第37話 金の代わりになる物は……

『金がないから物で!』


 俺とアトス叔父上は、バルバル傭兵軍に参加している族長たちに事情を説明したが、族長たちから不満の声が上がった。


「なんだよ! 話が違うじゃねえか!」

「オイ! アトス! たっぷり儲けようと言ってただろう!」

「クソ! こんな城! 焼いちまおうぜ!」


 物騒なことを言い出すヤツが出る始末だ。

 アトス叔父上が、両手を上げて族長たちをなだめる。


「まあ、待て! 前も同じことがあったじゃないか! 前と同じように、何か金になる物を回収すれば良いのだ!」


 アトス叔父上のような年長者は、何度も傭兵仕事に赴いている。

 中には金がないのに、バルバル傭兵軍を使った雇い主もいたらしい。

 それでも、『価値のある物』を回収して、タダ働きは回避した。


 年輩の族長が、ため息をつきながら状況を受け入れる発言をした。


「まあ、しゃあねえな。そういうことなら、さっさとブツを見つけようぜ」


 続いて、他の族長たちも折れた。


「そうだな……」


「なんかねえかな?」


「探すべ!」


 俺たちは、執事セバスチャンの案内で城の中を探すことにした。

 しばらくして、大トカゲ族のロッソが、何かを見つけたようだ。


「ガイア! これは金じゃねえか!」


 ロッソは、金色のドアノブを指さした。

 ロッソの発見に族長たちが沸き立つ。


「ロッソ! 良くやった!」

「ついに見つけたな!」

「クー! これで金持ちだ!」


 ドアノブか……。

 そうだね……色は金だね……。

 俺は遠い目をする。


 だが、真実をロッソに告げなくてはならない。


「ロッソ! それは金じゃない。真鍮だ!」


「えっ!? 違うのか!?」


「違う。金じゃない。銅と亜鉛を混ぜた真鍮という金属だ。黄銅ともいうな」


「そ……そんな……!」


 泣くなロッソ……。

 真実は、いつだってほろ苦い青春の味だ。


 真鍮は加工しやすくて、優れた金属なんだよな。

 日本では五円玉に使われていたし、殺菌作用があるからドアノブにはピッタリの素材だ。


 だけど、貴金属ではない。

 金や銀のような価値はない。


 族長たちもあんぐりと口を開けている。


「ええ!? これは金じゃないのか!?」

「真鍮……だとぅ!?」

「黄銅……銅なのか? じゃあ、なんで金ピカなんだ!」


 ええい!

 分からず屋どもめ!


「だから、銅に亜鉛を混ぜると、こういう色になるんだよ! だから、黄銅って呼ばれているんだよ! 金目の物じゃないぞ!」


「「「「「ガーン!」」」」」


「ガーンじゃねえよ! 次行くぞ、次!」


 ロッソは意気消沈してトボトボとついて来たが、また、何かを見つけたらしい。

 急に元気になってダッシュした。


「ガイア! この石像はどうだ? 白いから大理石ってヤツじゃないか?」


 ロッソは、ロダンの『考える人』の出来損ないみたいな白い像を抱えてきた。

 どちらかというと『ふんばる人』だ。


「それは石膏だ! 価値はないぞ!」


「マジかよ!」


 石膏は骨折した時にギプスにするヤツな。

 大理石なら貴重な石ってことで価値があるけど、重くてバルバルのテリトリーまで持って行けない。


 それから何度も空振りが続く。

 仕舞には案内をしている執事のセバスチャンが、俺たちバルバルは美術品を好むと勘違いして、わけのわからない絵を持ってきた。


「こちらは、アンポーンタン・ロレンス作の絵画でございます!」


「却下だ!」


 俺は秒で断った。

 わけの分からない絵なんてお断りだよ!


