第27話 終らない夏休み(一章最終話)

 ――八月末。


 ついに帝都から出発する日が来た。

 五月の終りにバルバルの住む森を出て、既に三月が過ぎていた。


 俺たちバルバル傭兵軍は、帝都で買い込んだ荷物を背負い、ロバの荷車にも山ほど土産物を積んでいる。


 今回の遠征では、ガッツリ稼いだので兵士たちの報酬も結構な額になった。

 兵士たちは、家で待つ家族の為に土産物を背負えるだけ買い込んだのだ。


 家族の笑顔を想像した兵士たちの声が、自然と弾んだ声になる。


「俺は、かかあに布地を買ってやったのさ!」

「ほええ! 奮発したな! 帝都の布なら、さぞ洒落ているだろう!」

「こりゃ五人目だ!」

「違えねえ!」


「ガキたちに、食わせるのさ!」

「おおっ! 砂糖菓子かい!?」

「ウチも買ったよ! 六人いるから、財布がスッカラカンよ!」

「きっと喜ぶぜ!」


 帝都には、バルバルの森にはない品が沢山あった。

 兵士たちに特別人気があったのは、女性の気をひく品だ。


 例えば……、洒落た肌触りの良い布、銀細工の髪飾り、真珠をつかった首飾りなどだ。


 俺もジェシカに、青い宝石が入ったペンダントをプレゼントした。

 帝都では時間があったので、二人の距離はさらに詰まったのだ。


 つまり……、わかるな?


 そして、俺が兵士たちに必ず買って帰れと厳命したのが、鉄製品だ。

 鉄剣や鉄槍は、戦の鹵獲品があるので、斧、ナタ、ノコギリなど、木材加工や普段の作業に使う鉄製品を買って帰るようにした。


 青銅製の斧と鉄製の斧では、作業効率が段違いなのだ。

 ロバのドンキーが牽く荷馬車に、買い込んだ鉄製品をロープで固定していると声をかけてくる者がいた。


「もう、ご出発ですか?」


 この言葉は……。

 この前まで戦争をしていたアルゲアス王国語だ。


 振り向くとアルゲアス王国の商人カラノスが笑顔で立っていた。


「カラノス!?」


「ガイア様 どうもお久しぶりです」


 アルゲアス王国の商人カラノス……その正体は、アルゲアス王国軍の軍人だ。

 俺のスキル【スマッホ!】の人物情報で知れている。


 意外と早い再会だ。


「大丈夫なのか? ここはヴァッファンクロー帝国の帝都だぞ?」


「ご心配なく。商人に国境はございません。それに両国は停戦したではありませんか!」


「まあ、そうだけどな……」


 でも、オマエは軍人じゃん!

 口にはしないがな。


「じゃあ、帝都まで出張って商売か?」


「はい。この度、帝都に支店を構えることになりました」


「メチャクチャ怪しいな……」


 絶対にスパイの拠点だと思う。

 誰だよ! こんなヤツに出店の許可を出したのは!


 俺は、ジトッとした疑惑の視線をカラノスに送るが、カラノスは飄々としている。


「税も納めますし、何も怪しくありませんが?」


「真っ黒だろう!」


 カラノスが優秀なのか、審査した帝国の文官が無能だったのか……。


「ワイロか? どれだけ積んだ?」


「ホッホッホッホッ! 嫌ですね。友好の証ですよ。まあ、大分積みましたが、これで大手を振って帝国内で商売が出来ます」


「スパイの間違いだろ?」


「ホー! ホッホッホッホッ!」


 カラノスは盛大に笑って誤魔化した。

 まあ、誤魔化しきれてないけどな。

 表情は笑っているが、目の鋭さは隠せない。


 しかし、アルゲアス王国の情報網は侮れない。

 帝都からアルゲアス王国までは、かなりの距離があるが、情報収集要員を入れてくるとは……。


 アルゲアス王国が、対帝国に力を入れているのがわかる。


 なら、商人カラノスには、メッセージを伝えてもらおう。

 アルゲアス王国の国王や王太子へ。


 俺は真面目な表情をすると、カラノスにアルゲアス王国語で告げた。


「俺たちは、傭兵だ。今回は帝国軍に雇われて戦ったが、条件が良ければ他の雇い主も歓迎するぞ。仕事は常に募集している」


 商人カラノスが探るような目をした。


「バルバルは、帝国に臣従しているわけではないと?」


「いや、今は帝国に臣従しているよ。俺たちバルバルは、帝国と戦って負けたからな。ただ、アルゲアス王国が帝国以外の国と戦うなら、力を貸すぞ。有料だけどな」


「なるほど」


「あんたと親しいアルゲアス王国の上位者に教えてやってくれ」


 商人カラノスの表情が一瞬険しくなったが、すぐに愛想の良い商人の仮面をかぶった。


「そうですね……。両者に利のあることだと思いますので、機会があればお伝えしましょう」


 ひとまず、これで良し。

 将来共闘する可能性は残しておきたい。

 打倒帝国には、使える駒は何でも使わないと。


「ガイア! 出発するぞ!」


 アトス叔父上が呼んでいる。

 俺は最後に付け加えた。


「バルバルの居住地にも訪ねてきてくれ。これから色々と面白い物が見られるだろう」


 バルバル傭兵軍の軍列が動き出し、俺も軍列に加わる。

 商人カラノスは、何も返事をせず手を振り俺たちを見送った。


 ジェシカが隣に来て、じゃれつきだす。


「ねえ。何を話していたの?」


「大したことじゃないさ。商売のことだよ」


「ふうん」


 ジェシカの胸元がキラリと青く光った。

 俺が送ったペンダントだ。

 マリンブルーの宝石が、夏の日差しを受けて鮮やかに美しく光りを放つ。


「なあ、ジェシカ」


「なに?」


「帰ったら結婚しよう」


 すっと口から言葉が出た。

 ごく自然に。

 ジェシカと結婚する。

 それが当たり前のことのように思えた。


 ジェシカは、嬉しそうな顔をしてはぐらかす。


「ふふ……まだ、早くない?」


「そうかな? 俺はジェシカと所帯を持ちたいんだ。一緒に住もう!」


「いいわよ……」


 少し照れたように、頬を赤く染めながらジェシカは、俺の気持ちに応えてくれた。

 俺は歩きながら、グッとジェシカを引き寄せた。


 俺たちの様子を見て、大トカゲ族のロッソが冷やかしてくる。


「オイ、ガイア! なんだよ、昼間からさかってんじゃねえよ!」


「ロッソ。俺はジェシカと結婚する」


「うえっ!? マジか!?」


「ああ」


 ロッソは、大きな目をこれでもかと見開くと、大きな声で叫びだした。


「オーイ! みんな! ガイアがジェシカにプロポーズしたぞ! 結婚だ!」


「ひょー!」

「やるじゃねえか!」

「おめでとう!」


 仲間から手荒い祝福を受けながら、俺たちはバルバルの森を目指す。


 日本人から蛮族に転生して、どうなるのかと思った。

 だが、仲間が出来て、恋人が出来て、俺は家族を持つ。


 かつて日本では、かなわなかったことだ。

 二度目の人生は、血生臭いが悪くない。


 空を見上げると、青い空に大きな雲が見えた。

 夏の空は、日本で見た空と違わない。


 だけど、俺の心は、かつてないほどワクワクしている。


「ああ……!」


 ――もうすぐ夏が終る。



◆------------作者より------------◆


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