第20話 ムノー皇太子
バルバル傭兵軍の野営地を走り抜け、ヴァッファンクロー帝国軍の野営地に入る。
「おーい! ガイア! 待て! どこへ行く!」
「アトス叔父上!」
アトス叔父上が、俺の後を追ってきた。
アトス叔父上と並んで走りながら、俺は状況を話す。
「敵は俺たちを包囲しようとしています! ヴァッファンクロー帝国軍の本営に掛け合って撤退します!」
「わ、わかった。私も一緒に行く。あまり無茶をせんでくれよ!」
そんなことを言われても、こちらも命がかかっている。
俺だけじゃない。
バルバル傭兵軍みんなの命がかかっているのだ。
ヴァッファンクロー帝国軍本営の大天幕に飛び込む。
「皇太子殿下は、いずこに? 敵襲! 敵襲!」
ヴァッファンクロー帝国語で大声を張り上げるが、大天幕の中は混乱していて、誰も俺の声に反応しない。
「アトス叔父上。奥へ行きましょう!」
「うむ! 偉いヤツラは奥にいるだろう!」
俺とアトス叔父上は、ドンドン大天幕の奥へ進んだ。
何人もの将官とすれ違ったが、咎められもしない。
(ここは、もう、ダメだな……)
最初から、軍紀だとか、モラルだとか、そういった軍隊にとって大切な物が欠如していると感じていたが、敵の援軍が突然現れたことで、いよいよ臨終間近だ。
行く先には、ドア代わりに一際豪奢な織物が掛けられている。
あれか!
「バルバル傭兵軍大将ガイア入室します!」
「な、な、な、なんだ貴様は!」
俺が帝国語で大声を上げながら大天幕の奥の部屋に入ると、立派な椅子に座った小太りの男が悲鳴混じりの声をあげた。
ヤツが、ヴァッファンクロー帝国の皇太子様だ。
俺とアトス叔父上は、皇太子の前に膝をつき礼をする。
それにしても、酒臭い部屋だ……。
俺は舌打ちしたい気持ちをグッと抑えた。
アトス叔父上も顔をしかめている。
数人の女と将官が顔を青くしているところを見ると、多少は状況がわかっているのだろう。
チラリとスキル【スマッホ!】の画面で皇太子の人物情報をチェックする。
【ムノー 皇太子 無能・惰弱】
無能惰弱のムノー皇太子が、この軍の総大将か……。
早くもため息をつきたいがグッと堪えて……、堪えるのは何度目だ?
「報告します! 敵アルゲアス王国軍の援軍です! 北から一万五千、南から五千、合計二万の援軍が、我が軍を包囲しようとしております!」
「二……二万だと! ど、ど、どうするのだ!?」
ムノー皇太子は、手に持った酒杯をあおった。
一方周りにいた将官たちからは、なぜかホッとした空気を感じた。
「殿下! 敵の援軍が二万あれども、我が方も二万です!」
「そうです! 数は互角です!」
「互角であれば、我らヴァッファンクロー帝国軍が負ける道理がありません!」
「む……そうか!」
(イヤイヤイヤイヤ! ダメに決まってるだろう! コイツら、まだ酔っ払っていやがる!)
アトス叔父上が血相を変えて、周囲の将官に意見した。
「お待ち下さい! コロン城の城兵五千が抜けております! 敵の総兵力は二万五千! 我が方より、五千多いのです!」
「「「「「あっ!」」」」」
やっと気が付いたか!
遅いよ!
まるでコントを見せられている気分だ。
先ほど血色を取り戻したムノー皇太子の顔色が、みるみるうちに青くなった。
吐くなよ! 絶対吐くなよ!
「皇太子殿下! 敵は既に我が方を包囲しようとしています! 我が方の退却口である西に包囲を広げようと――」
「退却など出来るか! 退却などしたら父上に叱られてしまうわ!」
父上に叱られる……?
なんだ……それは……?
叱られとけよ! バカ野郎!
俺の中で、何かがプツリと切れた。
俺は手近な水差しを手に取り、ムノー皇太子と取り巻きの将官たちに水をぶっかけた。
「ぶわ!」
「な、何をする!」
「ぶ、無礼な!」
次々に、俺への非難の声が上がるが、俺はギロリと居並ぶ将官をにらみつけた。
「酔いは覚めたか?」
「貴様! 下等なバルバルの分際で――」
ムノー皇太子が、何か文句を言おうとしたが、俺の怒鳴り声がムノー皇太子の口をふさぐ。
「耳を澄ませて、外の音を聞け! 敵の雄叫び、味方の悲鳴が聞こえるだろ! このままでは全滅するぞ!」
「全滅!? ま、ま、待て!」
ムノー皇太子が、真っ青な顔で反論しようとする。
だが、俺は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「皇太子殿下! 今なら、まだ撤退……、いや、脱出出来ます! お命が助かります! だが、時間が経てば、脱出出来なくなりますよ! お命を落としますよ!」
「そ、それほど状況が悪いのか!?」
俺はスキル【スマッホ!】の画面に一瞬だけ目を落とす。
敵アルゲアス王国軍は、既に包囲を完成させた。
西側へ兵の移動を完了してしまったのだ。
「状況は最悪です。既に我らの軍は包囲されたようです。撤退のご決断を!」
「し、しかし――」
ムノー皇太子は、左右に視線をさまよわせる。
だが、左右に侍る将官立ちは、視線を合わせないようにして、ムノー皇太子に何も答えようとしない。
ムノー皇太子の周りには、太鼓持ちの無能将官しかいないのだ。
「皇太子殿下。それでは、転進にいたしましょう」
「何? 転進?」
「そうです。軍の進軍する方角を変えるから『転進』です。西へ向かって転進、ピュロスへ向かえとご命令下さい。転進なら、お父上に叱られることもないでしょう?」
ムノー皇太子の顔が、パアっと明るくなった。
そして、大声で周りに命じた。
「西へ転進だ! 全軍ピュロスへ向かうぞ!」
ムノー皇太子の命令で、本営が動き出した。
伝令が大天幕から飛び出して行く。
「ガイア! よくやった!」
アトス叔父上が、俺の肩をつかみ小声で褒めてくれた。
皇太子から『西へ転進しろ。ピュロスへ行け』と命令を引き出したのだ。
これでバルバル傭兵軍が、この戦場から逃げ出す大義名分が出来た。
後は……。
「オイ! ポンコツ!」
俺はこの大天幕でシラフの比較的まともな将官に声を掛けた。
やや無能のポンコツさんだ。
「えっ!? いや、ポンコッツだ!」
「わかった。ポンコッツ! 皇太子殿下を連れてついてこい!」
俺はポンコッツさんに、ワザと乱暴に命令した。
こいつら無能揃いだから、下手に選択肢を与えるとダメな方を選択しかねない。
バシッと命令した方が良い。
ポンコッツは、パチパチと瞬きをして、何のことかわかっていないようだ。
キョトンとして聞き返してきた。
「殿下を?」
「ああ。バルバル傭兵軍は、こういった状況にも備えがある。生き残れる確率が高い」
「そ……、そうなのか?」
「生き残りたきゃ、俺たちの後をついてこいよ。ヴァッファンクロー帝国の皇太子を死なせるわけにはいかないだろう?」
「わ、わかった!」
皇太子を死なせたとなったら、どんな罰を受けるかわからない。
恨みのあるヤツだが、ここで死なせるのは不味い。
アトス叔父上も、俺の考えと同じらしく、皇太子を連れて行くことに異議は唱えなかった。
さあ、脱出だ!
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