第43話 処女航海
夏の終わりに、俺たちの船が完成した!
バルバル製の船、第一号だ!
三日間のテストを行ったが、船にも乗組員にも問題はなかった。
そこで、俺たちは、探検航海に出発することにした。
二年前にノルマン子爵から手に入れた地図によれば、ここから東へ行くと陸地がある。
たぶんアルゲアス王国の北側だ。
町を見つけて、新航路、交易ルートを開拓したい。
春の初めは海が荒れていたが、夏が近づくと海はだんだん穏やかになった。
今は夏の終わりだが、まだ、海は穏やかだ。
海水は温かいので、誰かが落水しても低体温で死ぬことはない。
処女航海の条件としては、最高だろう。
「よーし! 船を出せー!」
「「「「「おーう!」」」」」
俺のかけ声で、バルバルの即席船乗りたちが、ロングシップを砂浜から押し出した。
海岸から押し出した船に飛び乗り、次の指示を出す。
「メインマストに帆をかけろ!」
ロングシップ――バイキング船に大きな帆が展開された。
風が吹き付けて、帆が大きく広がる。
船足が一気に上がって、俺たちのロングシップは東へ向けて出発した。
「ガイアよ! 良い船だな!」
アトス叔父上が誇らしげに胸を張る。
ヴァッファンクロー帝国のガレー船に比べれば小さな船だが、このロングシップはバルバル自前の船なのだ。
俺も誇らしい気持ちだ。
「アトス叔父上。岸から離れたので、波が高くなります。座って下さい」
「おお! わかった!」
岸から離れると波が高くなった。
だが、さすがはバイキング船だ。
びくともしない。
俺は舵を操作する大トカゲ族族長ロッソのそばに移動した。
舵は船の後方にあり、海中にある板と木の棒でつながっている。
力がある者でないと制御できないのだ。
「ロッソ! どうだ?」
「問題ねえ。練習と同じだ」
俺たちは、陸地を南に見ながら東へ進んでいる。
進行方向右が陸地だ。
船体前方に立つブルムント族の男が、大きく手を振った。
何か俺に伝えたいらしい。
海風を切り裂く塩辛声が聞こえてきた。
「ガイア! もっと沖へ出ろ! 潮が東に流れている! 潮に乗れ!」
「了解だ! ロッソ! 船をもっと沖へ向けろ。進行方向の左だ!」
「ええと……こっちだな!」
ロッソが慎重に舵を動かし、ロングシップがゆっくりと進行方向を斜め左に変える。
まだ、みんな操船に慣れていないから、おっかなびっくりだ。
すぐに東へ流れる潮をつかまえた。
ロングシップがグンと加速する。
ロッソが感心して目をむいた。
「あいつスゲエな……! 潮の流れが見えるのか……!」
「ああ、ガレー船に乗っていたからな」
今日の乗組員は二十人。
主なメンバーは、俺、アトス叔父上、エルフ族で俺の嫁ジェシカ、エルフ族族長のエラニエフ、大トカゲ族族長のロッソと補佐役のドライだ。
他のメンバーは、ガレー船に乗っていた者と希望者から選抜した。
さっき潮の流れに気が付いた男はガウチという名だ。
ガウチは、奴隷としてヴァッファンクロー帝国のガレー船に十年以上乗っていた。
だが、俺が奴隷から買い戻したことで、ガウチはバルバルに戻ることが出来た。
ガウチは、俺への忠誠があつく、海に詳しいので、船長候補として期待している。
航海初日は順調に進んだ。
風は西から東へ、進行方向へ吹いていた上に、潮にも乗れた。
ガウチは、自信に満ちた目で俺に告げた。
「かなりの距離を稼げました」
安全な浜辺を見つけて、俺たちは船を浜辺に着けて野営をした。
今回は処女航海、それも航路開拓を目的に未知の海を航海するのだ。
食料や水を入れた樽は多めに積み、水魔法が使えるエルフに乗り込んでもらっている。
交易品は、岩塩とブランの木から採れる酒『ブランデー』を一樽ずつ積み込んだ。
町を見つけたら、売り物になるかどうか確かめるのが目的なので、最悪失ってもあきらめがつくように一樽ずつ。
硬貨は、ヴァッファンクロー帝国、リング王国、アルゲアス王国の硬貨を積み込んだ。
さて、町を見つけて新航路開拓が成功するかな?
