第44話 交易都市リヴォニア

「アトス叔父上。ここは交易都市リヴォニアだと言っています」


「リヴォニア? 聞いたことがないな……」


 俺たちが発見した町は、物知りなアトス叔父上も知らない町だった。

 俺たちバルバルは、大陸南のヴァッファンクロー帝国が中心の世界に生きてきた。


 ここは大陸の北だ。

 アトス叔父上が、この町を知らないのも無理はない。


 俺は港の役人に銀貨を握らせて、色々情報を聞き出すことにした。


「このリヴォニアの町は、アルゲアス王国の一部なのか?」


「いいえ。アルゲアス王国の保護下にありますが、ここは自治都市ですよ」


 アルゲアス王国語をバルバルの言葉に通訳して、アトス叔父上や他のメンバーに聞かせる。

 俺は港の役人が言っている意味がよくわからなかったが、アトス叔父上はわかったようだ。


「なるほど。たぶん、アルゲアス王国に金を払って、一定の自治を認めてもらっているのだろう。我々バルバルがヴァッファンクロー帝国に支配されながらも、自分たちのことは自分で決めているだろう?」


「ああ、なるほど!」


 つまり交易都市リヴォニアは、アルゲアス王国の勢力圏ということだ。

 アルゲアス王国による緩い支配を受けているのだろう。


 俺は港の役人に続けて質問した。


「俺たちは、岩塩と酒を売りたい。取引相手を探しているのだが、どこへ行けば見つかるかな?」


 港の役人は渋い顔をして口を濁した。


「さて、どうでしょう。商売は信用が第一ですから……」


「一見は難しいか?」


「絶対無理とは言いません。この町リヴォニアは、この辺りで一番大きな町ですから商人は沢山います。ただ、外国人との取引は慎重ですね。あなたたちバルバルはアルゲアス王国が、立場を保障した国ではないでしょう?」


「違う。バルバルは、ヴァッファンクロー帝国の支配下にある北部部族の総称だ。アルゲアス王国と公式の交流はない」


 港の役人は両手を上にあげて肩をすくめた。

 そうか、この辺りはアルゲアス王国の勢力圏だから、ヴァッファンクロー帝国ウンヌンは使えないのか!


