第23話 森の中でも、銭闘民族!

 ――森へ入って三日が経過した。


「アトス叔父上。もう、追っ手は来ないですかね?」


「うむ。森の奥に入り迷えば、兵を損ずるからな。もう、追っ手はないだろう」


 俺とアトス叔父上は、人心地がついた。


 敵アルゲアス王国軍は、しつこく追撃をしてきたのだ。

 だが、俺たちバルバル傭兵軍は、森を利用した巧みな撤退戦を展開し、何とか追っ手を撃退した。


 問題は……、同行しているヴァッファンクロー帝国軍の足が遅すぎるのだ!


「ガイアよ……。ヴァッファンクロー帝国軍は、なんとかならんか?」


「アトス叔父上……。なんともなりません!」


 俺たちと同行しているのは、ヴァッファンクロー帝国軍の本営にいた将兵約百名と女性が十人だ。


 こいつらの進軍速度が遅い!


 まず、女性はロバの荷車に乗せた。

 この女性たちは、本営で偉いさんたちにお酌をしたり、色々したりと……つまり『叡智』の担当だったのだ。

 彼女たちの足が弱いのは、いかんともしがたい。


 残りは歩きなのだが……。

 ヴァッファンクロー帝国軍の将官は、軟弱なヤツらばかりで話にならない。


「あいつら、すぐに休みやがる!」


「ガイアよ。宮廷勤めの連中だから、体力がないのだ」


 連中には、困っている。

 だが、金づるだ。

 見捨てるわけにもいかない。


「アトス叔父上。名簿は?」


「出来たぞ! ムフフ……名家の坊ちゃんがタンマリいるぞ……」


「ムフフ……無事に帰れたら、礼金をせびりに行きましょう」


 ムノー皇太子の周りは、太鼓持ちの無能者ぞろいだ。

 しかし、あんなのでも、名家の出身者がズラリとそろっている。


『お宅の息子を助けたのだが?』


 ――と、ヴァッファンクロー帝国の帝都を一周すれば、一儲けできるだろう。


 俺とアトス叔父上は、悪代官と越後屋のように悪い笑みを浮かべた。


 一人の将官が近寄ってきた。


「ガイア殿……」


 ヴァッファンクロー帝国の『やや無能』な将官ポンコツである。


「ポンコツ殿。なんでしょう?」


「ポンコッツです……。あの……、食事の改善をお願い出来ますか?」


「食事……ですか……?」


 俺とアトス叔父上は、顔を見合わせた。

 食事は朝昼晩と三食支給している。


 ヴァッファンクロー帝国軍の連中は、食料を持っていなかったので、俺たちバルバル傭兵軍の食料を分けてやっているのだ。


 ポンコッツも、その辺の事情はわかっているのだろう。

 申し訳なさそうに話を続ける。


「干し肉と固いパンだけだと、不満が出ておりまして……」


「「は?」」


 俺とアトス叔父上の口から、乾いた声が漏れた。

 俺は腕を組んで天を仰ぐ。

 ここまでアホなのか!


 アトス叔父上が、眉間にしわを寄せ怖い顔でポンコッツに答えた。


「ポンコッツ殿。その干し肉と固いパンは、我がバルバル傭兵軍の食料なのですよ? みなさんは、皇太子殿下とお付きの方々ですので、特別な善意でお分けしているのですよ? おわかりでしょうか?」


 特別な善意とは、『後ほど高額な請求書を送ります』という意味だ。

 戦地の干し肉とパンは、高くつく。


 ポンコッツは、心底申し訳なさそうにした。


「バルバル傭兵軍のお心遣いには、我ら帝国軍一同感謝しております」


 俺は思った。


『感謝は後ほど、形のある物でお願いします』


 だが、まあ、それを口にするのは無粋というものだ。


 ポンコッツは、続ける。


「あの……温かいスープやワインはないでしょうか?」


「「ない!」」


 何を甘ったれたことを言っているのだ。

 昨日まで敵から追撃を受けていたのだぞ!


 アトス叔父上が視線を送ってきたので、軍事上の説明を俺がすることにした。


「ポンコッツ殿。ここは視界が悪く迷いやすい森の中です。その為、敵は追撃を断念したと思われます」


「ええ。助かりましたね!」


「そこでですよ。スープを作る為に火を起こしたらどうなりますか? 煙が上がって、敵に自ら居場所を教えることになります。せっかく敵をまいたのに、また追撃を受けますよ?」


「あっ……」


 わかれよ!

 それくらい!


 俺は心の中で苦笑いをしつつ、『全員お坊ちゃんだから仕方ない』と理屈をつけて、自分を納得させる。


「ワインは少量ならありますが、体を温めるための気付け薬です。娯楽用の酒は、ありません。それに酔っていたら、いざという時に逃げられませんよ? 冗談抜きで、死にますよ?」


「そう……ですよね……」


 ポンコッツは、俺の説明に納得したようだが、まだ、何か言いたそうにしている。


「ポンコッツ殿。何か?」


「その……将兵が弱気になっておりまして、愚痴が多いと申しますか……、士気が下がっていると申しますか……」


「ああ。不満を感じている人が多いのですね?」


「はい……」


 敵の追撃がやんで、一息ついたらコレか!

 緊張感がなさ過ぎだぞ!


 だが、子守も今回の仕事の一つだ。

 不満が出ているなら解消した方が良い。


 幸い物資は、俺が買い集めておいた。

 まだ、余裕がある。


 俺は、物資を管理するアトス叔父上に視線を送る。


「アトス叔父上。少し物資から分けて差し上げることは、出来ますか?」


 アトス叔父上は、仕方ないとばかりに口を開いた。


「では、今日の夕食時にワインを一人一杯支給しましょう。それから……、ドライフルーツがあったので、少し出しましょう。これで不満を抑えて下さい」


「助かります! ありがとうございます!」


 ポンコッツは、ウキウキでヴァッファンクロー帝国軍に戻っていった。


「アトス叔父上!」


「うむ! 帝都についたら、ワイン代とドライフルーツ代を請求する!」


「戦地価格でタップリと上乗せして下さい」


「おう! もちろん! タップリとな!」


「ムフフ……」


「ムフフフフ……」


 俺とアトス叔父上は、悪い笑顔を浮かべた。


 俺たちバルバルは、転んでもタダでは起きないのだ!


 ああ、帝都が楽しみだな!

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