そうだな」


「そうだな。冬は寒い」


「港は凍るのか?」


「いや、海は凍らない。俺たちは冬でも船を出すぜ」


 トロンが不敵な笑みを浮かべた。

 もしも、冬の海に投げ出されたら、命はない。


 危険な冬の海でも船を出すということは、船乗りとして相当自信があるのだろう。


「リング王国へも行くのか?」


「うむ、リング王国は取引相手だ」


 俺はノルマン子爵から譲られた地図を思い浮かべ、交易都市リヴォニアとリング王国との位置関係から、ノルン王国の位置を推測した。


 来年の夏にでも行ってみよう。


 しかし、トロンはあまり良い情報をくれない。

 俺の質問に対して、必要最低限の答えしか返さないのだ。


 どうしようかなと思っていたら、助手のオッドが、がっついてきた。


「なあ、あんたらバルバルは、どんな物が交易品だ?」


 トロンが、軽く舌打ちしたのを俺は聞き逃さなかった。

 トロンとしては、もっと俺をじらして交渉を有利にしたかったのだろう。

 だが、助手のオッドの方がじれてしまった。


 俺は助手のオッドに感謝した。


「色々あるが、今日持ってきているのは岩塩とブランデーという酒だ。試してみるか?」


「おう! 頼む!」


 俺はロッソに頼んで、船から岩塩とブランデーの樽を持ってきてもらった。

 岩塩は現物の塩の塊を見せ、少し削って味見させた。


「うちの岩塩は、味がまろやかなんだ」


 トロンと助手のオッドは、うんうんと首を縦に振っている。

 味には納得してもらえたようだ。


 続いてブランデーをカップに注いで出した。


「この酒は量が取れないので、一口ずつにしてくれ。香りを楽しむのを忘れるなよ」


 トロンがブランデーの匂いをかぐ。


「ほう! 良い香りだな!」


 続いて、ブランデーを口に含むとトロンの両目がカッと見開かれた。


「××××××!」


 何か叫んでいるが、アルゲアス王国語ではない。

 知らない言葉だ。

 多分、ノルン王国語だろう。


 続いて助手のオッドもブランデーを口にした。


「×××!」


 また、何か違う言葉で話している。


 俺は、トロンたちが何を話しているか知りたいと強く思った。

 すると、『情報ダウンロード』が始まった。


 クッ……ヒドイ頭痛がする。


 だが、俺は脂汗をかきながら、笑顔を作って痛みに耐えた。

 やがて、ノルンたちが話している内容がわかるようになった。


「――だから、これは買いだろう!」


「ああ、こんな酒は飲んだことがない! 香り! 味! なんて上品なんだ!」


「ほのかな甘味もある。これを王様に献上すれば……」


「いけるぜ! トロン! 俺たちは王室御用達の商会になれる!」


 なーるほど……。

 俺は下を向いて、肉をつまみながらニンマリ笑った。


 トロンと助手のオッドは、ブランデーを相当高く評価している。

 ノルン王国の王様に献上するつもりなのだ。


 それなら、後押しをしてやろう。


 俺はさりげない風を装って、肉を口にしながらヴァッファンクロー帝国皇帝の話をした。


「このブランデーを、ヴァッファンクロー帝国の皇帝と皇太子が、いたく気に入っているんだ」


「そうなのか?」


「ああ。だからヴァッファンクロー帝国の貴族でも、なかなか手に入らない貴重な酒だ」


 そう言って、俺はブランデーの入った樽を後ろに下げた。

 トロンはエールに口をつけて、素知らぬ顔をしたが、助手のオッドは、ブランデーの樽を目で追っていた。


 バッチリ見ちゃったよ!


 助手のオッドがなりふり構わず、俺に食らいついてきた。


「このブランデーは、おまえたちバルバルの酒か?」


「いや……。アルゲアス王国の商人カラノスが取り扱っている」


 俺は出所をぼかした。

 侵略されるリスクは負いたくない。


 助手のオッドは、俺の話に納得しなかった。


「ウソだろ!? 俺たちだってアルゲアス王国の商人と取引しているが、ブランデーなんて聞いたこともないぞ!」


「南の方しか流通してないのでは? カラノスは、ヴァッファンクロー帝国の帝都に店を構えているぞ」


「帝都に!? そうか! ブランデーの出所は南か!」


 よし! 引っかかった!

 これで俺たちバルバルがブランデーの産地を押さえていることは、しばらくバレないだろう。


 助手のオッドが、あまりにもがっつく物だから、商人のトロンは苦笑いをしながら商談を始めた。


「ガイア。俺たちは、そのブランデーが欲しい。何樽ある?」


「一樽しか持ってきてない。バルバルの村まで帰れば、もう何樽か調達出来る」


「そうか、あまり在庫がないのだな」


「ヴァッファンクロー帝国皇帝が愛飲する貴重な酒だからな」


 俺は値段をつり上げるべく、出し渋った。

 トロンたちは、ブランデーをノルン王国の王様に献上して、王室御用達の称号が欲しいのだ。


 俺はじっくりと腰を据え交渉に備えた。

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