 俺は商店街や役場の場所を聞いて、港の役人と別れた。


「アトス叔父上、商店がある場所を聞いておきました。見張りを残して、町へ行ってみましょう」


「そうだな。町の様子を見てみよう」


 俺たちは、船に見張りを二人残して、町へ繰り出した。


 港から、ちょっと歩くと広場で青空市場が開かれていた。


「ひやかして行くか!」


「「「「賛成!」」」」


 これも立派な市場調査だ。


 青空市場では、敷物を敷いて売り物を並べただけの即席店舗が沢山出ていた。

 威勢の良いかけ声が飛び交う。


「さあ、どうだ! 北海の魚だよ! 脂がのって旨いぞ!」

「野菜はいらんか? 採れたて新鮮だよ!」

「肉の串焼きだ! さあ、いらっしゃい!」


 青空市場は食品がメインのようだ。

 屋台も出ていて、見ていて楽しい。


 青空市場を抜けて、商店街へ向かう。


 交易都市リヴォニアは、その名の通り商業が盛んな町だった。

 商店街の大通りには、荷物を満載した馬車や異国風の商人が大勢歩いている。

 商店は大店が多いようで、店構えが立派だ。


 だが、この町は、ヴァッファンクロー帝国の町のような洗練された雰囲気はない。


 活気はあるが、どこか荒々しい。

 道行く人も毛皮を羽織った蛮族風味の人が目立つ。


「アトス叔父上。岩塩や酒を取り扱っている商店を探しましょう」


「そうだな。我々が売りたいのは、岩塩や酒だ。食品商を探そう」


 仲間たちには、青空市場に戻るように告げて、俺とアトス叔父上は、食品商を探し始めた。

 しばらく歩くと、食料品を扱う商店が軒を連ねる通りを見つけた。


 俺とアトス叔父上は、商店に入ってみることにした。

 年輩の男が出てきて、笑顔で俺に話しかける。


「いらっしゃいませ。お探しですか?」


 アルゲアス王国語だ。

 俺もアルゲアス王国語で返す。


「俺はバルバルのブルムント族族長のガイアという。岩塩や酒を買って欲しいのだが、興味はないか?」


「うちは、岩塩や酒は扱っていません。他所へどうぞ」


 俺は驚いた。

 男の足元には酒樽が置いてあり、酒の匂いを発している。

 隣には、塩の入った樽も見える。


 言葉を間違えたのだろうか?


 俺は、しっかりとアルゲアス王国語で発音にも注意してゆっくりと伝えた。


「岩塩と、酒を、船に積んで、運んできた。買って、欲しい」


「うちは、岩塩や酒は扱っていません。他所へどうぞ」


 答えは同じだった。

 なぜだろう?


 とにかく買う気がないことは、明らかだ。

 俺は質問を変えた。


「知り合いで、食品や酒を扱っている商人はいないか?」


「心当たりがありません」


「そうか。邪魔したな」


 取り付く島もない。

 店を出てからアトス叔父上に、今のやり取りを話した。


「ふむ……、塩や酒は誤魔化しがきくからな。だから、初見の取引相手は敬遠されるのかもしれない」


 塩には砂を、酒には水を入れて、かさ増しする悪徳商人もいるそうだ。

 アトス叔父上も、昔、引っかかって、砂が混じってジャリジャリの塩を食わされたと、苦い顔をした。


「それでガードが堅いのか……」


「うむ。飛び込みで売り込むのは、厳しいかもしれんな。一旦、みんなと合流しよう」


 アトス叔父上の言うことは、もっともだ。

 俺とアトス叔父上は、青空市場が開催されていた広場に戻った。


 広場には仲間たちがいたが、所在なげにしていた。

 特に大トカゲ族のロッソがソワソワしている。

 珍しいな。


「ロッソ! どうした?」


「おお! ガイア! 船に戻ろうぜ!」


 ロッソに理由を聞くと、人数が少なくて不安だと言う。


 これまで傭兵仕事で遠征する時は、百人で動いていた。

 だが、今回は二十人で動いているので、何か争いがあった時に戦力不足だと感じるらしい。


「なるほど……。ロッソの言い分は、わかった。だが、ここは敵地じゃないぞ?」


「けどよー! 味方の町でもないだろう?」


「むっ……、それはそうだ」


「ガイア! 船がなくなったら帰れない! ここから俺たちの住んでる村まで、陸路は無理だろう? だから、船から離れたくないんだ!」


 ロッソが、ここまで弱気なのは珍しい。

 周りを見ると、他のメンバーも同じ意見のようだ。


(新しい町に到着した興奮は冷めて、知らない土地の不安が大きくなったのか……)


 俺は、みんなの心情を理解した。

 見張りを二人残してきたが、積み荷を狙われて、船に火でもつけられたら大変だ。


 俺はロッソの意見を受け入れた。


「わかった! 船に戻ろう! みんな! 屋台で食い物と酒を調達しろ!」


 ワッと仲間が騒ぎ出し、それぞれ気になっていた屋台に突撃した。


 船旅は、難しい。

 俺は航路開拓や交易する目的があったので、目的達成ばかり考えていた。

 船員が俺と違う心情だとは、思い至らなかった。


(大航海時代の船長たちは大変だったろうな……)


 俺はコロンブスやバスコダガマの苦労が、ほんの少しわかった。


 港に戻ると夕方だった。

 俺たちは、ロングシップからテントを取り出し、埠頭の邪魔にならない場所にテントを張って野営の支度をした。


 すると、隣の埠頭に止めている船から声がかかった。


「オーイ! あんたら、俺たちを追い抜いた船だろう?」

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