第17話 義理を果たす
「ガイア……。逃げるって……正気か?」
エルフ族の美少女ジェシカは、ポカンと口を開いた。
俺はジェシカの問いに軽く答える。
「ジェシカ。あくまでも万一の場合はだよ。ほら、俺は初陣が帝国との負け戦だったろう? だから用心しているのさ」
「あの時とは状況が違うと思うが……。味方は二万。籠城する敵は五千だろう? 味方が有利じゃないか!」
「まあ、そうだけど……」
俺とジェシカがエルフ語で言い争うのを見て、大トカゲ族のロッソがしびれを切らした。
「オイオイ! 何だよ? 痴話喧嘩か? 俺のわかる言葉でやってくれよ」
「いや、違う! 痴話喧嘩じゃない!」
「トカゲはバカ!」
俺はロッソに、ジェシカとの会話を説明し、昨日ヴァッファンクロー帝国軍本営で見たことを話した。
するとロッソは、頭をボリボリかいて何とも微妙な顔をする。
「うーん……。それは確かに良くねえな……。だが、よお、ガイア。戦う前から逃げる準備ってのは、いただけねえな」
「万一の備えだよ」
「しかし――」
「ロッソ、ジェシカ。海を見ろよ」
俺は会話を強引に打ち切って、海を指さす。
海には、大型のガレー船が浮かんでいる。
一隻のガレー船が敵コロン城から出航すると、入れ替わりで海に浮かぶガレー船がコロン城に入港していく。
「あのガレー船は、アルゲアス王国のガレー船だ」
「なに!?」
「マストの旗を見ろよ」
「本当だ!」
ロッソが驚いている。
バルバルは内陸に住む。
だから、海のことは意識の外にあったのだろう。
「見ての通りさ。敵はガレー船をコロン城に直接着岸出来る。つまりガレー船を使って、海から食料の補給がいくらでも出来るし、兵士の補充も出来る」
「そりゃ……、不味くないか?」
「ああ、不味い。だから、万一に備えるんだ」
俺とロッソの話を聞いていたエルフ族のジェシカが、バルバル語で聞いてきた。
「ガイア。テイコクに教える?」
俺とロッソは顔を見合わせた。
俺が得た情報をヴァッファンクロー帝国軍に報せた方が、勝率は上がるだろう。
雇われ戦とはいえ、負けるのは嫌だし、勝った方が報酬は良いだろう。
しかし……。
「帝国軍が、俺たちバルバルの言うことを聞くかな?」
俺は思ったことを口にしてみた。
帝国軍は、俺たちバルバルを下に見ている。
その上、この遠征軍の本営は、昼間から酒を飲み、女を侍らせる体たらくだ。
言うだけ無駄な気がする。
だが、大トカゲ族のロッソは、太い腕を組み考えると、俺とは違う意見を述べた。
「最低限の義理は果たした方がイイんじゃねえか?」
「義理か……」
俺は、ロッソの口から出た日本的な言葉『義理』に驚きつつも感じ入る部分があった。
ロッソは、明らかにバルバル語で『義理』と言ったのだ。
日本より文明レベルが低く、文化の違うバルバルだが『義理』という概念がある。
命をかけて戦うことが日常的な人々だから、彼らなりの『義理』、言い換えれば『筋を通す』ということなのだろう。
前世の俺と共通する価値観をロッソが持っていたことに、俺は少し嬉しくなった。
「そうだな。ロッソの言う通りだ。筋は通しておこう」
「ああ、ガイア、その方が良い。義理を果たせば、イザって時でも色々やりやすいってモンだ」
俺は、エルフ族の美少女ジェシカをバルバルの野営地に送り届けてから、ロッソと二人でヴァッファンクロー帝国軍の本営へ向かった。
ヴァッファンクロー帝国軍の本営は相変わらずだ。
酒の匂いと女の嬌声が響いている。
こんな所にジェシカを連れてきたら、どんな目にあわされるかわからない。
本営の弛んだ様子を見て、ロッソは呆れ声を上げ、遠い目をした。
「ガイアよお……。ジェシカを置いてきて良かったな……」
「ああ。まったくだ。さっさと義理を果たそうぜ!」
「だな……」
だが、俺とロッソは、帝国軍本営がある大天幕の入り口で立ち往生した。
帝国軍士官は、赤ら顔の酔っ払いばかりなのだ。
俺たちが話しかけても、相手にしてくれない。
