第32話 西からの傭兵依頼

 ――十二月末。


 俺が住むブルムント族の本村落では、チラホラと雪が舞うようになってきた。

 バルバルの諸部族は、『冬支度が順調で、今年は問題なく冬を越せそう』と話している。


 カラノスの使いが、俺たちの村に二回訪れた。

 岩塩とブランデーだけでなく、ブラッディベアの毛皮も買ってくれた。


 カラノスの使いによると、ブランデーを宮廷に納入できるようになったそうだ。

 ヴァッファンクロー帝国皇帝は、ブランデーをいたく気に入り、もっと寄越せと催促していると……。


 俺たちバルバルが、真正面からヴァッファンクロー帝国と戦っても勝てない。

 だが、弱い俺たちでも酒を使って、皇帝を弱らせることは出来る。


 普通の毒を使えばバレやすいし、バレてしまえば、俺たちバルバルは皆殺しにあう。


 だが、酒なら……。


 俺は謀略の第一ステップが成功したことに、ニンマリと笑った。


「ガイアよ! 戦だ! 仕事だぞ!」


 傭兵仕事が入ってきた。

 アトス叔父上が、ご機嫌だ。


 今度は西にある貴族家からの依頼だという。

 ヴァッファンクロー帝国の西にあるリング王国という国で、貴族家同士の争いが起きた。

 俺たちは、この争いに傭兵として参戦する。

 今回も百名規模で遠征だ。


 アトス叔父上は、すぐにバルバル諸部族に使いを出した。


『今度は西で戦争ですよ。また、がっぽり儲けませんか?』


 アトス叔父上の『直接的な』誘い文句にも、すっかり慣れてしまった。

 バルバル諸部族からの反応は良い。


 ブルムント族の本村落に続々と、バルバル諸部族の兵士たちが集まってくる。

 俺は各部族長たちと挨拶を交す。


「ガイア殿! よろしく!」

「また、勝たせてくれ!」

「一儲けしに行こうぜ!」


 族長たちが、俺の背中をバンバン叩く。

 バルバルにおいて戦に強いことは、美徳なのだ。

 俺は若造だが戦で実績を作ったので、族長たちからウケが良い。


 大トカゲ族の族長ロッソも手下を連れてやって来た。

 相棒のドライも一緒だ。


「よう! ガイア! 今度は西だって? また、勝とうぜ!」


 気心の知れたロッソ相手に、俺は軽口を叩く。


「そうだな。勝とう! まあ、この間は、最後は負け戦で脱出作戦が大変だったけどな」


「だが、バカ皇太子と貴族のバカ息子たちを助けて儲けたじゃねえか! ガハハハ!」


 大トカゲそのままの見た目をしたロッソが大口を開けて笑う。

 恐ろしさよりも、ユーモラスな感じで、俺も一緒に笑った。


「ガイア!」


 エルフ族もご到着だ。

 俺の恋人ジェシカが、俺に駆けより抱きつく。

 ジェシカを抱き返すとラベンダーの良い匂いがした。


 俺は話す言葉をバルバル語からエルフ語に切り替え、ジェシカに話しかけた。


「ジェシカ! 今回も行くのか?」


「当たり前でしょう! 私がガイアを守ってあげるわ!」


 恋人であるジェシカには、安全なエルフの村に残って欲しいが……。

 だが、ジェシカの魔法は戦力として大きい。

 来てくれるなら、ありがたく戦力としてカウントしよう。


「やれやれ、すっかり仲良しだな」


 エルフ族の族長エラニエフが、俺とジェシカの様子を見て笑顔を浮かべる。

 エラニエフは、ジェシカの叔父で後見人だ。


「戻ってきたら一緒になったらどうだ?」


「そうだな。暖かくなったら式を上げよう」


 俺とジェシカが結婚するのは、既定路線だ。

 姪の嫁ぎ先が決まってエラニエフは嬉しそうにした。


 帰ってきたら結婚か……ハッ!

 これって、フラグじゃないよな!


 俺は一層気を引き締めた。



 *



 戦地への移動は順調だ。

 ブルムント族の本村落から南下して、一度ヴァッファンクロー帝国の領地へ入る。

 すぐに北西へ転進し、海沿いの道を進む。


 海沿いの道は細く、ロバの荷車がやっと通れるほどだ。

 依頼主がつけた案内人によると、俺たちが向かっているリング王国はヴァッファンクロー帝国の西に隣接しているが、移動ルートがこの海沿いの細道しかないため侵略を受けなかったそうだ。


