第26話 ムノー皇太子を助けた褒美
――一月後。
皇帝への謁見が実現した。
謁見できるのは、俺とアトス叔父上だ。
俺はブルムント族族長とバルバル傭兵軍大将として、アトス叔父上は俺の後見役として謁見を許された。
「大義であった」
「「ははあ~!」」
以上、終わり!
皇帝と謁見は、時間にして五秒で終った。
息子の命の恩人に、この扱いである。
ヴァッファンクロー帝国のバルバル蔑視、ここに極まれりだ。
俺は怒りをグッと抑えて、別室での実務者会談に同席する。
ヴァッファンクロー帝国の高級文官が相手だ。
「さて、傭兵の報酬とは別に、皇太子殿下をお救いした褒美を差し上げるようにと、皇帝陛下からのご命令を受けています。褒美の希望は何かありますか?」
文官は淡々と話を進める。
褒美の希望は、アトス叔父上と事前に詰めてある。
アトス叔父上が、交渉役として口を開いた。
「はい。我々バルバルは、褒美として税の免除を希望いたします」
「ほう」
文官は意外そうな顔をした。
俺たちが金品を要求すると、文官は思っていたのだろう。
金は傭兵に行けば稼げる。
物は金があれば手に入る。
せっかく皇太子を助けるという手柄をあげたのだ。
金では手に入らない物を要求しようという訳だ。
アトス叔父上が、説明を始めた。
「我々バルバルが住まう北の森は、耕作地が少なく、貧しい土地です。帝国への税が払えなければ、同族を奴隷として差し出すしかありません。ですので、何卒税の免除をお願いいたします」
文官は、手元の書類に目を落とした。
俺もそっと書類をのぞき見る。
土地ごとの収穫高の一覧表だ!
ヴァッファンクロー帝国は、官僚組織がしっかりしているのだなと、改めて実感する。
「確かに、バルバルの土地は収穫が少ないですね……。では、五年間無税でどうでしょう?」
文官の言葉にアトス叔父上が、反論する。
「それは少々お安くないでしょうか? ムノー皇太子殿下のお命と釣り合いがとれているとお考えで?」
「……」
「二十年間無税で、いかがでしょうか?」
「二十年……、それはさすがに……。他の土地に対して示しがつきません。そこまで特別扱いは出来ませんよ」
アトス叔父上と文官が、激しくやり合い始めた。
税の免除――この条件は譲れない。
俺は、バルバルの居住地を発展させる構想を持っている
その為には、税の免除が必要なのだ。
税の免除は、単純に税金を払いたくないというのもあるが、それ以上にヴァッファンクロー帝国の役人が徴税に来ないようにする為だ。
ヴァッファンクロー帝国に気が付かれないように、密かにバルバルの居住地を発展させるのだ。
だから、税の免除期間は、長ければ長い方が良い。
「では、税の免除は、十五年間とします」
「「ありがとうございます!」」
アトス叔父上の勝利である。
元々バルバルの居住地は収穫高が少ないので、『どうせ税がとれても少ない』と文官が判断したのだろう。
交渉の最後でアトス叔父上が、スッと袖の下――ワイロを渡したのも良かった。
「ところで、ムノー皇太子殿下はお元気でいらっしゃいますか?」
交渉が終ったので、俺は文官にムノー皇太子について尋ねてみた。
情報収集である。
すかさずアトス叔父上が、文官に金貨を握らす。
情報料だ。
文官は澄ました顔で、内情暴露を始めた。
「ムノー皇太子はお元気だ。元気すぎて、いささか困っているな」
「と言うと?」
「酒と女が、ことのほかお好きなのだ。美食もな。ただでさえ負け戦で金がかかったのに、出費がな……。予算を預かる我々文官としてはたまらんよ」
「それは大変ですね」
ヴァッファンクロー帝国とアルゲアス王国は停戦した。
大量の捕虜を得たアルゲアス王国は、ヴァッファンクロー帝国に多額の身代金を要求したらしい。
捕虜の中には、貴族も含まれているので、帝国は断るわけにもいかない。
出費が多いにも関わらず酒と女に金を使う皇太子に、この文官殿は忌避感を抱いているようだ。
「まあ、皇帝陛下も酒を好まれるので、血であろう」
「そうなのですか? 皇帝陛下はお酒がお好きでいらっしゃる?」
「うむ。最近、酒の量が増えたと、宮廷内でもっぱらの噂だ」
負け戦のストレスか?
そう言えば……皇帝の顔色が悪かった気がする……。
酒の健康被害なら、糖尿病や肝臓病だろうか?
思わぬ情報がもらえた。
完璧で強大と思えたヴァッファンクロー帝国だが、小さいながら弱点を見つけたのだ。
「ああ、そう言えば……。皇太子殿下が、その方らバルバルの悪口を言っていたぞ。嫌われたな」
「恐れ入ります」
あのデブ!
まだ、根に持ってやがる!
俺たちは、会話を切り上げた。
さあ、これで用事は済んだ。
バルバルの森へ帰ろう。
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