「ご報告があります!」
「あー、今、忙しい。えー、他のヤツに、ヒック!」
「意見具申があります!」
「うむ、我らは現在多忙だ! ヒック! 出直したまえ!」
この調子なのだ。
ロッソは、ヴァッファンクロー帝国語がわからないが、帝国軍士官の態度でおおよその状況を察してくれた。
「参ったな……。ガイアの話を聞いてくれねえや……」
「昨日も、こんな感じだよ。まともな士官が見つからなくて……いた!」
俺はシラフの士官を見つけた。
昨日、アトス叔父上と一緒に話をした若い士官だ。
スキル【スマッホ!】の画面で、人物情報を参照する。
『ベニト・ポンコッツ 軍人 やや無能』
(やや無能なのか……)
俺は若い士官ベニト・ポンコッツの人物情報を見て天を仰ぐ。
それでも、他の士官は『無能』ばかりなので、ここにいる士官の中ではマシな方なのだろう。
いや、シラフなだけ、確実にマシだ。
そう、信じよう。
俺は意を決し、やや無能なポンコツに帝国語で声を掛けた。
「ベニト・ポンコツ殿!」
「ん? ポンコツではなく、ポンコッツだ。ああ、君は昨日の……」
「はい。バルバル傭兵軍大将のガイアです。重要なお話があるのです!」
俺は、敵のガレー船がコロン城に出入りしていること、敵国の商人が野営地で商売をしていることが問題ではないかと、ポンコッツに告げた。
「あー、それは、気にしなくて良い」
「えっ!?」
ポンコッツの答えに、俺は虚を突かれた。
気にしなくて良いだって!?
俺の気持ちを他所に、ポンコッツはノンビリした口調で話を続ける。
「商人は金さえ払えば、商売をしてもらって構わぬ」
「しかし、色々な情報が漏洩する恐れがあります!」
「勝てば問題ない」
「……」
俺は、認識の違いに言葉を失った。
その勝つための前提として、自軍の情報を敵に与えないことが肝要だと言っているのだが……。
「それに注意しておくが、商人から金を受け取ったのは軍の上位の人だからね。君のような子供が口を挟まない方が良い」
賄賂か!
まあ、文明レベルが低い世界だから、そういった慣習も否定しないが、賄賂を受け取るにしても、もうちょっと状況を考えて欲しい。
「では、敵のガレー船がコロン城に出入りしているのはどうです? 兵士の補充や食料の補給が行われていると思いますが?」
「君は心配性だな。船一隻が運んでくる兵士や食料などたかがしれいてるよ」
「いえ、一隻だけでなく、何隻も出たり入ったりしています!」
「それだって、数日中に我が軍が勝つさ! 我らはヴァッファンクロー帝国軍だぞ!」
だめだ。
まったく話が通じない。
「敵の将軍が優秀だったらどうしますか……?」
仮定の話をしているが、スキル【スマッホ!】の画面で確認済みだ。
敵の将軍は、『優秀』と表示されていた。
「ハハハ! 我が軍の精鋭二万にかなうわけがないじゃないか!」
ポンコッツは高らかに笑った。
――驕り。
そんな言葉が、俺の頭をよぎった。
ヴァッファンクロー帝国軍は、周辺国を侵略し、現在は歴史上最大の版図を誇る国だと聞く。
一方で内部から腐り始めているのかもしれない。
この軍は皇太子が率いているにも関わらず、将官は無能揃いで、昼から酒を飲み、女を侍らせている。
目の前にいるポンコッツはシラフだが、俺が忠告をしても、根拠不明の自信でまともに取り合ってくれない。
(もう、義理は果たしたよな……)
「わかりました。お忙しいところ失礼しました」
俺はロッソを連れて、ヴァッファンクロー帝国軍の本営を後にした。
「オイ……ガイア……。その顔じゃ、ダメそうだな……」
「ああ。だが、情報は伝えたし、警告はした。義理は果たしたよ」
「なら、いいんじゃねえか。俺たちは俺たちで動こうぜ!」
「そうだな。各族長を集めて、状況を説明する。万一に備えさせるよ」
「おう!」
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