 海沿いの細道を抜けるとリング王国の領域に入った。

 平原が広がり、見渡す限り畑が広がっている。

 街道は広くとられ、所々街路樹が植えてある。


「アトス叔父上。リング王国は、相当豊かな国では?」


「ううむ……。そのようだな。我らバルバルは西の国とは付き合いがなかったから、知らなかったぞ! これほどの畑が広がっているとはな……」


 それに冬だというのに、農夫が農作業をしている。

 俺は案内人に聞いてみた。

 案内人はヴァッファンクロー帝国語を話せるので、ヴァッファンクロー帝国語に切り替える。


「あの農夫たちは何をしているのですか?」


「野菜の種をまいているのです」


「えっ!? 冬なのに!?」


「冬まきの野菜があるのです」


「ええっ!?」


 俺の周りには各部族の族長がいるのだが、案内人の話を通訳して聞かせると、全員驚きの声を上げた。

 冬まきの種、冬まきの野菜、そんな物があるとは知らなかったと。


 俺は再び案内人に話を聞く。


「種は春にまくものだと思っていたが、寒い時期にまくものもあるのか?」


「ええ。私は農夫ではないので詳しくは知りませんが、野菜の種類によって、春まき、秋まき、冬まきと色々あるそうです」


「ふーむ……」


 まったく知らなかった。

 前世日本でも野菜はスーパーで買うだけで、どう作られているかなんて興味を持っていなかった。

 寒い時期でも育つ野菜があるなら、種を買って帰ろう。

 バルバルの村で育つか、試す価値はあるだろう。


「いや、勉強になったありがとう」


 俺は案内人に礼を述べ、銀貨を数枚握らせた。

 案内人は、俺が礼をしたことで上機嫌になり、色々と情報をくれた。


 俺はリング王国語を情報ダウンロードして、リング王国語で案内人から詳しい情報を得た。


 俺たちが向かっているのは、リング王国の北西にあるノルマン子爵領だ。


 ノルマン子爵家では、当主が危篤状態で、後継者を誰にするかモメている。

 順当に爵位を継承するなら当主の息子リオン君だが、リオン君は八才とまだ幼い。


 そこで、当主の弟、リオン君の叔父にあたるバートレットが名乗りを上げた。

 バートレットは、隣に領地を持つヤーナ伯爵が後ろ盾になっているそうだ。


 俺が案内人の話を通訳して聞かせると、アトス叔父上は渋い顔をした。


「うーむ……。爵位継承の話は聞いてないな……。貴族家同士でモメていると聞いたのだが……」


「言葉が違うので上手く説明出来なかったそうです」


「なるほど。まあ、仕方ないか……。それで、バルバルはリオン殿に味方するのか?」


 俺は案内人に通訳する。


「そうだ。私の主人はリオン様だ。リオン様は正嫡で、母君は正室で血筋も良い」


「なるほど」


 正直、血筋とか、正当性とか、俺たちバルバルには、どうでも良い。


 気になるのは――。


『金を持っているか?』


『勝ち目はあるか?』


 この二点だけだ。


 俺は案内人を問い詰める。


「オイ! ちゃんと代金を支払ってくれるのだろうな?」


「大丈夫だ! アトスさんに、手付金を支払ったぞ!」


 アトス叔父上に確認をすると、手付金を受け取ったそうだ。

 じゃあ、支払い能力はあるのだな。


「リオン殿に勝ち目はあるのか? ノルマン子爵がお亡くなりになったら、リオン殿と叔父のバートレットで争いになるのだろう?」


「そうだ! だから、アンタたちを雇ったのだ」


「それで、勝ち目は?」


「うーん。五分五分といったところか……」


「五分五分ねえ……」


 俺たちが援軍に入って五分五分ということは、現時点ではリオン殿の方が弱いということだろう。

 こりゃ旗色が悪そうだな。


 アトス叔父上に通訳すると、アトス叔父上はしばらく考えた後、全軍に号令を出し進軍を急がせた。


「アトス叔父上。どうしたのですか?」


「ガイアよ! 現地に早く着いた方が良いぞ!」


 アトス叔父上が理由を説明し始めた。


 恐らく幼い後継者であるリオン殿が不利なのだろう。

 ならば戦いが始まる前に、俺たちバルバル傭兵軍が到着して、リオン殿の力が増したと周囲にアピールすることが肝心だ、とアトス叔父上は言う。


「なるほど……。戦いが始まる前に、こちらが有利になるようにすると?」


「そうだ。可能なら政治的に決着した方が良いだろう」


「確かに! 隣の領主、ヤーナ伯爵が援軍に入ると厄介そうですからね」


 もしも、武力衝突をすれば、リオン殿の陣営が有利だ――と、叔父のバートレットに思わせれば、戦をせずに話し合いで決着するかもしれない。


 そうすれば、俺たちは出張費だけもらって帰れば良い。

 不利な戦いで消耗しなくて済む。


 それには、俺たちバルバル傭兵軍が、戦いの始まる前に速やかにノルマン子爵領へ到着することが前提になる。


「アトス叔父上。急ぎましょう!」


「うむ!」


 ノルマン子爵領は、リング王国の北西に位置している。

 かなり遠いらしい。

 俺たちバルバル傭兵軍百名は、足を速めた。

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