第31話 ブランデーは、謀略の香り

 ――十一月下旬。


 朝に目を覚ますと寒さを感じるようになってきた。

 秋の深まりを感じる毎日だ。


 俺の住むブルムント族の村では、冬支度が進んでいる。


 力のある者は薪を割り、家の軒下に薪を積み上げていく。

 子供も近くの安全な森で枯れ枝を拾い集めて冬支度のお手伝い。

 今年はブラッディベアの毛皮が沢山あるので暖かい冬になりそうだと、村人たちは笑顔で話している。


 俺も薪割りに忙しいが、鉄製の斧のおかげで、作業がはかどっている。


 支配領域の拡張は、冬支度のため、お休み中だ。

 ブランの木から酒の実は収穫したので、また、手が空いたら支配領域を拡張しよう。


「オーイ! ガイア! 客だぞ!」


 アトス叔父上が、大声で俺を呼ぶ。

 俺は汗を拭いながら、アトス叔父上に近づく。


「客? 誰ですか?」


「カラノスだ。ほれ、アルゲアス王国との戦争で取り引きした商人だよ」


「ああ!」


 カラノス……その正体は、アルゲアス王国の軍人だ。

 商人に扮したスパイだろう。


 だが、俺にとっては、良い取引相手だ。

 ヴァッファンクロー帝国の帝都でも世話になった。


 俺はアトス叔父上と村の入り口に向かう。

 村の入り口には、カラノスと荷運びの男たちが五人いた。

 荷運びの男たちは、背負子にのった荷を降ろしているところだった。


「ガイア様! お久しぶりでございます!」


「久しいな! カラノス! ブルムント族の本村落へ、ようこそ!」


 カラノスは、干しぶどうやピクルスなど保存できる食料を担いで、商いしに来たそうだ。


「冬支度にご入り用かと思いまして。玉ねぎのオリーブオイル漬けやカブの漬物もございますよ」


 さすがはアルゲアス王国の情報担当だ。

 気が利いている。


 冬は食糧事情が厳しくなるので、保存食は大歓迎だ。

 干しぶどうは、俺の恋人、エルフ族のジェシカが喜ぶだろう。


「ありがたいな! 全て買わせていただこう!」


「では、早速商談と参りましょう!」


 俺、アトス叔父上、カラノスの三人で、俺の家に場所を移して商談だ。

 アトス叔父上が頑張って価格交渉をしているが、こんな田舎まで荷物を担いできたのだからカラノスも譲らない。


 俺はアトス叔父上に、そっと耳打ちする。


「まあ、アトス叔父上。ここは負けておきましょうよ」


「む? ガイアよ。良いのか?」


「ええ。俺に考えがあります。カラノスに、お願いしたいことがあるので」


「そうか。ならば、よかろう」


 カラノスの希望に近い価格で、商談はまとまった。


 さて……。

 俺は気持ちを入れ替えると、カラノスに新たな商談を切り出した。


「カラノスに頼みがある。それで……、俺たちブルムント族の村を見て、どう思った?」


 俺は本題を切り出さずに、遠回しに話を進めていくことにした。

 カラノスは、片方の眉毛をクイッとあげてから目をつぶり、しばらく考えてから答えた。


「そうですな……。なかなかに素朴で、味わい深い土地であると……」


「ハハハ……気を遣わなくて良いよ。貧しいだろう?」


「いや、これは……」


 俺の直截な物言いに、カラノスが苦笑する。


「気にしなくても良い。村が貧乏だから、傭兵稼業に精を出しているのだ。他国、他領に輸出する物が『兵力』しかない。俺は一族の命を切り売りしているのさ」


「族長のガイア様としては、お辛いところでございますな……」


「そうだ。そこで、俺は新しい産業を興そうと思っている。カラノスに力を貸して欲しい」


「ほう? 伺いましょう」


 カラノスが俺の話に興味を持ってくれた。

 俺は、家の奥にある倉庫部屋にカラノスを案内する。


「これを見てくれ」


「これは……! 岩塩ですか!」


 カラノスは、木樽の中にぎっしりと詰まった岩塩の塊を見て、驚きの声をあげた。

 俺は腰のナイフを抜き、手元でくるりと回し、グリップをカラノスの方へ向ける。


「品質の確認を頼む」


「では、失礼いたします」


 カラノスが俺のナイフを受け取る。

 ……と、同時に、アトス叔父上が何気ない動きで、カラノスの背後を取る。


 刃物を持ったカラノスを警戒する動きだ。

 誰であっても油断はしない。


 カラノスは、俺から受け取ったナイフで岩塩を少量削って口に運んだ。


「ほう! これは良い塩ですな! 味がまろやかで、旨味があります!」


「これを輸出したいのだが……。カラノスが扱ってくれないか?」


「では、私どもが、ガイア様の御用商人ということで、お取り扱いをいたしましょう。ヴァッファンクロー帝国は、岩塩がとれません。塩が不足しておりますからな。きっと売れるでしょう」