俺は期待と不安がないまぜになった気持ちで眠りについた。
*
――二日目。
二日目も良い風をつかまえた。
潮にも乗り、ロングシップは、快足ぶりを発揮している。
昼過ぎになると進行方向左、北の方に船が見えた。
船体の長さは、俺たちのロングシップと同じくらい十七、八メートルくらいだ。
ずんぐりとしたシルエットの帆船でマストが一本。
小型の商船だ。
エルフ族のジェシカが、俺に抱きつく。
「ガイア! 船よ!」
「ああ! あの地図は間違っていなかった!」
二年前にノルマン子爵から手に入れた地図は、大当たりだ!
船がいるということは、ここは航路ということだ!
俺たちのロングシップは船足が速く、商船に追いつきそうだ。
船体前方にいるガウチが、大声で指示を出した。
「両手を振れ!」
ガウチは商船から見えるように、大きくゆっくり手を振った。
俺もガウチの真似をして、大きくゆっくり手を振る。
エルフ族のジェシカも真似をする。
「ガイア、これは何?」
「多分、あの商船に、『危害を加えるつもりはない』、『友好的な船だ』と伝えているのだろう」
「ああ、なるほど!」
商船が見えるようになった。
舷側に人が十人見える。
あちらは弓を構えようとしていた様子で、慌てて弓を手放す船乗りが見えたが、すぐに俺たちと同じように両手を振り始めた。
「油断しない方が良いな……」
「そうだね。弓は手が届くところに置いておく!」
「頼むよ」
海の上では、誰も見ていない。
商船が海賊船に豹変するかもしれないのだ。
俺は笑顔を振りまきながらも、周囲に油断するなと伝えた。
*
――三日目。
「町だ! 町が見えるぞ!」
船の前方で見張りをしていたガウチが、喜びを交えて叫んだ。
みんな船から首を突き出して前方を見る。
「おお! 本当だ!」
「デカイ街だ!」
「やったな!」
立派な城壁、沢山の建物、尖塔、そして石造りの埠頭が遠くに見えた。
アトス叔父上が、満面の笑みで俺に話しかける。
「ガイアよ! 意外と近かったな!」
「風と潮に恵まれましたから。歩いたら相当な距離ですよ」
「うむ、そうだな。船を使えば、交易がはかどりそうだな! ワハハハ!」
アトス叔父上の笑い声に、周りも釣られて笑う。
港が近づいてきたので、俺たちは横帆を畳んで、オールを使ってゆっくりと操船する。
やがてロングシップは、石造りの埠頭に接岸した。
埠頭に接岸すると、きれいな服を着た男が近づいて来る。
「私は港の役人です。船長はどなたですか?」
アルゲアス語だ。
多少訛りはあるが、十分聞き取れる。
俺はアルゲアス語で返事をした。
「船長は俺だ! バルバルのブルムント族族長のガイアだ!」
「えっ? バルバル? バルバル……、ブルムント族……、知らないなあ……」
港の役人は、俺たちのことを知らないようだが、無理もない。
今まで、まったく交流がなかったのだ。
「ヴァッファンクロー帝国の北側に住んでいる。交易がしたくてやって来た」
「そうですか。交易目的なら歓迎しますよ! 許可証を出すので、銀貨五枚をお願いします」
「アルゲアス王国の銀貨か? ヴァッファンクロー帝国の銀貨はダメかい?」
「ヴァッファンクロー帝国の銀貨は、あまり使われないですね……。そうですね……。両替の手数料込みで、十枚なら受け付けますよ」
どうやら、この町ではアルゲアス王国の通貨が、主要通貨らしい。
俺はアルゲアス王国の銀貨を五枚差し出した。
役人は羊皮紙の切れ端に、日付とサインを入れると俺に寄越した。
これで一月港に滞在できるらしい。
そして、町の名前を告げた。
「交易都市リヴォニアへ、ようこそ!」
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