 空振りが続き、だんだん族長たちが不満を口にするようになったので、俺とアトス叔父上で探すことにした。

 族長たちは眠たかったこともあり、大人しく城から出て行った。


 俺は案内をしているセバスチャンに厳しく問う。


「セバスチャン! 他に金目の物はないのか?」


「そうですございますね……。武器や防具はいかがでしょうか?」


「うーん……」


 俺は渋い返事をした。

 俺たちは既に鉄製武器を大量に入手しているし、ここリング王国で使われている武器や防具は、俺たちが身につけている物とあまり変わりがない。

 それに、昨夜の夜襲でバートレット側の兵士から鹵獲した武器や防具もあるのだ。

 報酬として受け取るには、武器や防具は微妙だ。


 俺はバルバル語に切り替えて、セバスチャンの申し出をアトス叔父上に通訳した。


「アトス叔父上、どうしましょうか? 武器や防具では……」


「そうだな……。出来れば別の物が良いが……」


「服はどうでしょう? 母親のマーガレット殿が着ていたドレスとか、高そうな服を差し出させましょうか?」


 この世界で服は、それなりに価値がある。

 工場がないので、大量生産が出来ないからだ。


「悪くはないが……。女性から服を取り上げると、我らバルバルの悪評になるぞ?」


「ああ~」


 うーん、確かに。

 子供の目の前で母親から服をはぎ取ったとか、誇張されて噂をされたら目も当てられない。


 なかなか良い物がないとアトス叔父上と頭を抱えていると廊下の奥から声がかかった。


「ガイア殿! アトス殿!」


 見ると案内人が、男性を連れてこちらに向かっている。

 案内人は、リング王国語で続けた。


「こちらは、ご当主ノルマン子爵です」


「おおっ! 具合が良くなったのか!」


 ノルマン子爵は、案内人に介助されながらも自分の足で歩いていた。

 顔色は悪くない。

 治療費に金がかかったそうだが、効果はあったのだろう。


 ノルマン子爵は、俺たちのそばに来ると深く頭を下げた。


「この度はご助力をいただき、かたじけない。妻と息子が、大変失礼をしたようだ。申し訳ない。報酬はノルマン子爵家の名にかけて、必ずお支払いする」


 話が出来そうな責任者の登場に、俺とアトス叔父上はホッとした。

 俺はノルマン子爵に、これまで家捜しをしたが価値のある物が見つかっていないと告げた。


「なるほど……。それは申し訳ない。どうやら私の治療費に金を使い果たしたようで……。うーむ……どうしたものか……」


 ノルマン子爵にも解決策が浮かばないようだ。

 このままでは、話が前に進まない。

 俺はノルマン子爵に、新たな提案を行う。


「家宝とか、先祖伝来の宝剣とか、そういった物はありませんか? それを担保にして、後払いに応じても良いですが?」


「いや、お恥ずかしながら、家宝はありません……。いや、なくはないのですが、バルバルのみなさんに価値があるかどうか……」


「拝見出来ますか?」


「ええ。では、私の執務室においで下さい」


 俺たちは、ノルマン子爵とともにノルマン子爵の執務室に入った。

 ノルマン子爵は、執務机の奥にある革張りの椅子に座る。


「それで、価値のある物とは?」


「書物です」


 ノルマン子爵は、大きな本棚を指さした。

 大きな本棚には、立派な革表紙の本や巻物が大量に置かれていた。


 これだけの本は、この世界に来て初めて見た!


