第36話 ノーマネーでフィニッシュです
敵将バートレットを討ち取ったことで、勝負は決した。
敵軍は戦う理由を喪失したのだ。
バートレットを支援していたヤーナ伯爵と戦場で対面したが、軽く脅したら腰を抜かして自領へ引き上げていった。
ダッシュで!
ああ、無能で良かった!
有能なヤツなら、リオン君を打ち倒して、ノルマン子爵領を強奪していたかもしれない。
城を囲んでいたのは、ほとんどヤーナ伯爵の手勢だったようだ。
ヤーナ伯爵が引き上げると、城を囲んでいた兵士たちもヤーナ伯爵領に帰っていった。
さあ、集金タイムだ!
*
「えっ!? 金がない!?」
朝になり、俺とアトス叔父上は、バルバル諸部族の族長を引き連れてノルマン城に入城した。
リオン君たちノルマン子爵家の面々と面会したのだが……。
面会の場で、『お金がない』と衝撃的な発言が飛び出した。
会話はリング王国語で行われているので、バルバル傭兵軍側は俺しか会話の内容がわからない。
これ……通訳するの?
金がないから、傭兵仕事の報酬が出ないって仲間に伝えるの?
(絶対暴れるわ! ノルマン子爵領で強盗を始めるぞ!)
俺はこれから起るであろうことを想像して、冬にもかかわらず汗をガンガンかいていた。
面会の場は、ノルマン城の大広間だ。
ノルマン城は城といっても平地にある小城なので、バルバル傭兵軍の兵士たちは城外で野営させた。
夜間作戦を終えた後なので、みんな泥のように眠っている。
俺たち責任者は、眠い目をこすってノルマン城に登城したので、各族長は寝不足と疲れで甚だ機嫌が悪い。
(通訳したくねえ……)
俺は、もうちょっとがんばって、自分で交渉することに決めた。
交渉相手は、リオン君ではない。
リオン君は、まだ、八才なのだ。
戦に勝ったと聞いて無邪気に喜び甲高い声で『ありがとう!』と礼を述べた。
いや、微笑ましかったよ。
微笑ましいよ。
でも、お金下さい!
お金ぇ~~~~!!!!
金ぇ~~~~!!!!!!!!
さて、交渉相手はリオン君の母親であるマーガレット殿だ。
マーガレット殿は、『若い母親』といった印象で、豊かな体をドレスで包んでいる。
そんなドレスを着ているのだ。
本当に『文無し』であるはずがない。
マーガレット殿と銭闘開始だ!
「マーガレット殿。俺たちバルバル傭兵軍は、手付金しか受け取っていません。ちゃんと報酬を下さい。お金を払って下さい」
俺がリング王国語で、かなりダイレクトな要求をすると、マーガレット殿は目を白黒させた。
「えっ!? あなたたちは、忠義の軍ではないのですか!? お金を取るのですか!?」
「忠義の軍!?」
忠義の軍という、バルバル傭兵軍から最も遠い言葉に、俺は困惑した。
マーガレット殿に説明を求める。
「あの……忠義の軍とは?」
「あなたたちバルバル傭兵軍は、ヴァッファンクロー帝国のムノー皇太子を守って、敵の包囲を突破し、無事帝都に送り届けた忠義の軍だと聞いています」
「……」
どうやら、俺たちバルバル傭兵軍のエピソードが他国にまで伝わっているらしい。
なるほど。確かに行動だけ見れば、俺たちバルバル傭兵軍は、忠義の軍に違いない。
だが、誤解がある!
忠義の軍――それは誤解なのだ!
誤解は正さなければならない。
俺は深くため息をつくと、ゆっくりとマーガレット殿に説明をした。
「前半は正しいですが、後半は間違っていますね。忠義でムノー皇太子を助けたわけではありません」
「では、どうしてムノー皇太子を助けたのですか?」
「料金分の仕事をしただけです」
「……」
俺が淡々と『仕事としてやった』と告げると、マーガレット殿は無言で考え込んだ。
俺たちバルバル傭兵軍の立ち位置や、ムノー皇太子を助けた脱出作戦の事実がわかったらしい。
俺は、さらに事実を告げる。
「ついでに言うと、料金以上に大変だったので、帝国には追加料金をお支払いいただきましたよ」
「それは……おいくらほど?」
「帝国には、税の免除をお願いしました。各貴族家からは金貨の詰まった袋をいただきましたよ」
「それほどですか!」
「ヴァッファンクロー帝国の皇太子や側近たちの『命の値段』ですから。安いくらいだと思いますよ」
マーガレット殿は、完全に沈黙した。
俺は、最後にダメ押しの一言を告げる。
「我々はプロの傭兵軍ですから。命がけの戦働きには、正当な対価を要求します」
しばらく沈黙が続いた。
リオン君は、不安げにキョロキョロと視線を動かし、マーガレット殿の額には汗が浮かんだ。
「ガイア殿……。貴軍がプロであることが……、よくわかりました……。それで、大変申し上げにくいのですが……、本当にお金がないのです……」
「えっ!?」
「恥をさらすようで大変恐縮ですが、主人の……、ノルマン子爵の治療費がかさんで、我が家は借金まみれなのです……」
「はっ!?」
えっ……、マジなの……!
マジでお金がないのか!
どうしよう……料金が回収できない!
俺は顔から血の気が引いていくのを感じた。
「ガイアよ。どうしたのだ?」
俺の様子を見て心配したアトス叔父上が、バルバル語で声を掛けてきた。
俺は小声で、他の部族長たちに聞こえないように、事情を説明した。
――金がないと。
「なるほど……。ノルマン子爵の治療費に、金を使ってしまったのか……。どうやら本当にないようだな」
「ええ。どうしましょうか? 分割払いとか?」
「いや、分割は止めた方が良い。集金の手間がかかるし、遠方だと約束が守られるとは限らないからな」
「うーん……」
俺とアトス叔父上のヒソヒソ話を、マーガレット殿は不安そうに見ている。
幸いなことに各部族の族長は、眠気でうつらうつらしているので、多分、この会話は聞かれていない。
特に大トカゲ族のロッソは、立って目を開けたままイビキをかいている。
聞かれたら、族長たちが騒ぎ出すからな。
そのまま寝てろ!
「アトス叔父上、何か良い知恵はありませんか?」
「そうだな…、物納しかあるまい」
「物納?」
アトス叔父上によると、今回のようなケースは時々発生するそうだ。
雇い主が傭兵料金を支払えない場合は、金の代わりに何か価値のある物を受け取るそうだ。
「価値のある物というと……金とか? 宝石とか?」
「そうだ。貴金属や宝石は、高く売れる!」
よし……その線で行こう!
俺は言葉をリング王国語に切り替えて、金銭の代わりに物での支払いも受け付けると告げた。
マーガレット殿は大喜びで、『執事のセバスチャンに城の中を案内させる』と言い、リオン君を連れてさっさと引っ込んでしまった。
当主ノルマン子爵の看病があると、体の良い言い訳をして引っ込んだのだ。
後に残されたのは、引きつった笑顔で俺に頭を下げる初老の執事セバスチャンだった。
「セバスチャン。宝物庫や金庫はないか? 宝石や金があれば、傭兵料金の代りとして回収したい」
「申し訳ございません……。そういった換金出来る物は、既に換金し旦那様の治療費に充ててしまいました」
「えっ!? じゃあ……、この城に金目の物は……、ないのか?」
「ウィ! ムッシュ!」
これ……傭兵料金の回収……出来るのかなぁ……。
俺の頭の中に、前世日本で有名な台詞が浮かんだ。
『ノーマネーでフィニッシュです……』
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