第35話 ツイてなかったな! ドンマイ!

 丘を登り切ると、丘の下に敵の本陣が見えた。

 俺は味方のバルバル傭兵軍本隊八十に向かって、声を張り上げた。


「行け! 一気に丘を駆け下れ! 稼ぎ時だぞ!」


 俺の声にバルバル諸部族が応え、鬨の声を上げる。


「ウヒョー!」

「ウラウラ!」

「ラララララ!」


 各部族独特の叫び声を上げて、一気に丘を駆け下る。


 俺は先頭を駆けながら、スキル『スマッホ』で、敵将バートレットの位置を確認する。

 本陣中央にいるな……。

 あの大きな天幕か!


 俺は、目視でアタリをつけた。

 横を走る大トカゲ族のロッソとエルフ族のジェシカに怒鳴る。


「狙いは、中央の天幕だ!」


 二人から気合いの入った声が返ってくる。


「中央ね! わかったわ!」


「了解だ! 露払いは任せろ!」


 エルフ族のジェシカは、走りながら弓に矢をつがえた。

 丘を駆け下り手元が揺れるのもお構いなしに、二連射する。

 俺たちの突撃に気づいた見張りの兵士が倒れるのが見えた。


「命中! さすがだ! ジェシカ!」


「とばすわよ!」


 一気に本陣に突入する。

 かがり火が焚かれているので、視界は良い。


 あちこちで乱戦が始まった。

 俺たちは中央の天幕を目指す。


 あと少しというところで、天幕の陰から身なりのよい剣士が現れた。


「下郎が!」


 敵の剣士は、吠えながら剣を大きく振りかぶり、俺に向かってくる。

 俺は足を緩め敵剣士に対しようとしたが、それよりも早く大トカゲ族のロッソが加速する。


「うおおおお!」


 大盾を前に掲げて、ロッソの巨体が突進する。

 敵の剣士は、ロッソめがけて剣を振り降ろしたが、大盾に弾かれた。


 ロッソは止まらない。

 勢いを殺さずに、体当たりの要領で、敵の剣士に大盾を叩きつけた。


 グワシャ!


 鈍い音とともに敵の剣士が宙に浮いた。


「グヘッ!」


「寝てな!」


 ロッソに吹き飛ばされた剣士は、首が明後日の方向へねじ曲がっていた。

 さらに三人新手が天幕の影から現れ、口々に騒ぎ始めた。


「敵だぞ!」

「ガブリエルが、やられているぞ!」

「手練れだ! 気をつけろ!」


 チッ!

 人が集まり始めた!

 あと少しで敵将バートレットの天幕なのに!


「うおおおお!」


 大トカゲ族のロッソが吠えた。

 新手に向かって突進し、メチャクチャに暴れ出した。

 新手がロッソから距離を取る。


「何だ!? コイツは!?」


「獣人だ! 力があるぞ!」


「ええい! 討ち取れ! グワア!」


 エルフ族のジェシカが弓を速射し、新手の一人が太ももを矢で撃ち抜かれた。

 ジェシカは続けて魔法を発動する。


「バカロッソ! 下がれ!」


「うるせえ! バカは余計だ!」


 後ろに飛びすさるロッソとジェシカの放った魔法が交差する。

 新手の三人に爆裂魔法が着弾した。


 ドンッ!


 一瞬、夜が明けたかと思うほどの光があたりを包んだ。

 続けて、熱い爆風が俺たちを襲う。


 俺はとっさに右手で目をかばいながらしゃがみ込む。

 同時に左手で案内人の腰帯をつかんで地に伏せさせた。


「うあああああ!」


 光と熱に驚き、俺の隣で案内人がうめき声を上げる。

 目線を上げると、炎の中でエルフ族のジェシカと大トカゲ族のロッソが仁王立ちしていた。


「ガイア! 行って! 敵を引きつける!」


「ガイア! ここは引き受けた! 首を取れ!」


 二人の姿に、ブルリと俺の体が震えた。


「任せたぞ!」


 迷う暇も、悩む暇もない。

 俺は二人の声を聞いた瞬間、案内人の襟首をつかんで駆け出した。


「頭を下げろ!」


「わ、わかった!」


 俺と案内人は天幕の影に忍び、ジリジリと進む。

 敵兵はロッソたちの方へ駆けていく。


 目的の天幕が見えた!

 見張りの兵士はいない。

 ジェシカとロッソが、起こした騒ぎに向かったのだろう。


 俺は案内人と視線を合わせ、うなずき合ってから天幕の中に踏み込んだ。


「だ、誰だ!」


 リング王国語だ。

 白い厚手のゆったりとした寝間着姿の男が、俺と案内人を誰何した。

 他には誰もいない。


 俺はスキル『スマッホ』の画面をチラリと見る。


 間違いない!

 この男が、敵将バートレットだ!


 バートレットは、俺が右手に握る鉄剣を見て、頬を引きつらせ必死に叫びだした。


「誰かある! 誰かいないか! 賊だ! 助けよ!」


 俺はバルバル語で、バートレットを吐き捨てた。


「こんな男が爵位継承を狙うとはな……」


「な……、なに!?」


 戦場にあって、鎧を脱ぎ、寝間着で過ごしているとは……。

 油断が過ぎるだろう。


 オマエは、幼い甥を殺して爵位を簒奪する悪党なんだぞ。

 もっと悪党らしくしろ!


 案内人がゴクリとツバをのみ込み、バートレットを指さした。


「ガイア殿! 間違いありません! バートレットです!」


「貴様! リオンの手の者か!」


 案内人がサーベルを構えるが、人を斬ったことがないのだろう、サーベルの剣先がわずかに震えている。


 俺は左手を振って、案内人を下がらせた。


 鉄剣を真っ直ぐ構える。

 剣先がバートレットの喉元を、ピタリと狙う。


 俺の発する剣気が、周囲の空気を重ったるく変えた。

 バートレットは、顔面から汗を吹き出して、膝を震わせた。


「バルバル傭兵軍大将のガイアだ! バートレット殿! お命頂戴する!」


「や、止めてくれ! 助けてくれ!」


「ご免!」


 左足で地面を強く蹴り、右足を滑らせる。

 バートレットとすれ違うように動き、すれ違いざまに鉄剣を喉元に叩き込んだ。


 手にひどく生々しい肉の感触が伝わってくる。

 だが、人斬りの罪悪感などない。

 俺は両手に力を入れて、迷うことなく鉄剣を振り切った。


「ヒュー……」


 切り裂いた喉から空気が漏れる音は、悪魔の泣き声に例えられる。

 壊れた縦笛のような薄気味の悪い高音が、天幕の中に響いた。


「ふう……」


 俺は、ゆっくりと息を吐き、息絶えたバートレットの目を見る。

 何となく黙って首を持ち去るのは悪い気がして、俺はバートレットの死体に話しかけながら作業した。


「悪いな。これも仕事なんだ」


 鉄剣を使って、首と胴体を切り離す。

 バートレットの首を持ち上げて、俺はバートレットの首におどけて見せた。


「アンタは、ツイてなかったな! ドンマイ!」


 呆然と立ち尽くしていた案内人が、ハッとして再起動した。

 口をパクパクさせた後、一言だけ言葉を絞り出した。


「イカレてやがる……」


 敵将バートレットを討ち取られた敵軍は四散し、俺たちは、勝利した!

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