第41話 スキルのバージョンアップ

 制圧した荒れ地を抜けると波の音が聞こえてきた。

 俺は足を速める。


「オイ! ガイア! 待てよ!」


「ガイア! 待って!」


 ロッソとジェシカの声が聞こえるが、俺は前を見て一心に走っていた。

 俺の耳には、大きくなる波の音が響いている。


(あの林の向こうだ!)


 俺は一気に林を駆け抜けた。

 林を抜けると岩場が広がり、その先には――。


「海だ!」


 海風が俺の頬をなで、岩場にぶつかった波が白いしぶきを上げている。

 俺は岩場から身を乗り出して、そっと手を海に浸してみた。


 まだ春になったばかり海水は冷たい。

 濡れた手を口元につけると、塩辛かった。


 間違いなく海だ!

 北側の海岸線に到着したんだ!


「おお! スゲエ!」

「やった! 海だね!」


 ロッソとジェシカが俺に追いついた。

 続けて、バルバルの攻略部隊も追いついてきた。


「うお! 本当に海があるぜ!」

「俺たちの住んでる村から北に来て……スゲエ! こうなってたんだ!」

「ここが目的の場所だろ!?」


 俺は仲間たちに振り向いて、両の拳を振り上げた。


「ああ、そうだ! 俺たちは、やったんだ! やり遂げたんだ!」


「「「「「うおー!」」」」」


 ひとしきり騒いだ後、俺たちは周囲の探索を始めた。

 俺は目視とスキル『スマッホ!』の情報を照らし合わせて、慎重に現状確認を行う。


 海にたどり着いたことで興奮していたが、ここは初めての土地なのだ。

 何が起るかわからない。


 ざっと辺りを一回りしたが、危険は見つからなかった。

 魔物は討伐済み。

 大きな穴など危険な場所は見当たらない。


 このエリアの資源は、木材と海中の魚や貝類だ。

 海の魚が手に入るようになるのは大歓迎だが……、問題がある。


 改めて海を見ると、波が高いのだ。

 沖へ目をやると、波がうねっていた。

 海が荒れている。


 ノルマン子爵からもらった地図によると、この辺りは大きな湾か内海だ。

 これほど荒れているとは思わなかった。


 前世日本では、海難事故が起きて、海上保安庁のレスキュー隊が救助したというニュースを何度か目にした。


 当然ながら、この世界には海上保安庁なんていないし、救助するヘリコプターもない。


 この荒波に船を乗りだしても大丈夫だろうか?

 俺は強い不安を感じた。


 だが、海の知識があまりないジェシカやロッソは、海を見てもはしゃぐだけだ。


「ガイア! 凄い海だ!」

「おい! 早くボートを持ってきて、海へ繰り出そうぜ!」


 以前、ヴァッファンクロー帝国の依頼でガレー船に乗ったが、あの時は海が非常に穏やかだった。

 二人とも海の怖さを知らない。

 そもそも海難事故を想像出来ないのだろう。


 俺は強い口調で二人を止めた。


「いや、ダメだ。ボートで漕ぎ出したら、あっという間に転覆だ。溺れ死ぬぞ!」


「「えっ!?」」


「波を見てくれ。凄くうねっていて、大きいだろう? あれは海が荒れている証拠だ。岩場にぶつかる波の衝撃も凄いだろう? あんな波がボートにぶつかったら、間違いなくひっくり返る!」


「あ……」

「そうなのか? ヤバイのか?」


 俺たちは、木製の川で使う小さなボートを持ってきている。

 小さなボートで、この荒海に出れば間違いなく死ぬ。


「ヤバイなんてもんじゃない。大きなガレー船でも、厳しい天気だ」


「ガレー船でもか!?」


「ああ、波が高いとオールが波に取られてしまう。オールで漕ぐことが出来なくなって、前に進まなくなる」


「ええ!?」


 ガレー船は、風がなくても前に進める便利な船だが欠点もある。

 波の高い海では、オールが役に立たなくなるのだ。

 地中海のような穏やかな内海では使い勝手が良いが、波の高い荒海で運用するのは厳しい。


 ジェシカとロッソは、この荒海の大変さが理解出来たようで顔色を変えた。


「オイ! ガイア! じゃあ、海に来たけど、海には出られないのか?」


「ロッソ。この荒海を乗り越えられる船が必要だ」


「それは、どこにあるんだ? 誰か売ってくれるのか?」


「……」


 俺は、ロッソの問いに答えられなかった。


 荒波に負けない丈夫な船が必要だが、俺はこの世界に転生してからガレー船と漁師が使っていた小さな船しか見たことがない。

 買うにしても、物がなければどうしようもない。


 自分たちで作るか……と一瞬考えたが、設計図もなしに丈夫な船が作れるわけがない。

 参ったな……船の作り方なんてわからない……。


 ――船の作り方を知りたい。


 俺がそんなことを考えたら、急にスキルが発動して『情報ダウンロード』が始まった。

 俺の頭の中に、情報が一気に流れ込んでくる。

 激しい頭痛が俺を襲う。


「オイ! ガイア! どうした!?」

「ガイア!? 大丈夫!?」


 ロッソとジェシカが俺の顔色が悪くなったのを見て心配し始めた。

 俺は激しい頭痛を堪えて、声を絞り出す。


「まだ……、本調子じゃないみたいだ……。ちょっと……休むよ……」


 俺は岩場から離れて、横になった。

 しばらくすると『情報ダウンロード』が終わり、頭痛もおさまった。


 あれっ!?

 船の作り方が……頭の中に入っている……。

 戦闘力の高いガレオン船や快速のクリッパーまで、木造船の作り方は全て分かる。


 これは、どういうことだろうか?

 俺が欲しいと思った知識が、頭の中に入ってきた。


 さては……!


(これが天使の言っていたアプリのバージョンアップか!)


 言語だけでなく、欲しい技術情報をダウンロード出来るのか?


 俺はいくつかの情報取得を試してみた。


 港の作り方、道路の整備、炭の作り方、鉄の生成、鍛冶の方法など、バルバルにはないが、外国は持っている技術や現在の技術で出来そうなことは『情報ダウンロード』出来た!


 ダメだったのは、スマートフォンの作り方、コンピューターの作り方、無線機の作り方など、現在のこの世界の技術では、明らかに実現出来なさそうな事柄だ。


(それでも十分だろう!)


 これまでは『情報ダウンロード』で、知らない言語を話せるようになっていたが、バージョンアップしたことで、バルバルになかった技術を得られる!


 俺は心の底から、天使と神様に感謝した。


「ガイア……具合はどう?」


 エルフ族のジェシカが、心配そうに近寄ってきた。

 ああ、いけない!

 俺は攻略部隊とこの地域を制圧したばかりだった。


「ジェシカ。もう、大丈夫だよ。心配かけたね」


 俺はジェシカの頬にキスをしながら、どんな船を作ろうかとワクワクしていた。

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