第25話 What a Wonderful World

 奴隷商人の館に着くと、番頭が俺たちを迎えた。

 ここでも主は、バルバルである俺たちの相手をしないらしい。


「ご要望のあったバルバル奴隷を買い集めてきました。こちらへどうぞ」


 番頭は、俺たちを館の外へ案内した。

 俺は歩きながらヴァッファンクロー帝国語で、番頭に話しかける。


「何人集まりましたか?」


「五十人ほど」


 思ったよりも少ない。

 百人は集まると思っていたが……。


 番頭は、俺が渋い表情をしたのを見て、言葉を足した。


「帝都を中心にバルバル奴隷を買い集めました。地方へ足を伸ばせば、まだいると思いますが……」


 番頭は、最後の言葉を濁した。

 地方には、鉱山のように命と隣り合わせの労働環境が悪い職場もある。

 それに、奴隷戦士として戦争に連れて行かれれば――。


「既に死亡した者も多いと?」


「そうですね。バルバルの皆さんは、体が大きく力があるので、ハードなお仕事をさせられることが多いです。そうなりますと、事故や戦闘で死亡する者が出ることも……、仕方のないことかと……」


「わかりました」


 要は、使い捨てにされて死んだのだ。

 こき使われて死んだのだ。


(仕方のないことか……。割り切れるものかよ!)


 元日本人のとしての俺が理屈として頭で状況を理解するが、バルバルとしての俺が心で状況を拒否している。

 俺は会話を打ち切り、ムッツリと黙り込んだ。


 同行している大トカゲ族のロッソとエルフ族のジェシカは、ヴァッファンクロー帝国語がわからない。


 わからなくて良かった。

 あまり聞かせたい話ではない。


 屋敷の外へ出ると、首輪をつけた沢山の奴隷が、地面に座り込んでいた。

 全員奴隷のバルバルだ。


「番頭さん。彼らはどんな仕事をしていたのですか?」


「えーと……」


 番頭は奴隷だった彼らの職業を次々にあげていく。

 肉体労働の仕事ばかりだ。

 ガレー船の漕ぎ手なんてのもあった。


 女性も数人いて、屋敷の下働きもいれば、娼館で働かされていた女エルフもいた。


 エルフは長寿だから、外見から実年齢はわからない。

 だが、くたびれた点を除けば十分美人だ。


「エルフは、よく買い戻せましたね」


「うーん……。外見は美しいのですが、愛想がないので娼館でも持て余し気味だったそうです。危うく――いえ、なんでもありません」


「危うく? なんですか?」


「あー、その……。マニアックな趣味を持つ人物に売られそうになっていました」


「マニアックな趣味ですか……」


 無愛想なエルフに何をするのか……。

 どうせロクでもないことだろう。

 あまり考えたくないな。


 俺が一通り質問を終えると、アトス叔父上が番頭さんと価格交渉を始めた。


「年寄りも混じっていますね。奴隷として商品価値がないでしょう。お安くしてください」


「アトスさん。よく見てください。若い女性も混じっているでしょう? 若い女性は高額ですから、値引きはちょっと……」


 アトス叔父上が、いつもの調子でグイグイと交渉している。

 交渉はアトス叔父上にお任せしよう。


「あの……、アンタが新しい主人か?」


 一人の年をとった男が、俺に近づいて、ヴァッファンクロー帝国語で声を掛けてきた。

 俺はバルバル語で返事をする。


「俺はブルムント族族長のガイアだ。主人ではない」


 俺がバルバル語を話したことで、年寄りはホッとした顔をした。


「トーガを着ているから、ヴァッファンクロー帝国人かと思ったわい」


「今日はあちこち訪問したから、この服なんだ。顔や背格好はバルバルだろ?」


「そうじゃな。ワシもブルムント族じゃ」


 男の頭頂は髪がなく、頭の側面に申し訳程度白い髪がついているだけだ。

 ヒゲも真っ白で、日焼けした顔には深くシワが刻まれている。


 同族のいない場所で働いてきたのだろう。

 俺へ向けられる目には、昔懐かしい気持ちが浮かんでいる。


「これからワシたちは、どうなるのですか?」


「帰るんだ」


「帰る?」


「ああ、故郷に帰るんだ」


 男は俺の言葉を聞いても、しばらく反応がなかった。

 言葉の意味が、伝わらなかったのだろう。


 やがて、ゆっくりと、喉の奥から震えた声を絞り出した。


「か……、帰れるのですか? 本当ですか?」


 俺は男の手を取った。

 男の手は、ゴツゴツと節くれ立って、傷跡が目立つ。


 男の手は、男の苦労、男の奴隷としての人生を語っているようで、俺はズシリと重く感じた。


「ガイア! 交渉成立だ!」


 アトス叔父上が、離れた所から俺に手を振る。

 奴隷商人の番頭に、金貨の詰まった革袋を渡していた。


 交渉成立だ!


 俺は男の両手を握りしめ、目を見ながらゆっくりと説明した。


「本当だ。あなたは、奴隷から解放された。一緒にバルバルの森へ帰ろう。故郷へ、帰ろう」


「森へ……。故郷へ……」


 呆然とする男の首には、色あせた茶色い革製の首輪が巻き付けられていた。


 奴隷の首輪だ。

 こんな物は、もう、必要ない。


 俺は男の首に手を回し、奴隷の首輪を外す。

 カチャリと金具が外れる音がして、首輪は男の首から離れた。


「あなたは自由だ。さあ、一緒に帰ろう!」


 男は、しばらく床に落ちた首輪をジッと見ていた。


 やがて遠くを。

 バルバルの森がある北の方を見つめると、シワに包まれた目から涙が溢れ出した。


「お……おお……おおお……」


 男は静かに泣いた。


 故郷の緑萌える森を。

 赤く咲き誇る野の花を。

 男は思い出しているのだろう。


 この苦労をした男に。

 長らく辛い思いをしたであう男に。

 俺はねぎらいの言葉の代わりに、今日何度も口にした言葉をかけた。


「さあ、帰ろう。故郷が待っているよ」

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