「それでな……、岩塩の出所を伏せて欲しい」


「えっ?」


 岩塩の出所を伏せる――俺の希望にカラノスは不思議そうな顔をする。

 俺は外国人のカラノスでも分かるように、ヴァッファンクロー帝国とバルバルの関係を含めて説明をした。


 バルバル諸部族のテリトリーには、価値のある物がない。

 だから、ヴァッファンクロー帝国は直接統治せずにいた。

 だが、岩塩が採掘出来るとなれば、占領しに来るかも知れない。


「なるほど……。ヴァッファンクロー帝国が攻め込んで来る可能性はありますな」


「そうなれば、俺たちバルバルは皆殺し。良くて奴隷だろう。そんなのは、まっぴらご免だ」


「ふうむ。それで、岩塩の出所は伏せて欲しいとおっしゃったのですね?」


「そうだ。頼めるか?」


 カラノスはアゴのヒゲを指先でしごきながら考え出した。

 俺とアトス叔父上は、カラノスの返事をジッと待つ。


 それほど悪い取引ではないはずだ。


 商売の面では、岩塩は売れる。

 カラノスが出店したヴァッファンクロー帝国の帝都でも、俺たちの岩塩は売れるだろう。


 そして、政治面でもカラノスたちアルゲアス王国に利がある。


 俺たちバルバルは、ヴァッファンクロー帝国を西側から脅かす勢力だ。

 ヴァッファンクロー帝国と対立するアルゲアス王国としては、敵の敵は味方……。

 俺たちバルバルが力をつけることは、プラス要素だ。


 単なる商人ではない、アルゲアス王国の軍人であるカラノスにとっては、良い話のはず。


 そして、俺たちバルバルは、岩塩の出所を隠してもらうことで、ヴァッファンクロー帝国の侵攻を予防できる。

 それに、ヴァッファンクロー帝国の商人は、俺たちバルバルを対等な取引相手と認めてくれない。

 岩塩を持ち込んでも二束三文で買い叩かれてしまうだろう。

 だが、アルゲアス王国商人のカラノスを経由して売れば、まともな価格で岩塩が売れるだろう。


 この取引は、アルゲアス王国とバルバルにとって、Win-Winのはずだ。


「よう、ございます! 私どもが、アルゲアス王国から持ち込んだ岩塩ということにいたしましょう」


「よし! 頼むぞ! それと、もう一つ……」


「ほう? まだ、ご商談が?」


「商談でもあるが、陰謀でもある」


「おやおや」


 陰謀と聞いても、カラノスは笑顔を崩さない。

 話を進めて大丈夫そうだ。


「この酒を試してくれ」


 俺はブランの木から回収した酒が入った樽を空けた。

 倉庫に酒の香りが漂う。


 木のカップに酒を汲みカラノスに差し出す。


 カラノスはゆっくりと香り楽しんでから、酒を口に含んだ。

 カラノスの表情が驚愕に変わる。


「やっ! これは……!」


「ブランデーという酒だ」


「こんな旨い酒は、初めてです! トロッとした甘さがありますが、酒精は強く、芳醇な香りが味わいを深めておりますぞ!」


 カラノスのお眼鏡にもかなったらしい。

 さて……、このブランデーを、どう使うか?

 俺は単なる商材にするつもりはない。


「これをヴァッファンクロー帝国の宮廷に売り込んでくれないか?」


「宮廷に……で、ございますか?」


「そうだ。このブランデーは、バルバル秘蔵の酒で量はとれない。だから、売り先を限定して欲しい」


「ふーむ……。それで帝国の宮廷に限定されると?」


「そうだ。頼めるか?」


 俺の意図するところ、俺の狙いはカラノスに伝わっただろうか?

 カラノスは、ジッと計るように俺の目を見た。

 俺も真っ直ぐにカラノスを見つめ返す。


「よう、ございます。ブランデーを帝国宮廷に売り込む件もお引き受けいたしましょう。もちろん、出所は誤魔化して」


「頼んだ!」


 カラノスたちは、俺たちの村に一泊して、翌朝早く帰っていった。

 五人の荷運びが、岩塩とブランデーの入った樽を背負って行く。


 俺とアトス叔父上は、村の入り口でカラノスたちを見送る。

 アトス叔父上は、俺とカラノスの話に何も言わなかったが、カラノスが見えなくなると俺に理由を聞いてきた。


「ガイアよ。なぜ、ブランデーをヴァッファンクロー帝国の宮廷に売ることにしたのだ? 高く売れそうだからか?」


 俺はゆっくりとアトス叔父上に顔を向けた。

 周りの村人に気が付かれないように、俺は声をひそめる。


「アトス叔父上。ブランデーは酒として売るのではありません。毒ですよ」


「なに!? 毒だと!?」


 アトス叔父上が、ギョッとして飛び退く。

 俺はニタリと笑いながら、アトス叔父上に狙いを説明する。


「アトス叔父上。思い出して下さい。帝都で活動していた時に噂を聞いたでしょう? 『皇帝の酒量が増えている』と……」


「覚えている」


「さて、酒の量が増えた皇帝……つまり酒に頼る皇帝が、今まで口にしたことがない旨い酒の存在を知ったらどうなるでしょう?」


「そりゃ、飲むだろう! ブランデーは旨い酒だ! 味わいは今までにない!」


「皇帝は体を酒におかされ、やがては……」


「死ぬな」


「まあ、そこまで上手くいかなくても、体を壊すか、判断力が鈍れば、御の字ですよ!」


「なるほど……。だから毒か……」


 酒は適量なら薬かもしれないが、量を過ぎれば毒となる。

 糖尿病や内臓疾患の原因にもなるのだ。


 俺はアトス叔父上に、静かに告げた。


「突撃するだけが、武略ではありませんよ。時間はかかりますが、まずヴァッファンクロー帝国を弱らせる……」


「ガイア……オマエは……」


「運良く皇帝が亡くなれば、後を継ぐのは、あのムノー皇太子です。帝国は混乱するでしょう俺たちバルバルが立ち上がるのは、その後です……」


「そうか……。そうだな……!」


 バルバルらしくない謀略の匂いに、アトス叔父上は身震いし、俺は頬を引き上げて笑って見せた。

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