 前世日本の感覚だと、個人の家にある本と同程度の量だが、この世界では珍しい。

 なるほど、これは家宝といえる。


 俺は好奇心でワクワクしているが、アトス叔父上は渋い顔だ。

 ノルマン子爵が本棚を指さしたので、言葉はわからなくても、家宝の正体が本だとわかったのだろう。


「ガイアよ! 本で腹は膨らまぬぞ! カマドのたき付けにもならん!」


「待ってください! どんな本があるのか、確かめます!」


 うーん、バルバルの中では知性派のアトス叔父上だが、それでも本の価値が情報の価値だとわからないようだ。


 俺は本棚に近づき適当に本を手に取り、目を通しては次の本を手に取った。

 リング王国語で書かれた本もあれば、知らない言葉で書かれた本もあった。

 何が書いてあるのか知りたいと思ったら、突然情報ダウンロードが発生し、倒れそうになる。

 おかげで知らない言葉で書かれた本も、何が書いてるかわかった。


「ふう……色々な本がありますね」


「五代前の当主が本好きで、買い集めたそうです。この国の本もあれば、外国の本もあると父から伝え聞いています」


「そのようですね」


 ジャンルはバラバラで、神話について書かれた本もあれば、数学についてかかれた本もある。


「むっ! これは……!」


 俺は一冊の本を開いて、手が止まった。

 その本は紀行本、各地を旅行した手記や噂話などをまとめた本だった。

 各地の名産品なども書いてある。

 特筆すべきは、折りたたまれた地図が挟まっていたのだ。


 折りたたまれていた地図をテーブルに広げてみる。


 地図はテーブル一杯の広さで、かなり大きい。

 地図のクオリティは、現代日本の物ほど正確ではない。

 略図やイラスト図といったレベルだが、それでも海岸線や山や森がわかるように描かれている。

 もちろん、手書きだ。


「ノルマン子爵。この地図を見てください。どこが、どこだか、わかりますか?」


 ノルマン子爵の執務机に地図を広げる。


「ええと……ここが我がノルマン城だ」


 ノルマン子爵は、地図の中央にある半島の付け根を指さした。

 続けて地図の説明をしてくれる。


 半島全体がノルマン子爵領で、海岸沿いには港や漁村もあるそうだ。


「それから、ここの青い色がリング王国、赤い色がヴァッファンクロー帝国だ。昔の地図だから、国境線は今と少し違う……。ガイア殿たちバルバルが住んでいるのは、この辺りだね」


 リング王国が中心に描かれた地図で、俺たちが住む大陸がどんな形かわかる。

 前世のヨーロッパ大陸に似た横長の大陸だと分かった。


 俺たちバルバルのテリトリーは、森のイラストが描いてあるだけだ。

 だが、ヴァッファンクロー帝国の北にあり、他国との大まかな位置関係は十分に把握できる。


 つまり……。

 今後、どの方向に支配領域を広げるか考える助けになる!


 この地図と本は欲しいな……!


 俺の気持ちが顔に出たのだろう。

 ノルマン子爵が交渉を持ちかけてきた。


「そこにある本で良ければ、傭兵料金としてお譲りするが? もちろん全ては勘弁して欲しい」


 俺も神話の本など、もらっても困る。

 数学の本も前世の知識があるので不要だ。


 今のところ、この地図つきの紀行本、魔法に関する本、イラストの入った植物図鑑の三冊が欲しい。

 他にも役に立ちそうな本がありそうだ。


 俺はアトス叔父上に相談を持ちかけた。

 アトス叔父上は、渋い表情のままだ。


「ガイアよ……」


「アトス叔父上。情報には、万金の価値があります! ここにある本のいくつかを譲り受ければ、バルバルはさらに豊かになります!」


「本当か?」


 俺は地図を見せながら、俺の狙いをアトス叔父上に説明した。

 最初は渋い表情をしていたアトス叔父上だが、徐々に興味のある目をしだした。


「なるほど……。我々バルバルは、岩塩とブランの木を得た。さらなる飛躍の為に、この地図や本を役立てるのか……」


「ええ。この地図が信頼できるとすれば……」


 俺は地図の上で指を動かす。

 バルバルのテリトリーから北東へ進むと、大きな湾に出る。

 大きさからすると内海かもしれない。

 内海を進めば外海に出られるのだ。


「アトス叔父上。このように森を北東へ進めば、海に出ます! 我らバルバルが海を得るのです!」


「おお! 素晴らしい!」


 ヴァッファンクロー帝国に雇われた戦では、ガレー船に乗った。

 船があれば、交易でも、戦力の移動でも、今までとは桁違いの取引が出来る。


 アトス叔父上も、本を譲り受けることに賛成してくれた。


 俺はノルマン子爵に向き直り、結果を告げた。


「それでは、ここにある本を何冊か、傭兵料金として譲り受けます」


「良いだろう!」


 俺とノルマン子爵は、笑顔で握手をかわした。

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